TAJIHM の 兵庫の山めぐり <北播磨編
 
金城山    きんじょうやま 399.2m 西脇市
鈴掘山    すずほりやま 342m
和布山    わぶやま 313.5m
 
1/2.5万地図 : 西脇
 
【1998年12月】 No.1 1998-69(TAJI&HM)
    《金城山》 鈴掘山より  1998 / 12

 西脇市街の東に位置する雄峰である金城山に向かったのは、1998年の年末、正月休みに入った29日のことだった。西脇市高松町に入って、長明寺の仁王門前に駐車とした。長明寺の脇を通って頼政池を過ぎると、工事中の金城池のそばに出た。池は工事中の様子で干上がったような風景が広がっていた。そこからは北東に延びる沢沿いの道を歩いて行った。道なりに進んで行くと、金城池から北東に延びる沢沿いの道となった。沢は枯れていたが、広々とした河原のような場所も現れた。徐々に沢は細り、また道は山道となって上り坂となった。なぜかその道は金城山に向かわないと考え、東に向かう沢沿いに進んでしまった。もうはっきりした道では無くなっていたが、その道で金城山近くの稜線に行き着くは ずだと何の疑いもなく進んだ。沢の周囲は薄暗い常緑樹帯だったが、木々は疎らだったため無理なく登って行けた。ところが傾斜がきつくなって沢が消え出したとき、俄然強烈なシダヤブが行く手を阻んだ。その背丈ほどもあるシダをかき分けて進んだ。急斜面があり、そこは掴める潅木があれば全身を預けて登ることになった。この厳しい登りがけっこう長く続いた。漸くシダヤブを脱すると、見晴らしの良い尾根上に出た。その尾根を辿れば山頂に着くと思っていたところ、北に一段と高い鋭角的なピークが見えた。それを疑問に思いながら尾根を辿った。潅木が多少煩わしい尾根だったが、何とかピークに着くもそこに三角点は無し。そこに着いて北のピークが金城山とはっきり分かった。山頂に繋がる尾根ではなく、一つ南の尾根を登ってしまったようだった。道が無いのも当然と言えた。気を取り直して山頂に向かった。やや荒れてはいたが稜線に小径は付いていた。ときおり東方に数曽寺山塊が望めた。金城山の山頂に着くと、そこは平らにはなって落ち着きは感じられたが、木々が茂って展望は悪かった。そこで手頃な木に登ってみたところ、西光寺山や数曽寺山塊が眺められた。 休憩後は電波塔が建つ342mピーク(※このときはそれが鈴堀山とは知っていなかった。)に向かった。北隣の350mピークから342mピークを目指した。その尾根道もけっこう荒れており、潅木の小枝が煩わしかった。ただ所々で小さな岩場があり、そこからは展望が得られた。342mピークの直下は急斜面になっており、またもやシダヤブと格闘することになった。ややうんざりするも、今度は長くは続かなかった。着いた342mピークには幾つか通信設備はあったが、抜群の展望地だった。東に金城山を、西には西脇市街とその背後の山々が広がっていた。少し風が出て肌寒かったが、暫しこのピークで休憩とした。下山は南に向かえる尾根を下った。三角点がある小さなピーク(※こちらもこのときは和布山であることを知らなかった。)を通り、尾根道のまま下ると、下り着いた所は頼政池だった。
(2002/10記)(2025/3写真改訂)
<登山日> 1998年12月29日 9:40スタート/11:40〜13:00金城山/ 14:40〜15:05鈴掘山/15:15和布山/16:00エンド。
(天気) スタート時は周囲の山には霧がかかっていたが、 徐々に晴れてきた。但し少し雲の多い晴れと言えた。風はほとんど無し。金城山山頂では少し肌寒さを感じたが、陽射しが快かった。鈴堀山に向かう樹林帯では、やや暑さを感じた。鈴堀山に着いた時は、ほぼ快晴となっていた。鈴堀山ではやや冷たい風を受けた。視界は少しモヤがかっており、遠方ははっきりしていなかった。
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(←)
金城山の山頂では
木に登って東に展
望を得た

 (→)
  西光寺山を大きく
  見る

山頂からは数曽寺
山塊も眺められた

左の写真に写る二
山を大きく見る
(←)
金城山を離れて鈴
堀山に向かった
尾根から鈴堀山を
見る

  (→)
   鈴堀山に着いて金
   城山の尾根を眺め
   た
金城山を大きく見る 鈴堀山からは西脇市街も眺められた 鎌倉山に繋がる尾根を眺めた