南光町を南北に貫く県道72号線(若桜下三河線)を北から南へと走っていると、船越地区の門前集落を過ぎる頃に、正面に山頂のなだらかな山が見えてくる。それが大逧山だが、この山に注目したのは、2004年2月に南東方向4kmほど離れた神宮司山の尾根からだった。大逧山との間には谷山の尾根が南北に走り、その尾根越しに雪を纏った山頂部を覗かせていた姿が印象的だった。その大逧山に登ろうと向かったのは、2004年4月下旬のこと。この日は爽やかさのある快晴で、朝のうちは少し涼しすぎる感じだった。南光町の中三河から西へ、寺坂峠を越して佐用町平福へと通じる車道があり、その道から簡単にアプローチ出来るとみていた。その峠越えの道は舗装路で、中三河側からだと峠の手前となる辺りで、大逧山のふところへと入る林道を見た。その林道口に駐車して歩き始めた。林道は荒れており、急傾斜で谷沿いを北の方向へと延びていた。たださほどの距離も歩かず林道は終わったので、後は谷筋の小径を辿ることにした。その小径も消えかかると、後は右手の斜面に取り付いて、疎らな雑木林を登って尾根に出た。地図で位置を確認すると、山頂の西方向、間近にある鞍部の辺りだった。まだ80mほどの登りが残っていたが、そのやや急坂の斜面を適当に登ると、山頂の二等三角点(点名・上三河)の前に出た。そこは自然林の混じる植林が辺りを占め、薄暗く展望は全く無かった。少しは明るさのある所で休憩したいと思い、なだらかな山頂を東の方向へ歩いてみた。するとすぐに樹林はばらけて、明るい自然林が広がった。新緑の淡い緑が美しく、感じのよい場所になっていた。そこで昼休憩とした。その辺りの展望は良いとは言えなかったが、北側に樹林の空いた所があり、そこからは僅かに展望が得られた。北の方向には高峰が多く、後山に三室山、日名倉山、植松山が見えており、間近には船越山が眺められた。ただ空が少し白っぽくなっており、やや淡い色合いでの眺めだった。山頂では肌寒いほどの風を受けたが、食後に寝ころんでいると風は気にならず、少々まどろんでしまった。そして気が付いたときは2時間が経っていた。下山は南の方向へと延びる尾根を、尾根なりに下ることにした。木々の疎らな尾根で、今が盛りとフジの花が鮮やかだった。また中ほどで展望があり、南の烏帽子山や一帯の400m台の山並みが眺められた。尾根を適当に下ったが、傾斜がきつくなって植林地へと入った辺りで、林道のある沢の方向へと向きを変えて下って行った。
(2004/5記)(2023/7写真改訂) |