TAJIHM の 兵庫の山めぐり <西播磨 
 
茶臼山    ちゃうすやま 166m 赤穂市
 
宝珠山    ほうじゅざん 182m
 
大谷山 (坪江山) 245.5m
 
1/2.5万地図 : 相生
 
【2024年1月】 2024-07(TAJI&HM)
    観光駐車場の近くより  2024 / 1

 久々に坂越浦の後背丘陵を歩こうと向かったのは、2024年の新年を迎えた8日目のこと。この日の天気予報は曇り空だったが、朝のうちは晴れとなっていた。坂越の観光駐車場に9時50分に着くと、止まっている車はまだ少なくスムーズに駐車出来た。天気予報通り朝の空は快晴だった。静かな通りを歩いて、まずは大避神社に向かった。社務所は開いており神官の姿を見た。神社にお詣りすると、少し戻って茶臼山に通じる車道に入った。少し登ると、展望台にもなっている公園が現れた。その入口に数台の車が止まっていたが、立て札には駐車禁止と書かれていた。公園からは坂越浦と坂越の町並みが一望出来た。車道歩きに戻って、緩やかな坂道を登って行く。その途中で妙見寺への道が分かれた。近くに妙見寺が見えており、風格のある寺だった。車道からは宝珠山に通じる小径や奥の院への小径が分かれたが、茶臼山を目指してずっと車道を歩いた。簡易舗装された車道で、周囲の常緑樹林には落ち着きが感じられて、雰囲気は悪くなかった。ときおり展望も現れて、坂越浦が眺められた。車道の終点が茶臼山で、小さな広場になっていた。茶臼山の最高点は車道より一段高くなっており、そこに遠くからも目立っている無線塔が建っていた。山頂は好展望地で、南の坂越浦だけでなく西も開けており、赤穂市街が眺められた。その茶臼山を離れていよいよ後背丘陵の縦走に入ろうとしたとき、北から急速に雲が広がってきた。天気予報通り曇り空に変わるようだった。茶臼山の山頂から少し戻った位置が縦走路の起点で、はっきりとした山道だった。始めは大谷山との鞍部へと下って行く。道幅は十分な上に緩やかとあって、易しく歩いて行けた。鞍部に着いて緩やかに登り返す。この経路は八十八ヵ所巡りになっているのか、点々と石仏を見た。曇り空となったため少し薄暗さのある尾根歩きだったが、風はほとんど無かったため冬にしては穏やかさのある尾根歩きだった。茶臼山から宝珠山まで10分だった。宝珠山は木々に囲まれており、石仏がぽつんと置かれていた。すぐに次の大谷山に向かった。概ね緩やかな上り坂だった。常緑樹林の尾根は落ち着きがあって、雰囲気は良かった。うっすら陽射しの現れることもあった。ごく易しく歩けて大谷山の山頂に着いた。平坦な上に樹林が囲んでおり展望は無かった。その大谷山の山頂で目にしたのは大谷山の名と共に「坪江山」の名だった。大谷山は「花と緑の山歩道」で知った名だが、地元の坪江集落では坪江山と呼んでいるのかも知れなかった。大谷山で憩うことはせず、すぐに縦走の続きに入った。その頃には尾根の北側はIHIの敷地のようで、立入禁止の標識を見るようになった。次のピークは208mピークで、前方に見える208mピークのそばで送電塔が目立っていた。100mほど下って50mの登り返しだった。ずっと曇り空の下での尾根歩きかと思っていたのだが、208mピークが近づいたとき青空が広がってきた。208mピークに着いたときは12時が近くなっていたので、ピークの岩場で昼休憩とした。送電塔は北面側の少し下った位置に建っており、昼食を済ませると立ち寄ってみた。送電塔(相生火力線3番)のそばからは、北西間近に高伏山が眺められた。また北麓はIHIの工場だった。その頃にはすっかり青空になっており、明るい風景だった。208mピークは南側にも少し展望があり、坂越浦の風景を改めて楽しんだ。そのうちに上空は再び雲が増えてきた。それを見て尾根歩きを再開する。その辺りから北側の敷地はIHIから関西電力に替わっていた。次の190mピークに立つ頃には、上空はすっかり曇り空に戻ってしまった。190mピークを越すと、やや急坂の下りが続いた。足下に注意しながら鞍部まで100mほど下ると、尾根の道は終わって登山道は南麓の小島集落に向かい出した。地図では破線の道が尾根筋に続いていたが、それらしき小径は見えなかった。この日は次の三角点ピークにも立つ予定だったので、尾根歩きを続けることにした。尾根に沿って続く関西電力のフェンス沿いは枯れ笹のヤブになっていた。かまわずその笹ヤブに入ると、すぐに笹ヤブは終わってスムーズに歩けるようになった。但し尾根道は無かった。その道の無い尾根筋を登って118mピークに着いた。そこは草地として平らに開けていたが肝心の三角点が見当たらなかった。これはおかしいと注意深く辺りを眺めると、小石にしか見えない四等三角点(点名・小島)を見た。痛々しいほど削られて何とも哀れな姿だった。三角点を確認した後は、尾根なりに南東方向へと下って行った。相変わらず小径は見なかった。麓が近づくと小ぶりの神社が現れた。金刀比羅神社だった。そこより石段を下って、県道458号線に出た。そこはほぼ相生市と赤穂市の境となる位置だった。後は今立っている坂越浦の東端の位置より駐車場がある西端の位置まで県道沿いを歩く訳だが、3km近い距離があった。ただ車道上を歩くことは少なく、歩道を歩いたり防波堤を歩いたりで車を気にすることは少なかった。風景も始めは鍋島を間近に見てで、途中からは生島を見るようになり、また尾崎遊歩道の尾根も眺められて変化があった。それでも駐車場に着くまで1時間近くがかかっていた
(2024/2記)
<登山日> 2024年1月8日 9:54観光駐車場スタート/10:01大避神社/10:39〜45茶臼山/10:55宝珠山/11:22大谷山/11:51〜12:14[208m]ピーク/12:44点名・小島/12:59金刀比羅神社/13:32海の駅/13:57駐車場エンド。
(天気) スタート時は快晴だったが、それも茶臼山までで、以後は急速に曇り空となった。208mピークでは再び青空に変わったが、30分ほどで曇り空に戻ると、以後はずっと曇り空だった。尾根の気温は9℃前後で、風はほとんど無し。視界は澄んでいた。
<< Photo Album 2024/01/08 >>

