2009年4月の桜の季節に篠ヶ峰を岩屋山経由で登ったが、岩屋山へと登っているときに南の方向を見ると、三角形の姿をした端正な山が二つ並んでいるのが眺められた。岩屋山からは尾根続きとなるカザシと延命寺山だった。岩屋山と比べるとずっと低い山だったが、地図を見るとその等高線は詰まっており、その姿のままに登り甲斐がありそうに思えた。その印象の良さが次第に膨らんで、このカザシと延命寺山を登ってみようと訪れたのはおおよそ一ヶ月半後の5月中旬過ぎのことだった。登山コースとしては、岩屋山登山の延長のような感じで登ることにした。それは駐車地点も篠ヶ峰登山時と同じく五ヶ野集落の外れにある神社からとして、そこから岩屋山を目指して登って行くことにした。但し岩屋山までは登らず、その手前の620mピークからカザシのある尾根へ入って、下る形でカザシ、延命寺山の山頂に立とうというものだった。
この日の丹波の空は青空が広がっていたが、淡い色で雲の多い空だった。五ヶ野集落を通過して神社に着くと、境内の桜はすっかり青葉の姿になっていた。620mピークまでは前回と同じルートと考えており、特に地図を広げることも無く歩き出した。前方よりチェーンソーの音が大きく聞こえていたが、植林地に入ると間伐作業が行われていた。止まっている車を見ると丹波市森林組合とあった。それを横目に林道を進むと、程なく登山道が見えてきた。ただその辺りの様子が一変していた。新しい作業道が作られており、そのむき出しの地肌が荒々しかった。間伐作業の一環として作られたものと思われたが、そのため登山道が目立たなくなっていた。こちらは予定通り登山道を登って行く。始めに緑のトンネルがあり、次に倒木地、そして登山道が分かり難くなるのは前回通りで、その前回は急斜面にある岩場を無理やり登っていた。ただ今回はパートナーと一緒ということもあって、岩場ではその縁を巻いて登って行った。そして岩場の上に出て緩やかになった尾根を歩き出したとき、足下に小さな赤い花がいっぱい落ちているのが目に付くようになった。見上げると、その赤い花を付けた木があちらこちらに立っていた。その可憐な花は釣り鐘型をしており、どうやらベニドウダンかと思われた。その花に目を楽しませながら登って行く。少し尾根の傾斜が増してきたとき、東の木々が空いて展望が現れた。そこは小さな岩場になっておりその上に立つと高釣瓶が姿良く眺められた。尾根はまた緩やかになり、そして620mピークへと登りにかかったとき、ピンクのきれいな花が少し離れた位置に見えていた。それはアケボノツツジのようだった。その花の左手に二つの山が見えており、どちらもきれいな三角形をしていた。それがこれから目指すカザシと延命寺山だった。ただどちらもけっこう離れて見えていた。程なく着いた620mピークは、中心にアカマツの大木が立っていたが、既に枯れてしまっていた。その位置から北へと尾根を辿れば岩屋山へ、南西へと向かえばカザシに行くことになる。予定通りにカザシ方向へと折れた。緩やかな下り坂で、はっきりと尾根道が付いていた。雰囲気も良くのんびりと下っているとき小さなコブが現れて、それを越えるといきなりと言った感じで展望が現れた。それは西の方向で、笠形山から千ヶ峰、深谷山と、多可町の高峰群が一望だった。千ヶ峰の優美な姿は何度見ても良いものである。その先で前方にカザシがちらちら見えると思っていると露岩地があり、そこからはカザシだけでなくその背後の石金山までが一望だった。ただ空の様子は薄雲がすっかり広がって、青空は消えていた。それにしても尾根ではずっと爆音が聞こえていた。麹屋ダム湖の近くにあるセントラルサーキットからだと思えるが、山中にいる楽しさを少し削がれる思いだった。また尾根には害獣避けネットがずっと続いていたのだが、そこには点々と標識が取り付けられていた。その標識に書かれていたのは、尾根の東側は「マッタケ山につき入山厳禁」の文字だった。その季節にはハイキングは遠慮をしたほうが良さそうだった。昼休憩はカザシでと考えていたのだが、所々で展望が現れてその度に足を止めていたので、カザシの手前にある519mピークに着かぬうちに昼を回ってしまった。そこで519mピークに着いたときに昼休憩とした。気温は20℃を超えていたが、木陰は涼しさがあって休憩にはちょうど良い感じだった。