TAJIHM の 兵庫の山めぐり <西播磨編 
 
長水山    ちょうずいさん 584.0m 宍粟市
 
1/2.5万地図 : 山崎
 
【2025年10月】 No.13 2025-190(TAJI&HM)
 
    イオン山崎店の屋上より  2025 / 10

 長水山の下町コースは1998年に登っていたが、コースの記憶はほぼ消えていた。そこで改めて下町コースを登ろうと向かったのは、2025年10月下旬のこと。天気予報では宍粟市は晴れとなっていたのだが、天気の回復は遅れているようで、古池に着いたときは曇り空だった。ごく細かい雨粒を受けることもあった。古池のそばに車を止めたまでは良かったが、池そばの東屋から始まるコース以外にも、階段状で尾根上を延びる遊歩道を見た。地図を見ると尾根コースとの合流点まで破線が描かれていた。その遊歩道でも易しく登って行けるように思えて、引き返して下町コースに向かうことはせず、遊歩道を登って行くことにした。真っ直ぐ北東へと階段を登って行くと配水池の建物が現れて、階段はそこまでだった。単なる配水池への連絡道だったようで、その先への道は無かった。配水池を囲むフェンスを伝って無理やり配水池の背後に回り込んだものの、その先にも小径は無かった。単に灌木のヤブ尾根を見るだけだった。それでも木々の空いた所を探りながら進めそうだった。引き返さずヤブ尾根を登って行くことにした。ときにシダヤブが現れると、回り込んだりシダヤブをかき分けたりと、とにかく進んだ。斜面がきつくなることがあったが、さほど厳しさは無かった。まずは無難に支尾根を登りきって尾根コースに合流した。後ははっきりした尾根道を歩いて山頂を目指すのみ。尾根コースはほぼ緩やかな道で、始めは左手が植林地になっていたが、進むほどに周囲は自然林となり、雰囲気は悪くなかった。左手から宇野コースが合流すると、「大手道コース」の名が付いていた。その先で尾根筋を離れて巻き道に入り、五十波コースに合流した。五十波コースには「搦手道コース」の名が付いていた。その合流点には「ぽつんと一軒家」が建っているのだが、無住となって久しくなったためにすっかり老朽化していた。屋根は崩れて廃屋状態だった。そこより一登りして山頂台地に着いた。そこからは最高点である三角点ピークへと向かった。鉄階段を登って信徳寺の前に出ると、屋根瓦が散乱していた。お寺の屋根も崩れ始めていた。信徳寺の裏手が三角点ピークで、石段を登って玉垣に囲まれたピークに着くと、そこは小ぎれいにされており、玉垣を繋ぐステンレスパイプは新しくなったのか光っていた。その最高点から信徳寺を見ると、北側の屋根瓦も広範囲で落ちているのが分かった。修復には相当の費用が必要ではと思われた。その最高点で三等三角点(点名・蔦沢2)を確認したり水剣山を眺めたりと暫く休んだ後、南の広場に移動した。雲の多い空だったが、陽射しを受けることも多くあり、そのときは程良い暖かさを楽しめた。その南の広場で昼休憩を済ませると、下山は往路の尾根コースを引き返した。午前に歩いた下町からの合流点まで戻り、更に南東へと尾根を辿ると、下町コースの分岐点が現れた。標識も立っており、「健脚コース」とされていた。その下町コースに入ると、すぐに現れたのが展望地で、南向かいの尾根が眺められた。その尾根で目立っていたのは戸倉山だった。その後も道なりに下ったのだが、登山道は荒れ気味になってきた。それと東の方向へとトラバース気味に下っていることが分かった。すぐにGPSを取り出して現在地を確認すると、地図に描かれた破線コースとは大きく違っていた。一瞬道誤りをしたかと思ったが、枝道が分岐していた所は無く、あくまでも登山道を辿っているはずだった。そこでそのまま下って行くことにした。荒れ気味の登山道だったが、途中では案内板も現れて、やがり登山コースを正しく歩いているようだった。そこで下町コースは地図の破線コースとは全く関係無いと判断した。その下町コースが下るほどにどんどん荒れてきた。石がごろごろしているだけでなく、道が崩れていたりコースのはっきりしない所もあった。谷筋を下るようになると、何度も倒木を超すことになった。これまでの災害が放置されていたようで、ほぼ廃道になってしまったようだった。何とかコースを辿って行くと、漸く歩き易くなってコンクリート製の廟所のそばに出た。そこには水場があり、二体の石仏を見た。その廟所の位置から僅かな距離で古池が見えてきた。最後はゲートを通って東屋のそばに着いた。結局往路ののヤブ尾根の方が歩き易かったようで、下町コースは過去のコースになってしまったようだった。
(2025/11記)
<登山日> 2025年10月28日 10:06古池そばの駐車地点スタート/1:13下町配水池/10:57尾根コースに合流/11:40〜12:42山頂/13:31尾根コースを離れる/13:34〜37展望地/14:22廟所/14:28エンド。
(天気) 晴れ。雲は多かった。山頂の気温は15℃。風は少なく、陽射しが快かった。視界は澄んでいた。
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(←)
古池に近づくと、
「やまさきみんな
の森」の標識を見


