第一回目の登山では展望がほとんど得られなかったため、周囲の山との位置関係を十分に確かめられないまま終わってしまい、どうも宮山に対して少し失望すると共に印象もすぐに薄くなってしまった。その宮山もコースを変えればまた違った印象になるのではと考えて、二度目は東に長々と延びる尾根の端から登って行くことにした。8年後となった2002年7月初旬のことだった。
山崎町田井の北端にある与位の洞門を抜けると、狭い駐車スペースを見たので、そこに車を止めた。そして駐車地点のそばから適当に山裾に取り付いた。そこはちょっと急斜面になって、常緑樹を主体とした雑木が茂っていた。その木に掴まりながら登って行くも、小石が多くあってけっこう登りにくかった。すぐに害獣避けの柵があり、それを越えた。程なく尾根に出て傾斜は緩くなった。そこは雑木が疎らになっており、北に向かって少し展望が得られた。見えていたのは与位集落辺りだった。後は尾根を辿るのみ。程なく山道に合流した。東麓の田井集落から来ている道のようだった。その先で送電塔が現れたので道は巡視路と考えられたが、その後も小径程度で尾根を続いていた。297mピークに着くと、そこは東面が若い植樹地で、明るく開けていた。立て札があり、「田井子供会植樹記念」と書かれていた。ただ展望は残された雑木が妨げとなって、良いとは言えなかった。山頂方向は見えており、まだまだ遠かった。その先は雑木に囲まれた歩き易い尾根を登って行く。この日は蒸し暑さがひとしおで、もう疲れた感じになってしまった。標高が400メートルほどの位置で、共同アンテナに出会った。そこからは北から東にかけて広く眺められた。北に見えるのは黒尾山につながる尾根で、ふもとに見える小さな山は与位丸山のようだった。また母栖集落を囲む山並みも一望だった。その辺りから暫く平坦な尾根になった。ときおり東に展望が現れた。尾根道は相変わらず続いていたが、その先で傾斜が増したころ、不確かになってきた。また周囲も植林が現れて、展望は無くなった。ずっと疲れた感じで登っていたのだが、傾斜がきつくなったことで一段と歩度は鈍り、何度も小休止をすることになった。そのままバテてしまうのかと心配もしたが、登るほどに空の雲が厚みを増して曇り空に変わってきた。陽射しを遮ってくれるのは有り難く、少しは涼しさも感じられるようになった。尾根は小径こそ見えなくなったが、尾根筋がはっきりしているので、無理なく辿って行けた。ただもうそろそろ山頂が近いのではと思うと、まだ先に尾根が続いていた。この気持ちになるのは疲れている証拠とも言えそうだった。二、三度その思いがあった後、漸く山頂に着いたが、歩き始めてから2時間も経っていた。予定した時間の2倍近くはかかっていた。その山頂は周囲をびっしりと植林に囲まれており、薄暗かった。有り難かったのは涼しい風が吹いていたことで、その快さに疲れが癒される思いだった。植林のために展望の悪い山頂だったが、三角点の位置より北東方向に樹間の空いた所があり、僅かながら母栖周辺の山が眺められた。この日は午後に小用があったので、小休止で気分も落ち着くと、下山とした。下山は往路を辿る。その途中の標高400メートルの辺りにあった東面の開けた展望地では、少時足を止めて展望を楽しんだ。揖保川東岸の山並みが一望だった。その先の共同アンテナの位置でも東から北東にかけての展望を楽しんだ。この下山では最後まで尾根を辿らず、送電塔の位置からは巡視路を利用して田井集落へと下りた。その下り着いた位置から駐車地点までは数分の距離だった
(2002/9記)(2008/12改訂)(2021/3改訂2)(2024/9写真改訂) |