同じ兵庫県内でも、但馬北部はずいぶん遠い感じがする地域である。そのためまだまだ登っていない山が多くあるが、出かけるとなるとメリハリのある山に登りたくなるので、ちょっとは名を知られた山を再訪することが多くなり、いつまで経っても小さな山が残ることになる。そこで一泊がてらでじっくりと小山を登ろうと考えて向かったのは2010年4月初め、桜の便りが聞こえ出したときだった。手始めに登ろうと考えたのは、豊岡盆地の東に立つ剣蛇岳だった。この山を選んだのは単にガイド本「たじまハイキング」に紹介されていたことが理由だが、「須田」の地形図を見ると特長のある山容でも無く、山頂には山名も三角点も無かった。ガイド本に紹介されていなければ、いつまでも見過ごしていたと思われるが、コウノトリの郷に近い山であることにも興味を持って、最初に訪れようと考えた次第である。
この日の但馬地方は曇りのち晴れの予想だったが、播州の空は良く晴れていた。これは北の空も良いのではと思っていると、但馬の入口となる生野の町が近づく頃より、上空は薄雲に覆われ出した。それが北に向かうほど濃さを増し、和田山の市街地が近づく頃には小雨が降り出した。その先はずっと小雨の中となり、ちょっとがっかりした気持ちで豊岡市内に入った。ただ天気は必ず快方に向かうはずなので、それが何時かということだったが、見開山が見え出してコウノトリの郷が近づく頃に漸く雨は小止みとなった。そして次第に空が薄明るくなってきた。剣蛇岳の麓にある酒垂神社を目指して行くと、その神社の前は法花寺農村公園の標識があり、広場になっていた。その広場の隅には白雲山のハイキング案内板が立っていた。白雲山とは聞き慣れない山だと思って案内板を見ると、どうやら剣蛇岳を指すようだった。まずは広場の一角に車を止めて登山を開始をすることにした。この日は午後にもう一山登りたい気持ちもあったので、案内板に書かれているコースのままに登って行くことにした。駐車地点には桜の木が何本かあったが、その一本が満開になっていた。桜のことも期待していたので、見頃の時期にうまく来られたようだった。空はまだまだ雲が多かったが、ときおりは陽射しが漏れてきた。法花寺集落内を通っているとき里の人に出会ったので山のことについて聞くと、どうやら地元では白雲山と呼んでいるようだった。その白雲山の名でハイキングコースの案内標識が点々と立っていた。集落の最後の家を見て林道に入ると、程なくキャンプ場が現れた。このとき再び小雨が降り出したので雨具を着ようとすると、すぐに止んでしまった。そして薄日が広がり出した。最後のひとしずくを落としたのかも知れなかった。周囲は植林の風景となり、その間を林道は車一台分の幅で続いた。水澄(みすまし)橋の名が付く小橋を渡ると、そこが林道終点だった。小さく開けており、駐車場になっていた。またトイレも置かれていた。そこまで車を進められていたことになるが、どうも水澄橋は老朽化しており、酒垂神社前に止めるのが無難ではと思われた。その先から山道となり、数分歩いた所にお堂が建っていた。おこもり堂で不動尊が祀られていた。その先の急斜面を見ると、滝(不動の滝)も流れていた。そのお堂の立つ位置に登山口の標識があり、山頂まで1300mと書かれていたが、先ほどの林道終点から登山道を歩いているつもりだったので、どうもピンと来なかった。不動尊堂までは谷筋の道だったが、その先は左手にトラバースするようになり、そしてジグザグに斜面を登り出した。小さな尾根に出てその先もまたトラバースするように歩いたが、登山道ははっきりしており、道のままに歩いて行くだけだった。登山道は良く整備されていると言えそうだった。但し雨上がりとあって、多少滑り易くなっている所があった。登山道には標識がこまめにあり、「大神谷」、「小垂神酒谷」、「水晶の丘」の名を見た。その登山道が県境尾根に近づいたとき、谷筋を真っ直ぐ続くようになった。その坂の名は「もみじ坂」とあり、周囲は自然林が広がって雰囲気が良くなってきた。ほぼ県境尾根が間近になったとき、一帯が緩やかに開けてた伸びやかさのある場所に出た。そこにも「こさず平展望広場」の名が付いていた。まだ春先とあってどの木々も裸木の姿だったが、その落ち葉が一面に広がっていた。その位置からハイキングコースは尾根を歩くコースと山腹を巻くコースの二手に分かれていた。そこは尾根コースをとることにした。尾根まで数分の距離で、尾根に出ると、そこが「こさず峠」だった。西に向かえば五郎岳、東に向かえば剣蛇岳と標識にあった。五郎岳とは西の緩やかな尾根にある330mピークを指すようだった。もうずっと落ち葉の道を歩いて行った。尾根に出たことで少し冷たさのある風を受けるようになったが、尾根は緩やかに続いており、ごくのんびりと歩いて行けた。そして峠に出てから十数分で山頂到着となった。何となく木々の多い狭い山頂をイメージしていたのだが、そこは想像とは全く逆で、広く平らに開けていた。そして西に向かって広々とした展望があった。山頂はいっそう冷たい風だったので思わず一枚着込んだが、その豊岡盆地が一望の展望には、寒さも忘れそうになるほどだった。ただ雨上がりの視界はまだまだモヤが強く、遠方は霞んでいた。視界の良い日は妙見山、蘇武岳、三川山の長いスカイラインをすっきりと望めそうで、ちょっとこの日の視界は残念だった。立つ位置を変えると北東には久美浜湾が意外な近さで見えていた。この山頂は植樹が始められており、コンクリートの土台が作られていたりと、まだまだ整備途上のように思われた。ベンチも置かれていたので、そこに腰掛けて、ゆったりとした気持ちで昼食とした。風の冷たさはあるものの、陽射しの暖かさが補ってくれたので、けっこう良い感じで過ごせた。山頂には50分ほどとどまっていたが、その間にも視界は良くなっており、うっすらとながらも蘇武岳が望めるようになってきた。下山は「こさず平展望広場」までは尾根を通らぬハイキング散策道で戻った。このコースも落葉樹が広がり、足下は落ち葉で覆われていた。山上に落ち葉の森が広がっているとは思わなかったので桜の季節を選んだが、この佇まいを見て、白雲山を次回に訪れるときは新緑か紅葉の季節にしたいと思った。こさず平からは五郎岳経由で歩くことも考えたが、山頂の展望と落ち葉の雰囲気で十分な思いとなっており、ごく気楽に往路を辿って戻ることにした。登りで易しかった道は下りはいっそうの易しさで、こさず平から20分ほどで水澄橋まで下りてしまった。後は林道の桜を愛でながら駐車地点へと戻って行った。
(2010/4記)(2021/10改訂) |