TAJIHM の 兵庫の山めぐり <丹波 
 
岩谷山    いわやさん 589.0m 丹波篠山市
 
1/2.5万地図 : 宮田
 
【2025年12月】 2025-226(TAJI&HM)
 
   丹波篠山市藤岡奥より  2025 / 12

 岩谷山のどっしりとした山容に惹かれて、一度は登ろうと向かったのは2025年12月、正月休みに入って大晦日まで三日となった28日の日曜日だった。二日前に但馬は雪となっていたので、丹波篠山市もそれなりに降ったのではと多少心配したのだが、丹波篠山市に入って眺めた三嶽は白くなかった。これなら岩谷山は雪の心配をしなくても良さそうに思えた。ナビを東窟寺にセットして車を走らせると、藤岡奥集落に入ったとき、岩谷山が見上げるようにして眺められた。その姿は快晴の下で黒々としていた。東窟寺に着くと広い駐車場があり、その一角に駐車とした。岩屋観音まで道があるようなので、北へと岩屋観音の方向に歩き出した。始めは舗装路歩きだった。本堂の前に「岩谷の観音さん」の説明板があり、岩屋観音までは境内から600mの距離だった。やや急坂の舗装路は無名のお堂までで、その先はいきなり山道となった。右手に小径が分岐すると、そちらに鉄の橋を見た。その先は春日神社のようだったが、寄り道は考えず直進した。不動の滝の前を通ったが、名前に不似合い小さな人工の滝だった。その先で害獣避けゲートが現れて通過すると、丸太の階段道を登った。遊歩道と呼べそうだったが、けっこう老朽化していた。距離標識が現れると岩屋観音まで400mだった。周囲は植林地で、薄暗さがある中を進んだ。岩屋観音まで200mの位置を過ぎると、手水場が現れた。その辺りまで来ると道の荒れが目立った。にらみ岩の名が付く大岩の前を過ぎると、岩屋観音が見えてきた。最後は石段を登って岩屋観音に到着した。そこは展望地のはずだったが、木々の生長でその展望は消えていた。また建物の老朽化が進んでおり、休み堂のような建物は、一部が壊れていた。その岩屋観音のどこから斜面に取り付くかと考えていたが、観音堂のそばに標識が立っていた。岩谷山の名は無かったが、三嶽まで5時間とあった。ただその標識の近くに登山道は見えなかった。仕方なく観音堂のそばで一番斜面が緩い位置に取り付いた。すぐに次の標識が現れたので、ルートは間違っていないようだった。但し登山道ははっきりしていなかった。その後も急斜面の登り易い所を探るようにして登ったが、赤テープが見えると軌道修正した。ときおり標識を見たが、そこに登山道は無かった。登るうちに雪を見るようになった。ただ雪はごくうっすらで、単に残っているだけだった。何とか尾根に着くと、そこから山頂まではごく緩やかな尾根だった。東へと尾根歩きを始めると、標識と出会った。その標識の位置が登山コースだったので、尾根に着く少し前よりコースを外していたようだった。山頂へと向かうと、雪ですっかり白くなっている所も現れたが、それもうっすらとだったので歩く妨げにはならなかった。そして標識の位置より僅かな距離で岩谷山の山頂に着いた。そこは三等三角点(点名・藤岡奥村)があるだけで、周囲はすっかり雑木に囲まれていた。山頂に着くまでも展望は無かったので、どうも岩谷山はヤブ山と呼んでも良さそうだった。どこか木々の切れ目はないかと辺りを探ったが、南東方向にちらりと大野山、北に堂ヶ峰を見る程度だった。山頂で30分ほど過ごすと、ヤブの山頂を離れて岩屋観音へと引き返した。今度は忠実に標識が立つルートを下った。真っ直ぐ南南東へと下るのだが、獣道と言えそうな小径も見なかった。道の無い急斜面を下るとあって、ひたすら足下に注意を払いながらで、尾根を離れてから20分で観音堂のそばに戻ってきた。いつしか上空に雲が増えていたが、晴れには変わりなし。後はハイキングコースとなり、東窟寺の駐車場へと戻って行った。
(2026/1記)
<登山日> 2025年12月28日 10:23東窟寺駐車場スタート/10:29ゲート/10:45〜53岩屋観音/11:13尾根に出る/11:22〜49山頂/11:52尾根を離れる/12:12〜15岩屋観音/12:32ゲート/12:37駐車場エンド。
(天気) 晴れ。澄んだ空だった。登るほどに雲が増えてきて、山頂に着いたときは空の半分まで雲が広がっていた。山頂の気温は8℃。風はほとんど無し。視界は良かった。
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東窟寺に着いて、駐車場から山頂方向を眺めた 車道歩きでスタートした 岩谷観音の標石を見た
「岩谷の観音さん」の案内板を見た 東窟寺の本堂を左手に見た 車道はこの建物までだった 名前が付いていなかった
後で調べると、令和3年に新たに作られた新観音堂だった 山道に入ると、右手に枝道が分かれた その先は春日神社だった 登山道は参道の趣があった
「不動の滝」の前を通った どこが滝なのかすぐには分からなかった 一番上に樋から流れる水を見た それを滝と呼んでいるようだった 害獣避けゲートを通った
丸太の階段を登って行く 「観音堂まで400m」の標識を見た 「阿弥陀堂跡のそばを通った」
周囲は植林地だった 徐々に道が荒れてきた 山頂まで200mだった 手水舎が現れた
山頂まで100mとなり、木々の隙間から観音堂を見るようになった 「睨み岩」のそばを通った 観音堂は石垣の上に立っており、見上げるようにして眺めた
観音堂の前に出た 今となっては旧観音堂だった 観音堂の扉が開いていた 張り紙があり、「新観音堂でお世話になります」と書かれていた 境内にはもう一つお堂があり、そちらは朽ちかけていた その手前が以前は展望地だったのだが