 (→)
  古池に着いて、近
  くに駐車とした
池のそばに「やまさきみんなの森案内図」を見た  池の片隅に東屋を見た そのそばにゲートを見た そこから始まる道が下町コースだったが 池のそばから遊歩道が始まっていた その遊歩道を歩くことにした
ゲートを通った ゲートの先も長々と階段が続いた 階段は下町配水池までだった その先に道は無かった
フェンスを回り込んで、配水池の背後に向かった 背後に回ってきたが、ただのヤブだった 戻ることは考えず、ヤブ尾根を登って行くことにした
地図では破線が描かれているだけに、スムーズに歩けることもあった 概ね軽いヤブコギで登って行けた 陽射しを受けることもあった シダが茂ることがあったが、厳しさは無かった
主尾根が近づいて、急斜面を登るようになった 主尾根に着いて、尾根コースに合流した 始めは緩い下り坂だった ゆったりとした道だった 
丸太の階段になっている所もあった 尾根道が細くなることがあった 尾根道が広くなることもあった
前方に山頂を見る 左手から宇野コースが合流した 宇野コースは「大手道」だった
尾根筋から離れて歩くようになった 五十波コースに合流した 五十波コースは「搦手道」の名が付いていた 合流点のそばに建つ信徳寺の庫裡は、老朽化が進んでいた

山頂手前の広場ま
で僅かな距離だっ


山頂の手前の広場
に着いた
山頂方向に向かった 長水城本丸跡地の標石を見る 信徳寺の前に出た 境内に宍粟50名山の標柱を見た
信徳寺の屋根は老朽化で、一部が壊れて落ちていた 信徳寺の背後が山頂だった 信徳寺のそばでイチョウが色付いていた

イチョウの下は、所狭しと銀杏が落
ちていた

石段を登って山頂
に上がると、そこ
は整然としていた
最高点に上がって三等三角点(点名・蔦沢2)を見た 最高点から信徳寺の方向を眺めた 信徳寺の北側の屋根は、広い範囲で瓦が落ちていた

以前と同じく山頂
からは北の方向の
展望が良かった

黒尾山の辺りを少
し大きく見る
木々の隙間から後山を見た 信徳寺に近い位置からは、宮山がすっきりと眺められた
山頂を離れて中間広場に向かった 中間広場から西の方向を眺めた

(←)
上の写真に写る平
谷深山を大きく見


 (→)
  同じく那岐山を大
  きく見る

南広場に向かっ


雲が広がってお
り、薄暗い南広
場に着いた

南広場から東の方
向を眺めた

北東から南東の範
囲を眺めた

南東から南にかけ
てを眺めた
南西から西にかけてを眺めた 戸倉山の左手後方の山は八塔寺山のように思われた
上の写真に写る高丸山の尾根を大きく見る 北西方向に見る尾根は700m台のピークが並んでいた
南東方向に見える高取山を少し大きく見る 南の方向に新龍アルプスの山並みを見る
暁晴山を大きく見る 明神山を大きく見る 山崎市街も望まれた
下山を始めた 庫裏への道を戻る 庫裏を見ると、瓦屋根が崩れようとしていた 尾根コースに向かった
尾根コースを戻る 尾根にも案内図があった 易しい尾根道を戻って行く 往路の合流点を過ぎて、今少し南東へと歩いた
この標識を見て、下町コースに入った 下町コースはやや急坂で始まった すぐに展望地が現れた

南西向かいの尾根
が眺められた

左の写真に写る戸
倉山を大きく見る
下町コースは地図の破線路とは違っていた 主尾根と平行して北西へと歩いた 下町コースは荒れが目立った 小橋が現れると、すっかり老朽化していた 南に向かうようになると、少し歩き易くなった 樹林の説明板を見る
植林地の中を下るようになった 丸太の階段が現れると、すっかり崩れていた 沢筋に下りてきた
沢筋を歩くが、倒木だらけだった 倒木地を過ぎて小橋を渡った 「キケン」の標識を見る 古池が近づいて、白い建物が現れた
建物の正面に出た 建物はコンクリートで作られた廟所と思われた 廟所のそばに水場があり、二体の二体の石仏を見た 廟所の位置から僅かな距離で古池に着いた そこが下町コースの登山口で、ゲートを抜けることになった

ゲートを抜けて、
古池を眺めた

午後の古池の色
はきれいだった