播丹界の名峰、篠ヶ峰は大きな山だけに幾つもの尾根が派生しているが、特に南から南東に広がる尾根は旧山南町側から雄大に眺められて、登ってみたい気持ちをそそられるものである。その尾根の中で一番東寄り、国道175号線に近い尾根は、高釣瓶、古天神山、大谷と名の付く山が並ぶ魅力的な尾根で、その尾根を坂尻集落側から周回ルートで楽しもうと向かったのは、2009年の梅雨の晴れ間だった。
薄ぼやけた形の無い雲が空を覆う中、小野尻トンネルを抜けて丹波市へと入った。そして富田交差点を左に曲がって坂尻集落を目指したところ、またトンネルに入った。トンネルの名は牧山トンネルでその先に現れたのは応地集落だった。トンネルは持っていた「丹波和田」の地図には載っておらず、地図の発行された平成14年以後に作られたようだった。引き返して再び牧山トンネルを抜けると、今度は慎重に坂尻集落に入った。そして北へと車を進めて集落を抜けると、車道の両側はマツの苗木畑やキク畑の風景が広がるようになった。その車道が林道に変わる手前で適当な空き地を見たので、そこに車を止めて歩き出すことにした。外に出ると、空気に生暖かさがあった。気温はと見ると、25℃と少し高めのようだった。空は薄曇りのような薄晴れのような曖昧な空だったが、雨の心配は無さそうだった。車道を歩き出すと程なくゲートがあり、その先は林道(坂尻奥林道)となって、周囲は植林風景に変わった。その植林地に入った途端にすっと涼しくなってきた。温度計はすぐに20℃近くまで下がってきた。坂尻川沿いを林道は続いたが、川は沢の風景となり、澄んだ水と小さな滝が作る風景はちょっとした渓谷美だった。川の流れを始めは左手に見ていたのだが、右手に見るようになったと思うと、また左手に見た。林道はその沢沿いをひたすら緩やかに続いており、所々でコンクリート舗装されていた。その歩き易い林道は堰堤のそばで終わって、その先はかなりの荒れ道で傾斜も増してきた。四駆ならなんとか通れそうだったが、それも次の堰堤までだった。後は山道だった。植林地の中を北東方向に目印があったが、あまりはっきりしない道だった。ただかつては整備されていたのか、丸太の階段部分もあった。登るほどにいっそう不確かになり目印も見えなくなったので、ひょっとしたらコースを外れたのかもしれなかったが
、それなら適当に登って行こうとそのまま北東方向への登りを続けた。周囲の木々は植林から雑木へと変わってきた。そのまま尾根までかと思っていると、突然のように山道に出会った。その山道は北の方向に向かっており、安心して歩いていると、いっかな上り坂にならなかった。ただ山襞なりに続いており、単に北に向かうだけだった。
これではらちが明かぬと、その小径を離れることを考え出したとき、あっけなく山道は終わった。そうなると必然的に斜面を適当に登るしかなかった。ただその辺りの木々は適度にばらけており、下草も無いので登るのは易しかった。木に掴まりながら登るうちに自然と小さな尾根を登るようになり、方向は北北東へと向かって行った。そして傾斜も緩んできた。山道歩きでけっこう高い位置まで来ていたので、主尾根に出るまでには20分とかからなかった。その篠ヶ峰から続く主尾根にははっきりと尾根道が付いており、後はそれを辿れば高釣瓶、古天神山へと向かえるはずだった。緩い下り坂になっており、灌木がちょっと煩わしい所もあったが、無難な尾根道だった。ただ現在地がはっきりしないため、少し下った位置で手頃な木に登ってみた。すると北西に篠ヶ峰が見えており、北東のごく近い位置にやや平坦な尾根が見えていた。その尾根は点名・新郷がある尾根と思われたので、ほぼ現在地がつかめた。今少し下ると木々を通して高釣瓶のどっしりとした姿が見えてきた。尾根には涼しい風があり、気温も20℃と登山には良い感じだった。雑木の尾根はアカマツが多いようで、松葉が積もっている所も見られた。鞍部に着いて、そこより登り返すこと10分で高釣瓶の山頂に着いた。雑木の山頂は展望こそ無かったが、ちょうど昼どきになっていたので、ここで昼食とした。展望については山頂から西の谷へと巡視路が付いていたので、食後にそれを少し下ってみた。