木々が育って視界
を塞いでいた

木々の隙間から見
えたのは三国ヶ岳
だった

三国ヶ岳の左手に
見えていたのは三
国ヶ嶽だった
観音堂の手前に標識を見た 三嶽まで5時間の標識だったが、その先にはっきりとした小径は無かった 観音堂を回り込んで、斜面の緩やかな位置に取り付くことにした
赤テープを見て、それを辿った 次の標識が現れて、正しくコースを歩いていることが分かった 登山道はほぼ消えていたので、目印テープを追うようにして登った
急坂登りが続いた 途中までは標識を見ることがあったが 登り易い所を選ぶうちに、標識を見ることは無くなった
尾根に着くと、うっすら雪が残っていた 山頂方向に歩くと、すぐに標識が現れた そこに着くのが正規コースだった 標識を見ると、三嶽まで4時間半だった 反対方向の矢代集落は、別の登山口だった

ごく緩やかな尾根
だった 山頂が近
づいて雪が増えて
きた

尾根に出て10分
とかからず山頂に
着いた
三角点は雪で分かり難かった 三等三角点(点名・藤岡奥村)だった 山頂の標識を見ると、山名は五台山だった
すっかり木々に囲まれた山頂で、展望は無かった 北の方向、木々の隙間から見えたのは堂ヶ峰だった 南の方向に見えたのは三国ヶ嶽だった

山頂を探ると、南
東に大野山を見る
ことがあった

大野山を大きく見

下山は往路を戻った 標識の立つ位置で尾根を離れて岩谷観音に向かった 慎重に標識が立つルートを下った
急斜面を下るため、登り以上に慎重に下った 無事、岩谷観音に近づいた 観音堂を上から眺めた
往路で取り付いた位置に、戻ってきた 岩谷観音を離れて石段を下った 手水舎が見えてきた
害獣避けゲートを抜けると、新観音堂が見えてきた 新観音堂まで戻れば、後は舗装路歩きだった 下山を終えて山頂を眺めた 午前と変わらず快晴だった