駐車場近くの海岸線
に出ると、後背丘陵
が眺められた

朝の空は快晴だった
駐車場を離れて大避神社に向かった 敷石で舗装された通りを歩く 大避神社に通じる通りに入る
鳥居に先に大避神社を見る 大避神社の前に出た 大避神社から引き返すとき、山門を眺めた
(←)
山門の先で茶臼
山に通じる車道
に入った

 (→)
  すぐに展望広場が
  現れた そこは坂
  越浦城跡でもあっ
  た

(←)
広場からは坂越浦
が眺められた

 (→)
  北を見ると茶臼山
  と宝珠山が並んで
  いた

(←)
広場からは坂越浦
が眺められた

 (→)
  左手に見えてきた
  妙見寺だった
その妙見寺への道が左手に分かれた ときおり展望が現れた 宝珠山への登山道が分かれた
あくまでも車道を歩いた 茶臼山の近道が現れたが、車道歩きを続けた 舗装路のまま茶臼山の山頂が近づいた

車道の終点が茶臼
山の山頂だった

そこは開けて展望
地になっていた

山頂には石仏が置
かれていた
茶臼山の山頂からは千種川と赤穂市街が眺められた 赤穂市街を見る
坂越浦の風景も眺められた 左の写真に写る西島を大きく見る

坂越尾崎遊歩道の
尾根を眺めた

茶臼山の最高点に
は無線塔が建って
いた

後輩丘陵の縦走路
は、茶臼山の少し
手前から始まって
いた

茶臼山から少し戻
って次の宝珠山を
見る 上空に雲が
広がってきた

縦走路に入った

はっきりとした尾
根道だった 前方
に宝珠山を見る
尾根道は八十八カ所巡りの道でもあるようだった ずっと緩やかな道で、いたって歩き易かった 丸太の階段道で、宝珠山の山頂に近づいた