次第に南の方向が開けて石金山が見えてきたが、尾根歩きでも展望が期待出来るだろうと、下るのはそこまでとして引き返した。尾根歩きを再開すると、10分も歩かぬうちに大きな鉄塔が現れた。そしてそこは期待通りに好展望地だった。東から南へと開けており、加古川流域が一望だった。その加古川を挟んで石戸山の尾根が大きく横たわっている。その空は薄曇りから薄晴れへと変わり出しており、視界もうっすらとしているものの朝方よりは良くなっているようだった。梅雨どきの空としてはまずまずの見え方ではと思えた。これから向かう古天神山は今立つ位置よりも60mほど低いとあって、足下に小さくこんもりと見えており、そこへ向かって尾根歩きを続けた。尾根道はときおり不確かになることがあったが、尾根の方向が分かっているので尾根を辿るのは難しく無かった。その先でまた鉄塔(No.45)に出会い、そこでも一休みとした。目前に古天神山が見上げる形で見えていた。その鉄塔を離れて緩やかな尾根歩きの後に古天神山の登りが始まった。ちょっとシダの茂る所があり、そこを避けるように登って古天神山のピークに出た。三角点の無いピークだったが、山名の付くピークだけあって特徴ある山頂だった。一種の岩尾根でちょっと危なっかしい所もあったが、岩の上に立つと見事な展望が広がった。そこからは先ほどの鉄塔よりも一段と広く石戸山の尾根が眺められた。西には篠ヶ峰までもすっきり見えていた。その展望岩が点々とあり、次の岩も東の展望が良く、その次の岩は南に向かって思いっきり開けていた。どうやらこの尾根のハイライトはこの古天神山ではと思えるメリハリのあるピークだった。それぞれの岩で立ち止まっては展望を楽しんだので、この古天神山だけで30分ほどの休憩になってしまった。その先はあまり下って行かず、小さなピークを幾つか越えて行くが、相変わらず自然な雰囲気なのが良かった。まずまずの歩き易さで、大谷の手前で少し傾斜がきつくなった。ただ小さなピークなので40メートルも登れば、もう山頂だった。四等三角点が最高点よりも少し低い位置に置かれていた。周囲は雑木があってあまり展望は良いとは言えず、これはさほど印象の無いピークかと思えた。そこでほんの一息入れただけで下りにかかると、予期せぬ岩場が現れた。そこが古天神山にも負けない好展望の岩場で、また休憩をとることになった。視界は更に良くなったようで、南の石金山がくっきりと眺められるまでになっていた。本当にこの日は何度も足を止めており、もう15時が近くなっていた。もう後はひたすら麓に向かうだけだった。大谷を後にすると、少し痩せ尾根気味になったが、足下に注意しながら下って行くと、その先で尾根はシダに覆われ出した。ひざ丈ほどだったが、小径が隠れ気味になってきた。その小径をしっかり辿って行った。そして方向には十分注意をはらった。尾根が緩やかになり、そろそろ応地坂ではと思い出した頃に共同アンテナが現れて、そこを過ぎた所が応地坂だった。そこは地蔵さんも祀られて、いかにも古き良き峠と言った雰囲気が漂っていた。また涼しげな風が峠を吹き抜けており、汗を鎮めてくれたのは有り難かった。その峠からは幅広の道が坂尻集落側へも応地集落側へも下りていた。その峠道と呼べそうな古びた道をジグザグに歩いて坂尻集落へと下って行った。もう気楽な気分でゆったりと下ると、その峠道の入口には害獣除けゲートが付いていた。その辺りの雰囲気も良かった。いかにも緑陰と言った言葉が似合いそうな落ち着いた風景で、この日の長い尾根歩きを労ってくれるようだった。これで疲れも癒された思いになったのだが、その後に駐車地点までの長い車道歩きが待っていた。昼下がりの陽射しの中をまた歩くので、再び汗をかくことになって、これは気分的に少々きついことだった。気温も上がって25℃を十分に越えていた。坂尻集落を抜けると後は坂尻奥林道へと一本道で、とぼとぼと歩いていると、右手にこの日歩いた尾根が見えていた。その尾根の中ほどに大きな岩が目立っており、それがどうやら古天神山の天神岩と思えた。その天神岩を眺めながらこの日の尾根歩きを反芻して、駐車地点へと近づいた。
(2009/7記)(2021/10改訂) |