TAJIHM の 兵庫の山めぐり <西播磨 
 
仁位山    にいやま 232.9m 佐用町
 
1/2.5万地図 : 上月
 
【2007年8月】 2007-67(TAJI&HM)
 
   西麓側の中上月集落より  2007 / 8

 佐用町は戦国の世に戦場となっただけに城跡が多く点在するが、この仁位山にも上月城の付城として仁位山城が建てられていたとか。上月の地図を見ると、この仁位山をぐるりと佐用川が巡っており、出城の位置としては申し分無かったことが窺える。
 この仁位山に向かったのは2007年8月の最初の土曜日のこと。朝からすっかり曇り空で、しかもモヤがきつく近くの風景も薄ぼんやりとしか見えていなかった。また風は無く朝から生暖かい空気で、じっとしていても汗ばんで来る蒸し暑い日だった。そこでこの蒸し暑さを逆手にとって、ウォーキング登山で大いに汗をかこうと考えた。その対象として考えたのは佐用町の赤十字山だった。麓から山頂まで車道で結ばれており、その適度な坂がウォーキング登山に適していると思えてのものだった。ただ赤十字山だけでは少し時間が短いように思え、そこで地図で周辺を探るとこの仁位山が目に付いた。この山も山頂まで車道が通じており、単純にウォーキング登山を楽しめそうに思えた。始めに向かったのはこの仁位山で、国道373号線を南から近づくと、山頂の電波塔が目印となってすぐに仁位山と分かった。作用川に架かる橋を渡ったものの山麓には近づかず、作用川のそばに駐車地点を求めた。理由は仁位山がごく小さな山なので、農道をアプローチにして出来るだけ多く歩こうとの考えからだった。その農道も数分も歩けば南麓の見土集落に入り、そして山頂に向かう車道に入った。そして集落の奥で見たのは工事中の堰堤(戸谷ノ奥谷川堰堤)で、仁位山の大きさからすると不釣り合いなほど大きなその堰堤に、いくら公共工事とは言っても大きすぎるのではと思ってしまった。その堰堤工事で車道は切られており、新たな道が堰堤を迂回するように作られていた。堰堤を離れると車道は舗装路のままごく普通の道と言った雰囲気で緩やかに続いていた。ウォーキング登山で来たのだが、次の赤十字山を考えてさほど早足とはせず、足慣らし程度の感じで歩いて行ったが、風は無く空気は生暖かく湿っぽいとあって、けっこうな汗が流れてきた。車道から少しは展望があるものと思っていたが、車道の両脇は雑木が続いて切れることは無く、結局展望は開けないまま山頂に着いてしまった。登山口から15分とかかっていなかったようだった。そこには目印となった電波塔(上月テレビ中継放送所)が立っており、そのそばに小さな四等三角点(点名・仁位)が埋まっていた。そこも周囲は雑木が囲んで展望は無し。そこで一息入れると、すぐに下山とした。それでもこの仁位山がどの位置にあるのかを目で確かめたく、歩き出した後に手頃な木を見つけて登ってみた。そして見えたのは佐用川を挟んだ南向かいの山並みだったが、それもモヤで薄ぼんやりと見えているだけだった。それでも少しは見えたことに満足して、後はウォーキング気分で麓へと、また汗をかきかき戻って行った。
(2007/8記)(2021/12改訂)
<登山日> 2007年8月4日 9:42駐車地点スタート/10:06〜26山頂/10:48エンド。
(天気) 曇り空、気温は既に28℃あり、風は無くひたすら蒸し暑かった。モヤが強く、近くの風景もうっすらとしか見えていなかった。
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車は佐用川のそばに止めて、前方の仁位山に向かって
歩き出した
見土路集落を抜けて林道に入ると、山の大きさに比べ
て大ぶりな堰堤に出会った
車道は舗装されており、ひたすら緩やかなまま続いた
山頂の無線塔が見えてきた 山頂に着いて、無線塔のそばに立った 無線塔のそばに四等三角点(点名・仁位)を見る
山頂からの展望は悪いと言えた 山頂の近くで手頃な木に登ってみると、佐用川を挟ん
で南の山並みが薄ぼんやりと見えていた
下山時に再び堰堤を眺めた