宝珠山の山頂に着
いた 樹林に囲ま
れた山頂だった

山頂に石仏を見た

山頂の近くからは
坂越浦が眺められ


すぐに山頂を離れ
て尾根歩きを続け

東屋が建っていた 前方に見えているのは、右は大谷山で左は高伏山だった 尾根の雰囲気は悪くなかった
歩くうちに陽射しが現れて晴れを期待したが すぐに曇り空に戻ってしまった 易しい尾根歩きが続く 後ろを歩くパートナーを振り返った
緩やかなまま大谷山の山頂に着いた 樹林に囲まれた山頂で展望は無し 山頂では「坪江山」の名も見た 登山道は、この先小島登山口に至るようだった
すぐに大谷山を離れて次の208mピークに向かった 208mピークをを見ると、送電塔が目立っていた 南に展望が現れると、西島の海が光っていた
東の方向がすっきり眺められることがあった 坂越湾東部を見る
尾根の北側はIHIの敷地で、立入禁止だった 行く手に208mピークを見る 緩やかに208mピークに近づいた
208mピークが間近になると、急速に晴れてきた 208mピークは通過点の雰囲気だった 山頂そばに立つ送電塔(相生火力線3番)を見上げた

一息入れた後、送
電塔のそばに立っ


高伏山を大きく見
る その東面側の
採石場が目立って
いた
高伏山の北側、230mピーク辺りを眺めた 緑の屋根はIHIの工場だった 208mピークに戻って大谷山を眺めた
南の方向にも展望があって、坂越湾を囲む西側の尾根が眺められた 208mピークを離れて尾根歩きの続きに入った
次は190mピークだった 尾根からの展望は良く、すっきりと坂越湾が眺められた
鞍部を過ぎて190mピークへと登り返した 190mピークは少し荒れている雰囲気があった  足を止めずに通過した 前方に火力発電所を見る その頃には左手は関西電力の敷地に変わっていた

その頃に東に見え
ていたのは万葉岬
だった

次の130mピー
クを見ると、アン
テナが立っていた
下り坂が続く 鍋島が近くに見えるようになった 少し登り返して130mPに着くと、共同アンテナを見た
万葉岬の先に君島を見る 急坂となって鞍部に向かった この先の鞍部で登山道は小島集落の方向に向かってしまった 尾根歩きを続けようとフェンス沿いを歩いたが、始めは笹ヤブだった
(←)
笹ヤブはすぐに抜
けたが、その先に
尾根道は無かった

 (→)
  フェンス際を離れ
  ると、なだらかな
  118mピークに
  着いた
四等三角点(点名・小島)は大きく削られていた ピークを離れると、尾根なりに下って行った 麓が近づいたとき、小ぶりの神社が現れた
金刀比羅神社だった 神社の石段を下ると、その先は県道458号線だった 県道に出ると、少し歩いて赤穂市に入った

海際に出ると家並
みが眺められた

その辺りは小島集
落だった
県道は坂越湾に沿うようになった とんどの準備がされていた 堤防の上を歩くことが多かった
坂越湾は穏やかだった 海の駅は賑わっていた 前方に見えてきたのは赤穂化成の工場だった

(←)
生島を近くから見
るようになった

 (→)
  海際の遊歩道を歩
  くようになった
駐車場が近づく頃には、生島を北西側から見た 駐車場の先に茶臼山を見る すっかり曇り空だった

 この日は赤穂御崎の老舗旅館に泊まりました。部屋からは家島諸島だけでなく、四国の山並みもくっきりとながめられました。(2024/01/08)
部屋からは家島諸島がくっきりと眺められた 院下島の右手には四国の山並みもはっきり見えていた
院下島の右手後方の山並みは、四国の山々だった
虎丸山の方向を大きく見る

(←)
大麻山は鳴門市の
最高峰だった

  (→)
   小豆島を見る
翌朝、朝日が家島から昇ってきた 朝日を見る 朝日が一本の光りとなって水面を照らしていた