TAJIHM の 兵庫の山めぐり <西播磨編 
 
阿舎利山    あじゃりやま 1087.4m 宍粟市
1/2.5万地図 : 音水湖
 
【2001年7月】 No.4 2001-34(TAJI&HM)
 
    ヒルガタワから東へと続く尾根より  2001 / 11

 4回目は夏季に訪れた。2001年7月の梅雨が明けた後だった。夏登山の楽しみの一つに下山後の水浴びがあるが、このときはマンガ谷川での水浴びを思い付いてのことだった。スタート点は波賀町日ノ原集落からとした。日ノ原集落は国道29号線沿いにあるものの、高台にあるため国道からは見えず、静かな佇まいだった。その最奥にある神社のそばから歩き始めた。石段を登って神社に達すると、その裏手より山道に合流した。整然と整備された急斜面の植林帯に、山道はつづら折れ道で付いていた。十分な道幅があり、傾斜も緩く気楽に登って行けた。やがて斜面の道が終わろうとしたとき、そのそばに小さなトンネルを見た。直径は2mほど長さは20mほどか、内部は真っ暗だった。そのトンネルを抜けると、目的通りマンガ谷川の渓流に出た。その辺りの川幅は3メートル以上ありそうだった。その下流は滝や急流で沢登りの対象だが、その辺りから上流はひたすら緩やかな流れとなっていた。後は渓流に沿って小径を歩いて尾根を目指せば良いのだが、暫く歩いていると地図に載っていない林道が沢を横切っていた。その林道に惑わされてしまった。どうも阿舎利山周辺はどんどん新しい林道が出来るので、出来るだけ最新地図を求めていないと、その林道に振り回されることになる。そのときそこの知らない林道を歩いたため、気が付いたときは少し南に向かってしまい予定した尾根から離れてしまっていた。但し阿舎利山に向かえばよいので、予定の尾根より一つ南のその尾根を登って行くことにした。林道を離れて始めは沢沿いの小径を進み、沢が消えかかると薄暗い植林地の急斜面に取り付いて尾根に出た。尾根に出るとそこは自然林で、急に明るくなった。その尾根はやや傾斜と言った程度だったが、そこまで長々と歩いてきたので蒸し暑さもあって少々バテぎみになっていた。何度も休憩しながら徐々に登って行く。 ただ尾根は下草が少なく歩き難くは無かった。自然林に時々植林が混じっていた。標高も1000m近くなると なだらかな地形となり、ごく気軽に登れるようになった。雑木が陽射しを浴びて明るく輝いていた。緩やかな登りのまま山頂の一つ南のピークに着いた。後は稜線を辿って山頂を目指すのみだったが、以前に比べてクマザサをあまり見かけなかった。どうやら枯れてしまったようである。歩き易いことに越したことは無かったが、何か寂しい気持ちもした。程なく山頂に着いた。まず印象を受けたのは、以前に比べて植林が育っており、展望が全く利かないことだった。それに夏と言うことで葉が茂っており、樹間を通して見えていた音水湖も全く見えなかった。仕方なく昼寝でもと横になった。涼しげな風が常に吹いており、蒸し暑さもなく休むには快適そのものだった。展望は無いものの、緑の美しい静かな山頂を暫し楽しんだ。下山は往路として始めに予定していた、山頂から南西に延びる尾根を下って行った。 往路の尾根も歩き易かったが、その尾根はそれ以上に樹間が空いていて歩き易かった。傾斜も緩く緑も美しく、快適に下って行けた。やがて植林地に囲まれた沢へ降り着いたので、後は沢沿いを下って行った。やや倒木が多かったが、煩わしい程では無かった。緩やかなままに下って行くと、やがて午前に歩いた林道に出会った。後は往路と同じ道を辿ってマンガ谷川沿いを戻って行くのみ。日ノ原集落に通じるトンネルに着いたとき、予定通り水浴びを楽しもうとトンネル手前の沢に飛び込んだ。
(2002/4記)(2007/11改訂)(2022/3写真改訂)
<登山日> 2001年7月14日 9:34スタート/10:09林道合流/10:29再び林道合流/12:13〜13:50山頂/14:40林道出合/15: 23エンド。
(天気) ほぼ梅雨明けとなる。朝のうちはガス状の雲が広がっていたが、徐々に薄い青空が広がって来た。気温はさほど高くは無かったが、空気が湿っており蒸し暑かった。視界はモヤが強く、薄ぼんやりしていた。山頂近くなると涼しい風が吹き始めて、山頂では常に涼しい風を受けた。雑木が陽射しを遮っており、木漏れ陽の下で快適に過ごせた。下山が終わったときは、日ノ原集落は真夏の暑さだった。
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山頂では木漏れ陽が照らす緑ばかり眺めていた 左の写真と同じく、逆光に輝くカエデを眺めた  下山時にマンガ谷川を眺める