TAJIHM の 兵庫の山めぐり <中播磨編 
 
かしわの山  《坊勢島》 100m 姫路市家島町
 
1/2.5万地図 : 坂根
 
【2013年1月】 2013-03(TAJI&HM)
 
   「坊勢『「しま』の森」内の展望広場より  2013 / 1

 家島諸島で生活圏が出来ているのは家島と坊勢島の二島だが、どちらの島も目立つ山が無いため、島の様子には興味があってもハイキング対象としては考えていなかった。その二島のうちの家島が「播磨 山の地名を歩く」に紹介されていたので、2012年1月に家島ハイキングを実行した。そのとき思ったことは、高い山は無くとも島では本土と違った展望が楽しめて、これはけっこう面白いと言うことだった。また島を巡る車道歩きも悪くなく、気が向けば海岸まで下りて、潮の香をかぐことも出来る。そこで次は坊勢島へと一年後となる2013年1月に再び家島諸島のハイキングを楽しむことにした。
 この日の天気予報は午前は曇りで昼から晴れとなっていたが、その通りに朝の空は雲が広がっていた。車は姫路港の姫路ポートセンタービルからは少し北に離れた1日500円の駐車場に駐車とした。姫路ポートセンタービルに着いたときは9時50分になっていた。10時発坊勢島行きのクィーン坊勢号は既に着岸しており、すぐに乗り込んだ。船は定刻の10時に出向したが、広い船内に乗客は10人とおらず、がらがら状態だった。この坊勢島行きの連絡船は男鹿島に寄港した後、坊勢島へと向かった。坊勢島に着いたのは10時35分だったので、所要時間35分での到着だった。上空を見るとまだ雲は広がっていたが、北の空は青空になっており、青空は徐々に上空の方へと広がろうとしていた。残念なのはこの日の視界がうっすらとしていたことで、北の方向を見ると、海岸線の山並みがごくうっすらと見えるだけだった。連絡船乗り場のそばには観光案内図が立っており、それを見ると、この日の目的としていた島で一番高い山は「かしわの山」と呼ばれていることが分かった。そのかしわの山を目指して、島の西海岸沿いの車道を南へと歩いて行った。その車道を走っているのは軽四輪車もあったが、圧倒的にミニバイクが多く、よくすれ違った。そのミニバイクに乗る人がほとんどヘルメット無しだった。しかも2人乗りが多かった。海岸沿いだった車道が海岸を離れると上り坂となり、住宅地から離れ出した。舗装路歩きが続くのだが、その辺りからはオカズラ林道と呼ばれるようだった。そしてかしわの山へと近づいたとき案内板が現れてそれを見ると、この一帯は「坊勢『「しま』の森」としてハイキングエリアになっていることだった。車道とは別に遊歩道があり、海岸にも下りられるようだった。またその案内板ではかしわの山はカシワ山と書かれていた。その案内板を見て、かしわの山に立つ前に海岸に下りてみようと考えた。まずは遊歩道を歩き出す。少し進んだとき右手に小径が分かれたが、その分岐点には標識が立っていなかった。どうも遊歩道では無さそうだったが、どこに続いているのか興味が湧いたので歩いてみることにした。小径は西へと向かい、送電塔(西島線18番)の位置で終わっていた。小径は送電塔の巡視路だったようである。そこは海の間際で、坊勢島と西島が一番接近している位置だった。どう見ても西島までは50メートルほどの距離だった。昔の坊勢島と西島が繋がっていたのはここではと思えた。瀬戸の風景も見てから引き返した。遊歩道に戻って少し登るとまた小径が分かれたが、今度は標識が立っていた。その先に展望広場があるようだった。昼が近いことでもあり、そこで昼食をとることにした。緩い上り坂を歩き出すと、一帯は笹地になってきた。そして広々とした笹地の中、笹に埋もれるようにしてベンチが置かれていた。そこが展望広場のようだった。どうも手入れをされずに放置されたことにより、笹原になったと思われた。展望も当初は良かったのだろうが、展望広場と言えるほどの展望は無かった。それでもここで昼食とした。もうすっかり晴れており、暖かい陽射しに包まれながら、暫しの休憩だった。再び遊歩道に戻ると、また右手に道が分かれて、今度は海岸まで下りられるようだった。その海岸までの道はみかん園を通っていたが、みかんは収穫が終わったのか、ほとんど見えなかった。残ったみかんも鳥についばまれていた。そのみかん園を過ぎると海岸への下りが始まった。周囲はウバメガシ林やアカメガシワ林になり、なかなか雰囲気は良かった。海岸に着くと潮の香を嗅ぎながら、いっとき潮騒に耳をかたむけていた。