石川県の山となると白山が断然で、次に思い浮かべるのは笈ヶ岳に医王山ぐらいだったが、2007年3月始めにその石川県で休日を過ごすことになった。仕事で白山市内に一週間の滞在となったのだが、4日の日曜日が休日となった。こんなこともあろうかと登山靴は持参していたので、前日夜にどの山に登ろうかと検討に入った。参考にしたのは分県登山ガイドの「石川県の山」。この年は記録的な暖冬だったが、石川の山はまだまだ雪を抱いており、白山はさすがに真っ白だった。そこで千メートル未満の山に絞って検討した結果、この富士写ヶ岳に興味を持ったものである。登山時間が片道2時間程度と手頃であり、山頂からは白山も見えれば日本海も望めそうだった。但し、最適期はシャクナゲの花の咲く季節のようだったが。
翌4日は薄曇りで朝を迎えた。白山市内から国道8号線を南下し、山代、山中の温泉街を抜けて大聖寺川沿いの国道364号線を福井県境へと向かって行くと、山中・丸岡トンネルがあり、それを抜けると福井県だった。どうやら行き過ぎたようだった。そのとき持っていた道路地図を見ると、トンネルの石川県側の入口そばから脇道があり、その脇道から富士写ヶ岳へと破線路が書かれていた。間近でもあり、そのコースを登ることにした。トンネルを石川県側へと引き返して、すぐに見えた脇道に入ると登山口の標識が現れた。富士写ヶ岳の大内登山口と書かれていた。そばに広い駐車場があったが、登山口から始まる林道に入ると、すぐの所にも駐車スペースがあったので、そこに駐車とした。ガイド本には紹介されていないコースだったが、これでもよいかと、ガイド本無しで登ることにした。雪のことを心配していたのだが、雪のかけらも見られなかった。林道を歩き出すと2,3分で登山道の入口に着いた。登山道は急坂の石段で始まったが、階段部分はすぐに終わり、自然な山道に変わった。山道もやや急坂で続いていた。周囲は雑木林の風景が広がり、足元には落ち葉が積もっていた。その落ち葉は押しつぶされており、少し前まで雪が残っていたことを示していた。上空はまだ薄曇りのため、周囲は少し暗かったが、青空も覗いて晴れの兆しが見えていた。冬枯れの木々に囲まれて良い雰囲気で登っていると、中腹辺りで山頂へと続く尾根が見えて来た。その尾根には雪が付いていたので、いずれ雪が現れると思っていると、その通りすぐに雪が現れた。始めは現れたり消えたりしていたが、シャクナゲの木が目立つようになると、登山道は雪にほぼ隠されて来た。その雪の上をすんなり歩ければ問題無かったが、春先の雪とあって表面だけが固く、体重をかけると踏み抜いて膝まで潜ることがあった。一気に歩度が落ち、その上陽射しの現れて来たこともあって、大いに汗をかきながらの登山となった。そうして雪に掴まるかと思えば、雪の全く無い所もあってアンバランスだった。登山道は雪に隠されるとコースが分かり難くなったが、尾根筋がはっきりしていたため、大きくコースを誤る心配は無かった。次第木々立は低木となり、南の方向には展望も現れて、小倉谷川の尾根が望まれた。そして前方の山頂が近づいて来た。山頂が間近になると、登山道はほぼ雪の下となり、最後は一歩一歩が雪に潜る状態になって山頂に着いた。そこは広く雪面になっており、中央の三角点周りのみ地表が現れていた。雪面と言っても雪は多くても30センチ程度だった。上空はすっかり晴れており、白い雪と青い空、他に人は見えず静寂のみ広がる世界だった。そしてそこからは周囲の山並みが一望と言いたいところだったが、この日はモヤの強い視界で、近くの山も薄ぼんやりとしか見えなかった。東の方向にうっすらと見える山を最初は白山かと思ったが、どうやら大日山のようで、白山の方向はただモヤの白さが見えるだけだった。比較的すっきり見えるのは西の方向で、そちらは青い日本海が望まれた。本来ならまだまだ厳しい冬山のはずなのだが、軽登山靴にショートスパッツを付けただけのスタイルで登れた上に、山頂の気温は木陰でも12℃あり、陽射しの中では上着の要らない暖かさだった。どう見ても一ヶ月は季節が前倒しされたのではと思えた。それにしても好天の日に誰もいない雪の山頂に立っているのは悪く無いもので、春の息吹をかんじながら、暫し間ぽつんと佇んでいた。下山は往路をすんなりと戻った。雪の所は自分の足跡を辿るだけなので、登りよりずっと楽だった。その雪が消えると、すっかり明るくなった自然林の中を逍遙気分でのんびりと下って行った。
(2007/3記)(2022/1改訂) |