六甲山は一つの山脈となって神戸市から芦屋市、西宮市、更には宝塚市まで裾野を広げているが、尾根の南東端は一度高度をぐんと下げた後、小さなこぶのように一ヶ所盛り上がっている。遠くから見ると独立峰のようにぽつんと離れており、小さな甲(かぶと)を伏せた姿を見せている。それが姿のままの甲山である。とにかく目立つ山で一度は登っておきたいと、それこそ30年来思っていたが、ごく短時間で山頂に立ててしまいそうで、なかなか甲山のみを目的にハイキングの気持ちが起きなかった。それがひょっとした思い付きで、近くのゴロゴロ岳の尾根も登れば一日かけてのハイキングを楽しめそうだと考えたとき、一気に行く気持ちが膨らんだ。2009年に入った一月のことだった。
阪急電鉄の支線、甲陽園線を終点の甲陽園駅で降りたのは10時半前だった。この日の空は澄んだ快晴で、雲はほとんど見られなかった。絶好のハイキング日和と言えそうだった。但し駅前は住宅街になっており、甲山に向かうにはどの道を歩いて行けばよいのか分からない。こういうときは山中で迷っているのと同じなので、地図とコンパスを取り出して、方向を定めて歩いて行くことにした。緩い上り坂の歩道を歩いて行くと、交差点で甲山の名を見た。もう後は標識通りに北への歩道を歩いて行くだけだった。その先も上り坂になっており、今は住宅地となっているものの、大昔は甲山の裾野として緩やかな丘の風景が広がっていたのではと思われた。その車道沿いの歩道を歩いていると、右手の谷間で開発工事が行われていた。そして住宅地には「開発許可を取り消せ」の横断幕が張られていた。残っている自然を守ろうとの運動のようだった。ただそれを見て思ったのは、この住宅地も大規模自然破壊で作られてきたのではと言うことだったが、複雑そうな問題なのであまり考えないことにして先に進む。程なく緑の豊かな風景が右手に見えてきた。甲山森林公園に近づいたようだった。公園に着いて案内図を見ると、この園地からも甲山へのルートがあるようだった。このまま短時間で甲山を登ってしまうよりも、公園の散策を楽しんだ後、園内から山頂に向かおうと考えた。園内には周囲を巡るように軽登山道の名の遊歩道が付いているのが分かった。すぐにその遊歩道を左回りで歩き出す。遊歩道は適度な道幅で緩やかに続いており、散歩道のようなものだった。その遊歩道を歩きながら甲山を眺めたいと思ったのだが、どうも木々がじゃまをして、木々の隙間からしか見えなかった。これは無理かなと思っていると、そのようなことは無く、程なくすっきりとした展望地が現れた。そこにはベンチも置かれて一休み出来るようになっていた。その展望は足下に森林公園の森が広がっており、その奥に甲山が形良くすっきりと立っていた。こうしてみると、改めて大昔は甲山を含めて広大な森が広がっていたと想像された。その一部が甲山自然公園として残っているのだろう。その感はその先で更に強まった。一度鞍部へと下るのだが、すっかり低山の谷間にいる雰囲気で、近くに住宅地が広がっているとは思えなかった。鞍部から登り返した所にまた展望地が現れた。そこは展望広場と名前が付いており、先ほどの展望地と同じくどっしりとした甲山を眺められた。その先で軽登山道を離れて公園内の散策路に下りた。散策路は車も通れる幅の広い道で、人の姿も多かった。もう山の遊歩道の雰囲気では無く、ごく普通に公園の雰囲気だった。遊具施設があり、目ぼしい木には名前の札が付いていた。その散策路を歩いているうちに甲山へ向かう道が分かれるものと注意していると、この道ではと思われる小径が現れたが、そこに標識は無かった。そのまま通り過ぎるて自由広場に着いたとき、そこの案内板で先ほどの小径で正しかったことが分かった。甲山に関してはどうも不親切なようだった。引き返してその小径に入った。その入口にも標識はあったが、「甲山自然の家」を案内するだけだった。その緩やかな小径を歩いて行くとすぐに車道と交差したが、このとき車に引かれそうになった。そこは車道が大きくカーブする所で、急に車が現れてお互いびっくりしてしまった。どうも頭の回路が登山モードになっていたようである。その車道を越えた位置に甲山の登山口があり、標識が付いていた。その登山道を登り出すと、これがごく普通の山道で、上り坂とあって漸く山を登っている感じとなった。それも山頂との中間点辺りまで来ると、神呪寺からの道が合流して遊歩道に変わった。場所によってはコンクリートの階段があったり手摺りがあったりと、すっかり人工的な道になってしまった。たぶん足の弱い人も登ることを考えてのものだろうが、逆に山の雰囲気を壊しているように思えた。その人工的な道のまま、最後は急坂になって山頂に着いた。その甲山山頂は広かった。ちょっと子供野球が出来るぐらいの広さはありそうに思えた。数十人の団体が休んでいたが、狭さを感じさせることは無かった。こちらは西の一角で休憩とする。空は快晴のままながら少し雲が増えたようで、陽射しが消えたり現れたりを繰り返していた。山頂は全くの平らでも無く、緩やかに起伏があり雰囲気は良かった。但し周囲を木々が囲んでいるので山頂展望は無く、山頂に居ると言うよりも雰囲気の良い公園に来ている感じだった。山頂の気温は12℃ほどで、陽射しが当たっているときは程良い感じだった。この山頂の一角に見事に葉を茂らした大木があり、その木が青い空の下にくっきりと見えている様は絵になる光景だった。この甲山山頂でのんびり過ごした後、下山は西側に下れる道を歩くことにした。北山貯水池に向かう道で、こちらはごく普通の里山道だった。なだらかなこともあってごく気楽に下って行った。その下山はあっと言う間で、10分とかからず登山口に下り着いてしまった。そして振り返ると、甲山がごく小さな丘ぐらいにしか見えていなかった。その甲山を後にして西へと歩いて行くと、北山貯水池のほとりに出た。その広い池の向こうにはなだらかな尾根が見えている。それが観音山からゴロゴロ岳へと続く尾根で、これから向かう山だった。池を前景にその全容が見えたことで、気持ちはその次の登山に切り替えて、北山貯水池を巡る道へと入って行った。
(2009/1記)(2021/10改訂) |