もうこれで後はかしわの山に向かうだけだと遊歩道を戻ったが、みかん園への道とは別にかしわの山に近づく道があったので、そちらを登った。急階段の道を登っていたところ、また枝道が分かれた。そちらの先には眺望点があるようなので、再び寄り道をすることにした。海際まで近づいて広場に出ると、なるほど海の眺望があったが、そこより少し南の位置の方が眺望が良さそうに見えた。そこで道から離れるが、そこに立ってみたところ、高島から西島までが一望となって、十分な展望を得た。寄り道ばかりでかしわの山になかなか近づかなかったが、その眺望点から引き返して漸くかしわの山への登りにかかることになった。遊歩道がほぼオカズラ林道に合流する位置まで近づいたとき、かしわの山への道が現れた。ちょうどVの字状に曲がってかしわの山を目指した。その道はずっと階段になっていたが、標高100mほどの山なので数分で山頂が見えてきた。山頂には展望台が建っていたので、早速上がってみた。ちょっと周囲の木立に視界が妨げられるものの、展望台の名にふさわしい展望が広がっていた。特に北西から北、東にかけてが良く、坊勢島の位置と地形が良く分かった。その山頂から更に南へと遊歩道が続いていたので、そちらへも歩いてみることにした。また階段道だったが、今度は下り坂だった。そして道が平坦になると小さな広場に出て、その位置で終点となった。そこにはベンチが置かれているものの、展望は良いとは言えなかった。そこですぐに引き返した。再び山頂に立ち、そしてオカズラ林道へと遊歩道を下って行った。これで目的は達したので、後は島の周囲を巡る道を左回りで歩いて、連絡船乗り場に戻って行くことにした。オカズラ林道を東海岸の終点まで下るとそこはオカズラ地区で、一帯は海苔の加工場が多く建っていた。道が少し分かり難かったので、地元の人に尋ねて北へと向かう道に入った。小さな丘を越えて西ノ浦漁港に近づくと、後ははっきりとした海岸沿いの道を歩いて行くだけだった。小さな島だったが人も多く、また新しい家も多く、けっこう活気のある島だった。その生活の様を眺めながら歩くのも面白かった。島の足がミニバイクなのは始めに書いた通りだが、2人乗りはごく普通の風景として、買い物のおかあさんが子供を3人乗せて、4人乗りで走っているのを二度ほど見かけた。また信号は無く、行き先の表示板が無いため、地図を見ながら歩く必要があった。それとたまたまだったかも知れないが、どの飼い犬も放し飼いであった。その生活ぶりを眺めるだけでなく、島の周囲には小島が多いので、歩いているとその島の風景が少しずつ変化するのも面白かった。おかげで車道歩きに退屈しなかった。島には漁港が三つあり、西ノ浦漁港の次は長井漁港があり、島の最北端の坊崎を回って西側に入ると奈座漁港だった。その先に連絡船乗り場があり、かしわの山を離れてから1時間35分での到着となった。朝からだと5時間半のハイキングとなり、十分に坊勢島を楽しんでハイキングの終了とした。
(2013/2記)(2021/3写真改訂)
<登山日> 2013年1月12日 10:00姫路港発の連絡船に乗る/10:45坊勢島に上陸して連絡船乗り場よりハイキングをスタート/11:14ハイキングコースに入る/11:27〜40西島線18番鉄塔のそば/11:52〜12:15展望広場で昼休憩/12:33〜49海岸で憩う/13:01〜10眺望点/13:18〜50かしわの山/14:28西ノ浦漁港/14:58長井漁港/15:15奈座漁港/15:25連絡船乗り場に着いてハイキングを終える/16:00連絡船が出港する。
(天気) 姫路港を出たときは曇り空だったが、坊勢島に着いたときは北から青空が広がろうとしていた。島内を歩くうちにどんどん天気は良くなり、昼には快晴となった。気温は木陰で9℃ほどだったが、陽の当たる所では14℃ほどあった。風はときおり受ける程度で、気になるほどでは無かった。視界は少しうっすらとしていた。
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姫路港の姫路ポートセンタービルに着くと、連絡船は
着岸していた
坊勢島行き連絡船の名は「クィーンぼうぜ」号だった
この便の乗客は10人ほどで、がら空きだった
坊勢島に着く前に、この男鹿島に寄港するようだった
上空に黒い雲が広がって薄暗かった
男鹿島に寄港して男鹿島を離れた(船窓より) 家島の南側を連絡船は走った 家島の南海岸を見る 連絡船は坊勢島の奈座港に接岸した

