TAJIHM の 兵庫の山めぐり <西播磨 
 
空山    そらやま 900.9m 宍粟市
 
1/2.5万地図 : 西河内
 
【2000年2月】 No.2 2000-13(TAJI&HM)
 
    点名・河久保より  1997 / 1

 二度目の空山は雪の季節に目指した。南西麓にある池田集落を貫いて北に車道が延びているが、除雪は集落内だけなので、集落内の路肩に駐車してスタートとした。集落が切れた所より雪の上を歩くようになった。すぐに雪に潜りだしたのでワカンを付けることにした。その路上で積雪30センチまでか。間もなく登山口の標識が現れた。まずは沢を横切って東の方向へと谷沿いのコースに入った。雪のため登山道はすっかり隠されてはいたが、道筋はそれらしき雰囲気があって何となく判る感じだった。ときどき赤テープの目印や標識が現れた。谷筋に沿う道は緩やかな傾斜で続き、あまり登る感じは無かった。雪質はまだ軟らかく、ワカンを履いていても膝当たりまで潜ることがあった。一度沢を渡って暫く進んだ辺りで、コースが不確かになった。まだそのまま沢に沿って北東に進むのが正しいかとも思われたが、早く尾根に出たくなり、東の急斜面を登ることにした。若木の植林と雑木が混じる急斜面を木に掴まりながら登って行くが、雪が多いうえに予想以上に急な所もあって、なかなか登って行けなかった。それでも何とか支尾根の上に出ると、今度は雪に隠された灌木に何度か足を取られることになった。また尾根もけっこう急傾斜があって、決して楽には進めなかった。とにかく一歩一歩枝に掴まりながら尾根を登りきり、主尾根に出会った。そこで再び標識を見た。その出会った位置から僅かに南へ登った所が山頂だった。まず目に飛び込んで来たのが、純白の雪中に建つ「平成之大馬鹿門」のモミュメント。基部を含めて一帯は雪に隠されており、本体だけが屹立している様子はけっこう絵になる光景だった。この空山に大馬鹿門を立てたことで周囲の木が切られて展望が良くなっているのではと期待していたが、その予想は当たっていた。前回登った時は木に登ってこそ周囲を確認出来たのだが、今回はモニュメントの建立によって一帯が伐採されており、十分な展望を得られた。まず前面と言うか南に後山が大きく聳えていた。その右手から西、北西へと県境尾根が大通峠まで総て眺められた。北東は少し木があって一部が隠されているが、三室山の山頂部が見えていた。そして少し途切れてカンカケ越から植松山、鷹巣の山々と見渡せた。雪空で少し視界が薄ぼやけてはいるものの、まずは十分な眺望を得られて登ってきた甲斐があるというものだった。昼食後、空の西半分が曇りとなって肌寒くもなって来たので、それをしおに下山とした。下山は登山コースを辿って戻ることにした。赤テープの目印を目当てに下って行った。往路の合流点を過ぎて少し北に行った辺りより、西へと向かう支尾根を下ることになった。往路で登った尾根とは北隣の尾根だった。雪に隠されているものの、登山道の上を歩いているので、灌木に足を取られることもなく歩き易いと言えた。尾根を下りきった所は、ちょうど登りのときにコースを外れた所だった。後は朝に付けた自分の踏み跡を辿って戻って行くだけだった。少し雪が緩んでおり、踏み跡を踏んでいても少し潜ることが多かった。まずは無難に登山を終えたが、今回の西からの登山コースは雪の風情は別として、山頂まで概ね植林帯を歩くことになり、少し単調なきらいはあるようだった。
(2001/11記)(2010/7改訂)(2021/10写真改訂)
<登山日> 2000年2月13日 10:00スタート/10:19登山口/11:51〜13:00山頂/13:26合流点/13:50登山口/14:01エンド。
(天気) あまりはっきりしない雲が空に多く浮かんでいた。青空も薄ぼやけていた。視界はフラットな感じでクリアさは無かったが、まずまず遠くまで見えていた。登るほどに青空が多くなり、山頂に着いたときは明るい陽射しが降り注ぐまでになっていた。少し風が出ていたが、陽射しを受けていると、あまり気にならなかった。その後、西より徐々に雲が増えてきて、薄曇りへと変わってくる。それでも気温は上がって、午後はけっこう雪が緩んできた。積雪は、山頂で60cm以上1mまでの感じだった。
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山頂に着くと平成
之大馬鹿門がすっ
くと建っていた

山頂から北を見る
と三室山が大きか
った

南に後山を見


南西に植松山
を見る

西から北西にかけて
を見る
上の写真の天児屋山の方向を大きく見る 植松山の右手に鷹巣の山並みを見る 山頂を離れる前に、もう一度平成之大馬鹿門を見た