播州の豪雪地帯としては宍粟市の旧・千種町北部が一番かと思えるが、その中でも岡山県、鳥取県との県境尾根には後山、三室山など高峰が並んでおり、冬ともなるといち早く雪をまとい、冬季は完全に雪山の対象になっている。その県境尾根を形作る山の一つに天児屋山があり、いずれは登りたいと考えていた。2002年2月に入って寒波襲来となった。そして週末に好天が期待されたため、俄然雪山に登りたくなった。そして目指したのが天児屋山だった。アプローチをどうするかだったが、大通林道をひたすら歩いて大通峠に出て、そして県境尾根を西に辿って天児屋山を目指すことにした。
出来るだけ林道を進もうと向かったところ、三室滝のそばの三室山登山口の駐車場から先は、30センチ以上の雪が林道を埋めていた。そこに車の轍が付いていたが、それは大型の四駆車が付けたようで、一般車が進むのは無理と思えた。そこで車は登山口駐車場に止めてスタートとした。轍ははっきりとしており、大型車とあってタイヤ幅が広いだけに、楽に歩いて行けた。ためしに雪の上を歩くと、雪は柔らかく一歩一歩が潜ってしまい、すぐに轍に戻った。空は晴れ渡っており、陽射しを受けながら少し早足ぎみに歩いていると、けっこう汗をかいて来た。林道の雪はやがて50センチほどになって来たが、轍はどこまでも続いていた。林道は標高900m辺りで三室山に一番近づき、そこより先は尾根と平行して西へ向かい出した。轍はこのまま大通峠まで続いてくれるのかと期待した矢先に、突然終わってしまった。さすがの四駆もそこまでが限界だったようである。そこからはワカンを履いて大通峠を目指すことにした。そして純白の雪面に踏み出した。ところが雪が柔らか過ぎて、ワカンを履いているにもかかわらず一歩一歩がヒザまで潜ってしまった。雪の締まっていそうな所を選んで歩くようにしたが、あまり変わらない。100mほど歩いてこれでは峠に着くだけで昼になってしまいそうだと思えて来た。まだ峠までは1kmはあり、更に天児屋山まで尾根歩きが1.5kmは続くと思われるので、これはどうにも無理である。せっかくの好天をこのまま登山せずに終えるのは何とももったいなく、そこで予定を変更して林道から近い三室山を目指すことにした。三室山は更に標高はあるものの、林道のもっとも近い所からなら直線距離で1.5kmほどと思われたため、何とか登れるのではと思えたものである。そこで三室山に一番近い地点まで林道を戻り、改めてワカンを着けて、植林の急斜面に取り付いた。するとワカンを履いているのに、今度はいきなり腰まで潜ってしまった。先ほどの林道歩きで雪の柔らかいことは判っていたつもりだが、想像以上だった。とにかく登れる所まではと、木にしがみつきながら登って行く。少なくても膝まで潜り、雪溜まりでは腰から胸まではまり込んで身動きが取れなくなることもあった。それに転ばないようにバランスをとろうとしてもストックはあまり役立たず、木に掴まってバランスをとることが多かった。急激に疲れてしまい、数歩登っては息を入れなければならなかった。それでも何とか尾根に出ることが出来て、そこから先の傾斜は少しは緩やかになった。辺りは灌木帯で、クマザサが雪面に覗いていた。少しは展望のきく地点まではと、とにかく歩を進める。やがて一帯は若木の植林地と替わり、尾根の傾斜が増して来た。そして雪溜まりも多くなって、また何度もはまり込んでしまった。もう何も考えず、諦めずにひたすら登ることに集中する。そしてふと時計を見ると、13時半を回っていた。標高にして200mほどを2時間半もかけていたことになる。これでは諦めざるを得ない。出来れば登山コースに出会って、それを下ろうかと考えた。辺りは岩場もあり、やや急斜面のため、東へトラバース気味に向かった。そして植林地に入って行くことになったが、程なく赤テープが目に付き登山道に出会えたことを知った。そのテープまで達すると、そこにはトレースが付いていた。この日に誰かが登ったようだった。これを見て、再び投高意欲が湧いて来た。もう十分過ぎるほど疲れていたのだが、ラッセルをしなくても済むとなると休み休みながらでも結構登って行けた。まだ200mは登らなければならず、また途中にクサリ場もあったが、トレースは有り難いもので登るほどにかえって元気が出て来た。それでも40分ほどかかって山頂到着となった。するとすでに下山したものと思っていた先達者の二人がまだ残っていた。聞くとやはり相当雪に苦労したようだった。潜ることよりも湿った雪質に悩んだとのこと。二人はこちらが着くのと入れ替わるように下山して行った。後はパートナーと二人だけの静かな山頂になった。積雪期の三室山はこれで二回目だったが、前回と比べても今回は雪が多いようだった。山頂の雪は2mはありそうだった。おかげで360度の素晴らしい眺望が広がっていた。この日は快晴の上に澄んだ視界で、これまで一度も十分に見たことのなかった北の風景も遮るものも無く見渡せた。氷ノ山を始めとして、扇ノ山に青ヶ丸、仏ノ尾、うっすらと妙見山も見えていた。またその北の山並みより三室山までの尾根が雪のおかげもあって手に取るように良く分かった。東は藤無山に三久安山、一山、東山の尾根、最遠は明神山まで見えていた。西も天児屋山を始めとする県境尾根はもちろん県外の沖ノ山、東山、くらます、ぼんやりとだが那岐山も大きく見えていた。南は当然、後山から駒ノ尾山の尾根である。いままで少し展望の悪い山頂と思っていた三室山のイメージを一掃するほどの見事な展望に、本当に満足する思いだった。遅い到着にもかかわらず1時間ほども山頂で過ごしてしまった。下山はトレースの付いた登山コースをきっちりと辿ることにした。この下りは至って気楽だった。雪がかえってクッションとなり、足の負担は軽く休まず快調に下って行けた。登山道の雪は駐車地点そばまで十分に残っていた。
(2007/4記)(2020/11改訂) |