(←)
上陸して連絡船乗
り場を眺めた
北の空は青空に変
わっていた

 (→)
  乗り場を離れて北
  へと歩き始めた
すぐに弁天島が見えてきた 弁天橋を渡って弁天島へ 島にはごく小さな神社(海神社)が建っていた
海沿い歩きを再開する この日の視界は悪く、北を眺めると御津山脈は輪郭が
分かる程度だった
島人の足はミニバイクだったが、ほとんどの人がヘル
メットを被っていなかった
西島が間近に見えていた 車道は海岸線を離れて上り坂になった 足下に住宅地と奈座港が眺められた
車道のそばにこのようなテーブルが置かれた休憩ポイ
ントを二カ所見た
車道はオカズラ林道となってかしわの山の方向に続い
ていたが、途中で遊歩道が右手に分かれた
その先は「坊勢『「しま』の森」としてハイキングエ
リアになっていたので、早速歩くことにした
歩き始めると、標識の無い小径が右手に分かれた 小径に入ると、ほぼ平坦な道として海の方に近づいた 道幅が広くなってきた 電柱沿いを歩いて行く

(←)
前方に見えてきたの
は西島だった

  (→)
   小径は下り坂になっ
   て送電塔に近づいた
小径はこの送電塔(西島線18番)までだった 足下には湾の風景が広がっていた 西島との距離は50メートルも無さそうだった
遊歩道へと戻って行く 戻るとき、南に小さな湾を見た 遊歩道に戻って南へと歩いて行った
次に展望広場への小径が分かれた 標識には80mと
書かれていた
なるほど広場のような所が現れたが、すっかり笹原に
なっていた
その笹に埋もれるようにしてベンチが置かれていた 
昼になっていたので、ここで昼食とした
展望広場の名があるだけに、かしわの山がすっきりと眺められた 南の方向は、送電塔からの帰りに見た風景が更に広く眺められた
遊歩道に戻って南へと歩き出すと、今度は海岸に下り
る道が分かれた
この道は遊歩道と呼べるもので、始めにみかん園の中
を通った
一輪車が通り易いようにするためか、ゴムシートの敷
かれている所もあった
下り坂となって丸太の階段道を下って行く ウバメガシ林を通る 良い雰囲気だった 落ち葉が遊歩道を隠している所があった
こちらはアカメガシワ林だった また階段の道となった かしわの山の方向から来た遊歩道と合流した
海の方向へと下ると、海岸線が見えてきた 海岸のそばに出てきた 少しゴミが目立ったが、暫し潮騒に耳を傾けていた
間近に見える高島を大きく見る 上空は澄んだ青空が広がっていた 海岸の一隅で咲いているのはツワブキの花だった
海岸から引き返すとき、かしわの山に向かう遊歩道を
登って行った
丸太の階段道を登って行く 登るほどに背後に風景が
広がった
かしわの山への遊歩道は十分な道幅だったが、ちょっ
と荒削りの印象だった
登る途中で眺望点への道が分かれた 眺望点に寄り道することにした 眺望点は広場になっており、まずまずの眺望だった
眺望点の近くにもっと展望の良い場所があった 遊歩道から離れてその展望地点に立ってみた
眺望点から引き返して山頂に向かう道に入った 山頂まで階段の道が続いた 山頂の広場に出ると、展望台が建っていた
展望台に立って北から東、南東にかけてを眺めた

上の写真の中央付
近、家島の手前に
写るのは、西ノ浦
漁港の背後に広が
る家並みだった

上の写真の中央に
写るのは林道の名
にもなっているオ
カズラの港だった
家島の左手奥には御津山脈がごくうっすらと眺められた 男鹿島を大きく見る
西には西島が大きな姿を見せていた 南西の高島は少し木立に隠され気味だった
山頂の周囲ではツバキの花が満開だった 山頂から先も東の尾根に遊歩道が付いていた 大コ島を大きく見る
遊歩道の終点は広場になっており、ベンチがあった 広場の位置から南西の方向を見る 広場の位置から山頂の方向を眺めた
すぐに山頂へと引き返した 山頂の展望台を南側から眺めた 山頂を後にしてオカズラ林道へと下った
林道に出ると東の海岸を目指した 静かな林道で、通行する車はほとんど無かった オカズラ地区が足下に見えてきた
オカズラ地区に入ると海苔加工場が多かった オカズラ地区を過ぎて海際を離れた 小さな峠を越えることになった
峠を越えると、一気に漁港の風景が広がった 西ノ浦漁港の一角に出た
西ノ浦漁港に沿った車道を歩く 西ノ浦漁港を過ぎると海の風景を見ながら歩いた 南東方向に見えた島は黒島のようだった
消防団の消防車が集まっていた 出初め式のようだった 長井漁港に入った ここも漁船がずらりと並んでいた
長井漁港を過ぎて坊崎へと上り坂が始まった 振り返ると長井漁港の一角で出初め式が始まっていた 左の写真に写る放水風景を大きく見る
坊崎まで来ると西島が見えてきた 北を見る 相生市、赤穂市の沿岸部の山がうっすらとながら眺められた
坊崎を過ぎて下り坂に入った 西島の姿が次第に大きくなってきた 南を見ると、かしわの山に建つ展望台が見えた
奈座漁港の一角に着いた 漁港沿いを歩いているとき北東に見えたのは、60mほどのピークだった
恵比寿神社を右手に見る 連絡船乗り場に着いてハイキング終了とした 帰りの船上で夕陽が家島の上に落ちるのを見ていた