◆ TAJI&HM の 兵庫の山めぐり <中播磨編> ★ | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
畑山 はたやま | 311.6m | 姫路市 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
焼山 やけやま | 210m | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
1/2.5万地図 : 笠原 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
【2017年5月】 No.5 | 2017-51(TAJI) | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
《畑山》 焼野池の近くより 2017 / 5 |
畑山への登山道は北から続いているのだが、その記憶が曖昧になってきた。そこで神谷ダム湖から登るものの、下山は登山道をしっかり最後まで歩いてみることにした。向かったのは2017年5月のゴールデンウィーク後半の一日だった。この日は快晴とあって、もっと北の山に向かいたかったのだが、前日に但馬の山を登っており、二日続けて移動に時間を使いたくなく、そこで畑山の登山道を探ることにしたものである。この日もパートナーは仕事に出かけたため、三日続けての単独登山だった。畑山への登りは神谷ダム湖側からと考えており、その神谷ダム湖へは牧野キャンプ場から向かうことにした。その牧野キャンプ場に入ると、連休中とあって大勢のキャンパーで賑わっていた。牧野キャンプ場は全国的に名が知られているのか、北海道ナンバーの車も九州ナンバーの車も見かけた。そのキャンプ場の最奥まで車を進めて駐車とした。そこは登山口のそばだった。登山口の標識を見ると「展望台まで0.7km、光景寺山まで0.6km」と書かれていたが、神谷ダム湖のことは無かった。それでもそばの案内図を見ると神谷ダム湖にも焼山にも道が通じていた。目的は神谷ダム湖だったので、その登山口から遊歩道を登り始めた。始めはスムーズに歩けたので易しくに湖岸に出られるものと思っていたところ、次第に荒れてきた。どうやら歩く人は少ないようだった。このときよからぬ考えが浮かんだ。どうせ荒れ道を歩くのなら適当に尾根を越えて湖岸に出ようとの考えで、手頃な斜面に取り付いた。軽いヤブコギ程度で登って行けたので、すぐに尾根を越せそうと思っていたところ、途中から俄然ヤブになってしまった。しかもイバラ混じりの灌木ヤブでハサミで切り開きながら進むことになった。引き返せば良かったのだが、それも面倒に思えて前進を続けると何とか尾根に出た。そこに見たのは易しい尾根道で、それを歩いて着いた所は焼山の山頂だった。焼山への道は山頂までで、神谷ダム湖に下りる道は無かった。そうなると引き返さなければならなかったのだが、またよからぬ考えが浮かんだ。また適当に下って湖岸道路に出ようとの考えだった。そこで南の方向へと尾根なりに歩いた。始めは少しヤブっぽい程度だったが、途中からまた灌木ヤブにイバラが混じり出した。そこを抜け出すと、足下にダム湖の風景が広がった。眺めは良かったが、急斜面を下ることになった。それも最後は垂直に近い法面だった。その法面の下り易そうな所を下ったのだが、足を滑らしてしまった。とっさに木に掴まって難を逃れたが、大怪我をするところだった。それでもそこを下るしかなく、法面にかけられた金網にしがみついて何とか湖岸道路に下り着いた。後は湖岸道路を歩いて畑山に近づき、見覚えがあるはずの地点から登山道に向かうだけだった。それがまたしてもヤブコギをすることになってしまった。見覚えのある地点から斜面に取り付いたつもりだったが、取り付き点の記憶が曖昧だったため、一つ違う谷筋に入ってしまった。そのためヤブ尾根に入ることになり、これまで以上のヤブコギになってしまった。確かそのヤブ尾根は5年前の登山時にも歩いており、そのときも大いに難儀していたのに、同じ誤りを繰り返すことになった。自分の学習能力の無さに呆れてしまった。それでもそのまま進めば登山道に出会えることは分かっていたので、遅々とながら尾根歩きを進めた。途中で昼を大きく過ぎていることに気付き、270mピークのヤブの中で昼休憩とした。木々の隙間からは畑山の山頂に建つ反射板が見えていた。尾根歩きを再開して260mピークを越えた先で登山道に合流した。歩き始めてから3時間近く、湖岸道路を離れてから80分が経っていた。何ともむだな努力をしたものである。もう後は楽々だった。登山道は適度な歩き易さで畑山へと登って行くと、小さなピークに出た。そこは山頂から東に300mほど離れた地点で、好展望地になっていた。足下には姫路セントラルパークが見えており、その背後には桑原山、更に家島諸島も眺められた。そこにベンチが置かれていることを見ると、人の訪れも多いように思われた。登山道に戻って西へと歩くと反射板が現れて、その先は幅広い切り開き道となった。そこは麓からも見えていた防火帯で、麓にある火薬工場(日本火薬)の敷地を限るものだった。その防火帯の中に二等三角点(点名・太尾)を見た。雰囲気の良さは以前よりも増しており、そこを山頂と呼んでも間違いは無さそうだった。防火帯の周囲に広がる自然林の佇まいはちょっとした絵になる光景で、しかも新緑の盛りとあっていっそうの美しさだった。木陰もたっぷりあり、涼しい風に吹かれながら暫し憩いのときを持った。その山頂こそ展望は無かったが、防火帯を少し西に下ると開けてきて、市川流域の山並みが一望となった。遠くは笠形山も見えていた。さて畑山の山頂に立って、ようやくこの日の本題に入ることになった。山頂から北へと続く登山道をずっと歩くことだった。反射板の横を通り、往路で出会った位置を過ぎてもどんどん北へと尾根なりに歩くと、次第に神谷ダム湖から離れ出した。幾つかの小さなピークを越しながら進んで行くと、歩く方向は北西から西へと変わり、最後は南に向かった。そして下り着いた所は太尾キャンプ場の手前にある中池と奥池の間だった。キャンプ場に通じる道に出て西へと歩くと、ゲートが現れた。そのゲートには「許可なく立ち入ることを禁ず」の標識がかかっており、どうやらこのコースは一般的では無いようだった。。太尾集落が近づくとまたゲートがあり、集落に入ると城山の山裾道を歩いた。そしてずっと山裾を歩く形で牧野キャンプ場へと戻って行った。キャンプ場の駐車地点に戻ってきたのは16時半のこと。結局この日は5時間以上のハイキングになってしまって、予想していたよりずっと疲れて終了となった。 帰宅後に過去の登山記録を見ると、2005年には登山道を北へと歩いたとき、城山まで歩いていた。この日は城山へのコースが分かれるところで太尾キャンプ場に近づくコースに入ってしまったようだった。次回は紅葉の季節に城山からのコースで山頂を目指して、山頂の広葉樹林の色付きを楽しんでみたいと思った。 (2017/6記)(2020/4改訂)(2023/7写真改訂) |
<登山日> | 2017年5月5日 | 11:22牧野キャンプ場の最奥地点よりスタート/12:01焼山/12:29ダム湖の湖岸に出る/12:57湖岸道路を離れる/13:40〜52[270m]ピークで昼食/14:06登山道に出会う/14:17〜20[290m]ピーク/14:28〜54山頂/15:44奥池登山口/16:00城山登山口の前を通る/16:34キャンプ場エンド。 | |
(天気) | 快晴。澄んだ空に雲は僅かだった。陽射しは暑かったが、湿度は低いのか木陰は涼しかった。山頂の気温は25℃で、風が快かった。視界は良かった。 | ||
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