2009年の梅雨は異常に長く、7月は梅雨の明けぬまに終わってしまった。そして8月に入って最初の土、日もまた雨の予想だった。その予想通りに1日の土曜日は雨だったが、雨の上がった午後に軽く京見山散歩とした。そして夜は再び雨となった。強い降りが続き、翌2日の日曜日の朝方にようやく止んだ。その後は曇り空。その日曜日は午前の時間が取れず、午後に入って体が空くことになった。空を見ると雲が薄れようとしており、そこで近場の山で軽い登山を楽しむことにした。午後のみで気軽に登れる山はと考えて、思いついたのが長水山だった。南麓の伊水小学校からのコースなら午後の短い時間で無理なく山頂に立てそうだった。
午後の山崎町の空はまだまだ雲は多いものの青空も覗いており、雨上がりの視界はくっきりとしていた。伊水小学校の西隣りが登山口駐車場。そこに車を止めたが、他にも10台以上の車が止められていた。但しそこにあった貼り紙から、他の車は近くで行われている「どろんこバレー大会」のもののようだった。登山コースの入口には宍粟50山に選ばれたことによる新しい登山口標識が立っていた。この季節はとにかくヒルが多いので、足下にショートスパッツを付けて歩き出した。始めにアスレチック広場の横を通るが、アスレチックの設備は老朽化しているようで使用禁止になっていた。ごく小さな丘を越すと車道に出た。その車道を左手へと、山の方向に向かって進んで行く。ちょっと草の多い車道で、林道と呼べそうだった。小さな沢に沿って続くが、沢はこの数日の雨で急な流れになっていた。もう上空には青空が広く現れており、気温はどんどん上がっているようで、けっこうな蒸し暑さだった。車道の終点までは長くは歩かず、そこより登山道が丸太の階段で始まっていた。起点には丁石もあり、十三丁と彫られていた。ただ登山道の様子を見ると、あまり歩かれていないようで草深くなっていた。その登山道を登って行けば山頂に立てるのだが、それではちょっと平凡すぎるので、この日は登山道をピストンするのでは無く、登りは登山道と平行する尾根を登って、周回で歩く考えを持っていた。但し、尾根への道がヤブで無ければだったが、その左手の山肌を見ると特にヤブでも無さそうだったので、予定通りに尾根を目指すことにした。急斜面だったが、木に掴まりながら適当に登って行く。大きな岩を巻いて通り過ぎると、急斜面は終わったようで、小さな尾根を北へと登るようになった。一帯はシダが茂っていたが、ヒザ丈ほどだったので軽いヤブコギ程度だった。この程度で登って行けるかと思っていると、少しシダが大きくなって、やはりヤブコギ状態になったが、長くも続かずまたヒザまでのシダ帯に戻った。ただ木に掴まりながら登ることもあり、体力を使うことに変わり無かった。蒸し暑い中をヤブコギをしたことでもあり、登るうちに何となくバテの状態になってしまった。パートナーはと見ると、そちらは元気に登っていた。のろのろ状態で登って何とか尾根に出たときは、斜面に取り付いてから30分以上経っていた。その尾根はと見ると、そこにははっきりとした尾根道が付いており、一本の縄が尾根に沿って張られていた。どうやらこの尾根はマッタケ山のようだった。尾根は緩やかで、いたって歩き易く、これでこの先は一気に楽になると言いたいところだったが、体にバテの症状が出てしまったため、休み休みでしか登って行けなかった。どうやら体温も上昇しているようで、これは熱中症かと思えた。382mピークに着いたとき、とうとう体のだるさに負けて、横になることにした。良かったのはそこは木陰になっているだけでなく、涼しい風が通っていたことで、横になっているうちにずいぶん気分が楽になってきた。結局20分近くの休憩で、ほぼ元気を取り戻して歩けるようになった。その間に空はまた雲が増えてきたようで、陽射しが隠されるようになっていた。右手に生谷からの尾根が近くに見えるようになり、山頂が近くになっていることが分かった。ただその辺りより尾根道がなぜか消えてしまった。そうなると尾根の登り易いところを登って行くだけだった。傾斜も増してきた。岩場を巻くこともあったが、掴まる木があったので厳しくも無く登って行けた。そして登山道と出会わないままに尾根を最後まで登って、山頂そばの広場に出た。目の前には山頂への階段が見えている。この日は途中で熱中症のような症状が出てしまったため、2時間以上と思わぬ時間がかかってしまったが、この尾根コースは悪く無かったと思えた。次に登るのなら尾根端から登ってみるのも面白いのではとも思った。広場の位置から東に広がる山並みを眺めた後、山頂へと向かった。鉄階段を登ると、そこは新徳寺の前。その上り框の両脇には1本ずつ木が立っていたが、右手の木に白い花がいっぱい咲いていた。八重のクチナシのようで、ほんのりと甘い香りが漂っていた。もう一方の方もクチナシのようだったが、こちらは一輪だけが咲いていた。そしてなぜか一重のクチナシだった。その先の山頂に立つと、相変わらず玉垣は倒れたままで、石碑も倒れたまま。どうも04年の台風で倒れて依頼、まだ修理は手つかずのようだった。まずは三角点のそばに立って水剣山を眺めた。その堂々とした姿は、いつ見ても良いものである。ただ上空はすっかり曇り空になっており、水剣山は黒いかたまりとして見えていた。その展望を楽しむうちに小雨が降ってきた。どうもころころ変わる天気のようだった。とりあえず新徳寺の前に戻って雨宿りとしたが、16年前にもここでパートナーと同じく雨宿りをしていたことを思い出した。そのときは昼食としてラーメンを作りながら雨の降る様を眺めていたものだった。小雨は長くは続かず、10分ほどで小止みとなった。そこで予定通り登山コース(宇野コース)で下山開始した。登山道は始めに尾根の北側をトラバースしており、生谷へ続く尾根コースと分かれると、丸太の階段道が始まって、南へと下り坂になった。その階段を下る前に足下を眺めると、まだヒルは貼り付いていなかった。その階段道は下りとあって厳しさは無かったが、草ヤブになっている所があり、荒れてきている印象だった。ただずっとは続かなかった。やはり陽当たりの良い所がヤブになっているようだった。途中で足下を確認すると、もう靴にヒルが貼り付いていた。どうも草ヤブに潜んでいたようだった。丁寧に剥がしたが、パートナーの靴にも貼り付いていた。いちいち足下を見ている訳にもいかないので、後はかまわず下って行くしかなかった。ヤブ道になったり、普通の山道になったりの繰り返しだった。途中のうぐいすの滝でひと息入れたが、休憩はそこだけにして、ひたすら下って行くと、山頂を離れてから50分ほどで十三丁の丁石のある登山口に下り着いた。後は往路と同じく林道を歩いて駐車地点へと戻った。そして恐る恐る足下を見ると、そこは予想以上だった。靴と言わずスパッツと言わず、ズボンまでも大小のヒルが貼り付いていた。とにかく一匹一匹つまんでは潰したが、パートナーと合わせると、十数匹は付いていたのには呆れてしまった。夏どきの山崎の山は恐ろしいと改めて思わされた。
(2009/8記)(2015/10改訂) |