TAJIHM の 兵庫の山めぐり <西播磨 
 
烏帽子山    えぼしやま 448.8m 佐用町
 
1/2.5万地図 : 土万
 
【2002年2月】 2002-16(TAJI&HM)
 
   南光町中三河より  2002 / 2

 烏帽子山は南北に細長い南光町の中央付近、中三河地区の西に位置する山で、佐用町との町境尾根の一峰である。訪れたのは2002年2月下旬のこと。この日はどんよりとした雲が空を覆っており、空気も湿気を含んで肌寒いと言うよりも肌冷たいと言う方が相応しい寒い日だった。南光町中三河地区に入って県道を離れ、脇道を千種川方向に入った。筋皆集落近くの農道そばに駐車して歩き始めた。筋皆集落を抜けると千種川に行き当たったが、川には人一人が通れるだけの橋が何本か架かっていた。地図では烏帽子山の南側に破線路が描かれており、峠を越して佐用町桑野へと通じていた。その道を峠まで歩く予定にしていたので、それに繋がりそうな橋を渡ることにした。橋に着いてみると入口には害獣避けのゲートが作られていた。橋を渡るとそのまま小径が続いていた。それが破線路と思って辿って行くことにした。あまり歩かれていないらしく少々荒れ道になっていた。その小径はそのまま沢筋に沿って続くと思っていたのに、沢筋を離れて斜面を登り始めた。道は更に荒れてきて、倒木があったり枯れ葉が堆く積もっていたりと、けっこう歩き難くなってきた。もうはっきりと破線のルートとは違っている所を歩いていた。その荒れ道は中腹を過ぎた辺りで不確かになり消えてしまった。もう主尾根は間近であり辺りは疎らな雑木林になっていたので、そのまま適当に山の斜面を登ることにした。足下の土が軟らかくまたやや急斜面でもあったので、木や草に掴まりながら登って行った。登り着いた所は地形からして山頂の南東にある標高400m程の小ピークのように思われた。後は尾根を歩いて烏帽子山に向かうのみだった。尾根には小径が付いていたのでもう楽なものだった。辺りには植林も現れてきた。山頂に近づくとやや急坂となった。そして山頂手前で共同アンテナが現れた。その辺りは伐採されており、東の方角が開けていた。まずは山頂に立ち寄ることにした。山頂は赤松を主体とした疎らな雑木林で、樹間を通してでしか眺めは無かった。南に向かって少し眺めはあったが、そちらは低山ばかりでまた逆光でもあり、展望としては今一つだった。そこで先ほどの展望地に戻って休憩とした。千種川を挟んだ東の山並みは谷山から土地山の尾根であろう。この烏帽子山との距離が南光町の東西の幅と考えると、南光町の狭さがよく分かった。谷山の背後に一段高い尾根は、先日登った坊主山から丸山の尾根のようで、更に背後には水剣山が覗いていた。北は時雨れているのかモヤがかっていた。それにしてもこの日は、じめついた肌寒さがあり、お腹に堪える冷たさがあった。それに視界も淡い色合いで、どの山もモノトーンの色調だった。このような天気でもあり、この日は山上での昼食は止めにして、早々と下山に向かうことにした。下山は往路として予定していた南の尾根を下って行った。雑木林の尾根だったが、結構急坂で勢いのままに下ると、峠に20分ほどで下り着いてしまった。その鞍部には大日如来の石碑が建っていた。そこからは地図通りに沢沿いを小径が続いていた。そのまま気楽に辿って千種川河畔に着くと小橋に出会った。その橋は往路で渡った橋の一本北の橋だった。どこかで往路コースとクロスしたことになるが、よく分からなかった。そこから駐車地点までは指呼の距離だった。空を見ると天気は持ち直したのか、少し青空も覗いていた。下山後三日月町の三方里山に車で上がり、山頂の公園で昼食を採ったが、そこも肌寒く震えながらの休憩だった。
(2002/9記)(2012/3改訂)(2022/9写真改訂)
<登山日> 2002年2月24日 9:48スタート/10:22〜54山頂/11:13峠/11:30エンド。
(天気) 快晴の予想だったが、それは瀬戸内側だけで、南光町はどんよりと雲が空を覆っていた。空気も湿気を含んでおり、肌寒いと言うよりも肌冷たいと言いたい寒さだった。視界はモノトーンの色調で、北は時雨れているのか、モヤがかっていた。下山を終えた頃は、少し青空も覗いていた。
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山頂から少し戻って、展望地で休憩とした 東向かいの尾根を見る

水剣山の方向を少
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谷山の右手方向を
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