たつの市の御津町と揖保川町の境に位置するこの山を北山としたが、点名は東山であり、碇岩北山や伝城山の名で呼ばれているようでもある。また御津富士の名もみかけた。その北山を初めて訪れたのは1996年1月のことで、北麓となる揖保川町袋尻にある加茂神社からの尾根で訪れた。車は加茂神社のそばに止め、神社から始まる良く整備された山道を登って行った。その北尾根には途中に129mのピークがあり、そこに着くと「傳臺山城址」と書かれた立派な石碑が立っていた。道が良かったのはそこまでで、その先は地図では破線の道が示されていたのに、実際は小径も見なかった。そこで尾根を辿ることにしたのだが、密集した灌木にイバラやシダが混じっており、それが結構な障害になっていた。もうヤブコギで進しかなく歩度ははかどらなかった。ただ山頂に近づくと所々小さな岩場が見られて、そこで少しは息をつけた。漸く着いた山頂は潅木も少なく、カヤトの藪があるぐらいで、展望もまずまずあった。少し移動すると岩場があって、更に展望は良くなった。瀬戸内に面した南の山々に室津から北に延びる山々、相生との境の山々が眺められた。龍野方面など、北の方向の眺めも良かった。下山は辿ったコースを戻る気力は無く、南側へと下りて行った。やはり所々でヤブコギとなったが、往路コースほどの苦労は無かった。鞍部に下り着くと西へと歩いて谷あいを抜け出した。そこには大きな工場(後で分かったがタキロンの揖保川工場)が出来ようとしていた。後は山の西裾を回って駐車地点へと戻った。
(2006/4記)(2016/8改訂)(2023/5写真改訂) |