TAJIHM の 兵庫の山めぐり <西播磨編 
 
光明山    こうみょうさん 260.6m 相生市・たつの市
 
1/2.5万地図 : 二木
 
【2005年1月】 2005-08(TAJI&HM)
 
   龍野市揖西町小犬丸より  2005 / 1

 相生市の中央部から北は低山というか丘陵地帯が広がるが、その相生市の中央部にあって龍野市と接する位置に光明山はある。この光明山には室町期に立派な山城があったとか。但し今はひたすら静かな山である。この光明山を地図で見ると、相生高校のそばから始まる林道が鮎帰川に沿って北上しており、そして光明山の間近を通って更に北へと下って行き、矢野町二木まで続いている。向かったのは2005年1月末のこと。この林道を使ってアプローチすることにした。車は林道が山陽自動車道の高架下をくぐった辺りに駐車した。もっと先まで車を進めることも考えたが、じっくりと登りたく、その位置より歩き始めることにしたものである。朝のうちに山頂に立とうと、歩き始めたのは9時にならない時間で、快晴のその日は朝の冷え込みは厳しく、辺り一面に霜が降りていた。ただ風は無く、もう陽射しには十分な暖かさが感じられた。林道には車の轍こそあるものの、ほとんど利用されていないらしく、荒れた所も目に付いた。通過する車も無いので、静かな林道歩きだった。小川沿いを林道は続くが、周囲の木立には針葉樹が少なく、冬枯れの風景が続く。ただ竹林も多く混じっていた。光明山が近づくと、林道はつづら道となったが、なぜかコンクリート舗装に変わった。そして林道の最高点となって、道は西方向に折れた。地図ではその位置が光明山への最短距離になる。けもの道程度の小径が尾根に向かっているのが見えたので、林道を離れてそれを辿ることにした。その辺りは植林地になっており、その薄暗い木立の中を登ると、数分で尾根に着いた。そこから山頂へは細尾根を北方向に辿り、そして東へ折れる。尾根には踏み跡程度の小径が続いていたが、山頂が近づくとシダや灌木がからんで来た。そして山頂とおぼしき辺りは1メートルを越すシダにびっしりと覆われていた。その中に突っ込むのはかなわないので、植林の見える南東方向へシダヤブを回り込んで見ると、シダヤブに入らずに高みに向かって行け、やがてシダヤブのそばにぽつんと三角点が見えた。そこは狭い範囲ながらも下草が刈られており、休憩出来るようにもなっていた。簡単に山頂に立てて一安心である。ここまで展望に関しては全くと言ってよいほど恵まれなかったため、山頂での展望も期待していなかったのだが、試みに三角点の位置より木々の見られない北東方向へシダの中を突っ込んでみた。すると、数メートルと歩かない位置でけっこう展望が開けた。大蔵山から的場山へかけての山並みが、明るい空の下にすっきりと広がっていた。そこは陽射しも当たっており、シダの上に寝っ転がって暫し暖かい冬の陽を受けていた。下山は往路を辿って戻る。この復路では林道は朝の冷気はすっかり消えて、空気には早春の暖かさが感じられた。この日の光明山登山は、静かな林道を歩けたことでもあり、片道一時間をかけてじっくりと登ることが出来たのは正解だったと思えた。
(2005/2記)(2014/12改訂)(2019/1写真改訂)
<登山日> 2005年1月29日 8:46スタート/9:30林道最高点/9:55〜10:14光明山/11:06エンド。
(天気) 快晴、朝の冷え込みは厳しかったが、陽射しが強く、陽の下では暖かさを感じた。昼が近づくにつれ気温はどんどん上がる。山上は風も無く、過ごし易かった。視界はややモヤがかっている程度。下山頃は、もう早春の気配が感じられる暖かさだった。
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林道には朝の光が降りそそいでいた 土道は、途中でコンクリート舗装に変わった 三角点のそばにはシダヤブが広がっていた

(←)
山頂そばからは北
東方向がすっきり
と眺められた


(→)
 的場山を大きく見
 る
山頂近くから梢越しに北の方向を望む 左の写真に写る三濃山を大きく見る 山頂そばのシダヤブを見る