その519mピークは雑木に囲まれて展望の無いピークだった。ただ少しは展望を得ようと言うかカザシを見たくなった。そこで昼食を済ませた後、辺りを少し探ってみることにした。西の方向へと緩やかな下り坂となっていたが、そちらに下ると木々は疎らになり、期待通りにカザシが眺められた。そこから見るカザシは三角形の形では無く、むしろ台形でどっしりとしていた。その右手に同じく台形で今少し大きいのが三組尾だった。そしてその右手にピークを二つ並べた優美な姿は、播磨富士の妙見山だった。この素晴らしい展望はこの519mピークに立ってこそと思えたのだが、519mピークを離れてカザシに向かい出すと、その展望をずっと眺めることになった。尾根はネットを境に東は雑木林、西は植林地になっていたのだが、西面の植林がまだ若木とあって、すっきりと展望を得られた。ただ若木の植林にありがちなイバラも多くあり、そのときは東面側を歩くことにした。その東面も灌木ヤブになるとまた西面側を歩いた。ネットは破れている所や地表に落ちてしまっている所もあったので、このような歩き方が出来たと言える。ただヤブ尾根であるとは言えたので、ゆっくりとしか登って行けなかった。カザシの山頂が目前になると後方にも展望が現れて、そちらには岩屋山、大井戸山と眺められたが、主峰の篠ヶ峰は岩屋山に隠れて見えていなかった。漸く着いたカザシの三角点は、雑木ヤブに囲まれて雑然としていた。アカマツの枯れ木もよく目に付いた。展望もほとんど無いため、小休憩で尾根歩きを続けることにした。カザシは東西に長い山頂だが、その部分では雑木のヤブが続いた。そこを過ぎて下り坂が始まると、尾根の小径ははっきりとし出した。その尾根に露岩が目に付くようになると、また展望が現れてきた。大きな露岩の上に立ったときに思わず足を止めることになった。何とも素晴らしい展望がそこに広がっていた。東から南、西へと遮るものの無い展望で、それまでで出会った以上の最高の展望台だった。ただその位置からはまだ延命寺山はまだ見えていなかった。そこより僅かに下った位置で漸く富士型の延命寺山が見えると、後はその姿を見ながら鞍部へと下って行った。カザシを離れてからは歩き易い道が続いていたが、その辺りから急坂となってきた。またネズの木が登山道に現れて、チクチク刺されるのがちょっと煩わしかった。カザシから鞍部までの標高差は180mほど、そして延命寺山へと80mほどを登り返した。空は薄曇りから曇り空に変わっており、辺りはちょっと薄暗くなっていた。それは常緑樹が多いためもあるようで、その中をこの日最後の登りにかかった。延命寺山はその姿のままに急傾斜の登りが続いたが、やはり小ぶりな山なので、10分も登れば山頂は目前だった。振り返るとカザシを前景に岩屋山までの風景が梢越しながら眺められた。ただその展望も山頂手前だけで、延命寺山の山頂はすっかり木々に囲まれていた。結局この日に立ったカザシも延命寺山も、ついでに言えば620mピークも展望の無い山頂だった。延命寺山からどう下るかは考えていなかったのだが、そのまま南へと尾根道が続いていたので、それを下って行くことにした。ヒノキの植林にアカマツが混じる樹林が急勾配に続いていた。下るにも滑らないように足下に注意が必要だったが、そこを登るときはけっこうきつい尾根ではと思われた。もう下ることだけに意識を集中して下って行った。麓が近づくと漸く勾配は緩やかになったが、それと共に尾根も小径もはっきりしなくなった。一帯はすっかり植林地で、その中を適当に下ると、最後に山裾を囲むフェンスに行き着いた。ちょうどゲートの部分があってそこを抜けると、その先に小さな社と池の風景が見えていた。それを目指して進むと、その池の手前で神社の歩道に下り立った。その歩道を南へと歩いた所が神社の境内だった。神社は牧山神社で、さほど広くない境内に見事な杉の大木が立っていた。幹回りは5メートルはありそうで、思わず見上げてしまった。朝の9時過ぎに歩き出してここまで6時間半。展望の良い尾根だったため何度となく足を止めたり休憩を取ったりしていたので、歩行時間は5時間ほどか。けっこう足はくたびれていたが、この小さな山を十分に楽しむことが出来て満足度は十分だった。ただそこは山本集落で、五ヶ野集落の駐車地点までまだ30分ほどの距離が残っていた。
(2009/6記)(2021/11改訂) |