前夜に天気予報を見ると、その日の13日に続いて14日の日曜日も快晴が期待出来た。そこで以前から一度は登っておこうと考えていたスノードン(Snowdon)山に、なんとしても登ってみたい気持ちが一気に強まった。その日はレイク・ディストリクトをハイキングしてけっこう疲れていたのだが、翌日には足の疲れも取れているだろうの気持ちで眠りについた。スノードン山はイギリス本土(ブリテン島)の南西部を占めるウェールズの最高峰。北部のスコットランドを除くと、イングランドを合わせても最高峰である。そしてスノードン山を中心に一帯はスノードニア国立公園になっている。このスノードン山には登山列車が山頂まで走っているのだが、それは春から秋のことで、真冬は当然運行していない。その登山鉄道と平行して登山道があるとガイドブックには書かれている。ただ真冬のスノードン山がどのような状況なのか、登山をする人はいるのかと、全く分からないことだらけだったが、どうやら登山道も夏なら軽いハイキングコース程度のようなので、行けば何とかなるだろうとあまり深くは考えずに現地に向かうことにした。14日はまだ薄暗い7時半にアパートを出た。M62を走っているときは霧が出ていたが、西に向かうにつれ、雲一つ無い快晴の空に変わった。M56が終わるとA55を走って行くが、知らないうちにウェールズに入っていた。ウェールズでは道路標識を英語とウェールズ語の二カ国語で書かれており、それが珍しかった。やがて右手に海を見るようになった。そして
Colwyn Bay の町が近づいて来た。丘に町並みが広がり、その丘が海に突き出ている。どこかで見たような風景だと考えていると、ちょうど北海道の小樽に似ているのを思い出した。海沿いに道は続く。A55からA5westに入るときに間違ってA5eastを走ってしまい、少し時間をロスしてしまった。A487からB4547へと入り、A4086に合流する。そしてスノードン山の登山口に当たるスランベリス(Llanberis)の町に入ると、まず登山道を確認することにした。その登山口が分かったところで、その付近に駐車場所を求めたが、路肩は既に車でうまっていた。仕方なく少し離れているが、Padarn湖の東岸にある正規の駐車場に駐車した。いざ出発である。ウェールズの空も雲一つ無い素晴らしい空で、どこまでも澄みきっていた。登山道は町はずれから始まっており、まず入口のゲートを通過する。なんとも緩やかな道で、山に登ると言うよりも、ただ単に丘を散歩している雰囲気で登って行く。車も通られる道で、道脇にまだ幾軒かの家を見た。南側の丘が朝日を受けて、輝いているのが見えた。暫く歩くと町を見下ろせる展望地が有り、そこに立つと
Padarn湖とスランベリスの町が眺められた。やがて前方にスノードン山が見えて来た。ウェールズは暖かい地なのか、そこまで雪は全く見られなかったのだが、スノードン山ともなるとやはり高い山だけに、中腹より上はすっかり雪化粧をしていた。麓こそ風は弱かったが、登るほどに次第に強くなって来た。そして絶えず吹き付けて来た。陽射しはずっとあるのだが、風の冷たさを和らげるほどではなかった。足下の水たまりはすっかり凍りついており、かなり気温が低いことを窺わせた。登山道はほぼ真っ直ぐ続いており、前後にちらほら登山者を見かけた。辺りには木が全くと言ってよいほど見られないので、展望は終始良かった。登山鉄道の線路が登山道に近づいて交差することもあった。すぐに体が温まるだろうと薄着で歩いていたのだが、耐えられず途中でヤッケを着込んだ。このなだらか道を歩いているときに、一つ驚かされたことがあった。かなり後ろから単独の登山者が見えたと思うとぐんぐん近づき、あっと言う間に追い越された。その人が70才を越すと思われる高齢者だったことに驚かされたのである。こちらもさほどゆっくりとは歩いていなかったのだが、やはり肉を主食とする人種は体力が違うのかと感心させられた。徐々に高度が上がっていくと、やがて南の山並みも望まれたが、そちらはあまり雪は付いていなかった。傾斜がきつくなり出すと、道は雪に覆われ始めた。雪は固く凍り付いている。間もなく線路と再び交差するが、その辺りとなるとすっかり道も山肌も雪に覆われていた。雪は凍り付いて滑り易くなっている。アイゼンの用意をしていなかったため、ひたすら慎重に登って行く。北向かいに1000mに近い山並みが現れた。そちらの山も山頂付近がうっすら白くなっているだけである。今登っているスノードン山のみが、際だって白いことになる。前後に登山者が多くなった。アイゼンを付けている人が多く、完全に雪山登山の雰囲気だった。滑らないように人の踏み跡を辿ってゆっくりと登って行く。登山道は途中より日陰になっていたのだが、進路が南向きに変わると、陽が当たって来た。そして風が一段と強さを増した。
その辺りまで来ると本当に展望が良く、遠く大西洋も望まれた。やがて山頂部が間近に見えて来た。このスノードン山はピークが二つあるのだが、この二つのピークの中間地点は風の通り道なのか、這うように進まないと吹き飛ばされそうだった。低い方の1065mピークはアイゼン無しでは無理と思え、登るのは断念する。そこで目的を最高点の1085mピークにしぼった。周囲の岩はエビのシッポに覆われており、全く風雪の世界でだった。周囲は一杯の登山者で、50人以上は来ているように思われた。登山者の中にはアイゼン、ピッケルの完全冬山の姿もあれば、夏登山靴の人もおり、いろいろなスタイルで登っているのが面白かった。登山コースは幾つかあるようで、南の尾根を登って来る人も見えていた。なんとか頂上直下の鉄道駅に着いたときは、歩き始めてから2時間40分経過していた。駅には汽車が残されていたが、ほとんど雪に埋まっていた。その鉄道駅の前で息を整えると、すぐにピークを目指した。とにかく風がきつい。岩に捕まりながらなんとかピークに立った。ピークは一段と風が強く、今まで経験したことが無いほどの強さで、山頂を示す台座に捕まっていないと、体ごと吹き飛ばされそうだった。それでも記念にと何とかカメラを構えて写真も撮った。あまりの風の強さと冷たさに長居は出来ず、すぐに頂上駅へ戻って行った。風の来ない駅舎の陰で休憩しようとそちらに回る。そこには同じ思いなのか、大勢の人が休憩をとっていた。皆、風と寒さで鼻水を垂らしていたが、どの顔も楽しそうだった。同じ思いの人が大勢いることにうれしくなった。その中に混じって寒さに震えながら休憩をとった。下山は、風を避けるため、鉄道線路沿いに下ることにした。この下りで人とすれ違うときに転び、あやうく滑落事故を起こしそうになり、ひやっとした。なお、この下りではマウンテンバイクを担ぎながら登ってくる二人の若者を見かけ、驚かされた。次の駅からは、往路で歩いた一般登山道を辿った。予想以上に厳しかった山頂に立てた充実感が体を包んでおり、暖かい気持ちでのんびりとスランベリスの町へと戻って行った。この日はリーズとスノードニアの往復に6時間、登山に5時間半と、かなり厳しいスケジュールだったが、満足感は大きかった。ところで、山頂であれだけ一生懸命撮った写真が総てピンボケだった。あまりの寒さにカメラが一時不調になっていたようで、これだけは残念だった。
(2004/12記)(2014/8改訂)(2019/9写真改訂) |