夏は滝を間近に見て涼味を味わうのも悪くないと考えたとき、真っ先に思い浮かぶのは亀ヶ壺の滝だった。「寺前」の地図にぽつんと記されたその名を見て初めて訪れたのは1994年4月のことだった。夢前町側から入り河原川沿いの林道を終点へ。そこより川沿いの登山道を歩き始めたものの道は途中で終わっており、後は沢沿いを適当に歩くことになった。その河原川は水の美しさと自然さが印象的で、静かなハイキングとして楽しめた。そして1時間ほどで着いた亀ケ壺は低山の滝と思えぬ大きさがあり、また形良くまとまって一度に魅せられてしまった。
2008年7月は快晴続きで猛暑の日が続いたため、この亀ヶ壺で久々に涼をとろうと考えた。簡単に行くのなら河原川遡行コースだろうが、ちょっとメリハリのある登山もしたいと考え、前回01年と同じく市川町側から大中山経由で訪れることにした。向かったのは7月の最終土曜日で、この日も快晴だった。市川町鶴居から十三回り峠へと続く林道に入ると、鶴居配水池を過ぎた辺りから道が悪くなってきた。まだ朝の早い時間でもあり、じっくり林道を歩くのも悪くないと考えて、配水池のそばに車を止めてそこから歩くことにした。いざ歩き始めると悪路と言えそうな所は長く続かず、ヘアピンカーブの位置まで来ると少し荒れた程度の道に落ち着いていた。ただ林道は一般車通行禁止とされており、歩くのが正解かもしれない。林道は緩やかな登り坂で続き、進むほどに更に良い道になってきた。林道は木陰が少なく、陽射しを強く受ける所では大いに汗をかくことになった。気温も上がって30℃を越えてきた。その暑い林道も山腹を登るようになると木陰が多くなり、また風も少し出て凌ぎやすくなった。林道からときおり笠形山が眺められたりもした。おおよそ70分で十三回り峠に着いた。そこから亀ヶ壺へと下る道が始まっていたが、まずは大中山へ向かって尾根道に入った。細々とした小径ながら尾根道は続いていた。終始雑木に囲まれており、気温は少し下がって28℃ほどで、また涼しい風があって無理のない尾根ハイキングだった。中間点の635mピークで一息入れる。その近くからは樹間を通して雪彦の尾根が眺められた。そのまま順調に大中山かと思っていると、その直前になって尾根は倒木地になっていた。そこは一帯の木立が倒れているため陽射しをまともに受けることになった。その強い陽射しと何度も木を越えることで一気にバテてきた。大中山のピークに着くと、思わず倒れ込んで暫し横になって息を整えた。そこは木陰になっており、風の涼しさもあってそのまま昼寝をすることにした。30分ほど寝ていると少しは人心地もついて漸く昼とする。その山頂のそばでも倒木があり、そこからは少し展望があって、雪彦の尾根や北には白岩山が望まれた。空はうっすらとしており、どの方向も淡い視界だった。12時半を回ったところで腰を上げる。次に目指すは亀ヶ壺である。尾根を今少し南へ下り、鞍部から地図の破線路を辿る予定だった。その鞍部までは順調だったが、そこから谷側を見るとそちらも倒木地が広がっていた。出来るだけ沢に近づかないように、また倒木を股がないようにコースをとるが、何度か沢に下りて倒木を越すことになった。これでせっかく少し疲れのとれた体がまたバテてきた。それに持っていた水も切れてしまった。その倒木地も河原川が近くなると漸く終わり、沢そばの小径を辿れるようになった。また沢にも水の流れが現れて、水分補給が出来てほっとする。道なりに下って行くと朽ちた小屋があり、そこを過ぎて河原川沿いを歩くようになった。もう登山の雰囲気は終わって渓流ハイキングである。ただこのハイキングはいつもの事ながら少々ワイルドだった。渓流の中を飛び石伝いに歩いたり、急流を避けて岸に登ったり、誰が付けたのかツルのロープで岩を越す所もあった。この少し荒っぽさのある自然さがこのコースの特徴なのだが、亀ヶ壺まで息の抜けないハイキングだった。廃屋の位置から20分ほど歩いて亀ヶ壺に着く。雨の少ない日が続いていたが、滝の水量は意外とあり、低山の滝としては見事と言うしかない。何度来ても出会いがうれしくなる滝だった。その滝の手前に手頃な大きさの水たまりがあったが、それを見ると毎度の事ながら水浴びをしたくなった。着ているものを総て脱いで暫しの水浴とした。水に冷たさは無く、ほてった体にちょうど良い感じだった。その後も水際で一休みをしたが、のんびりと休んでばかりもいられなかった。水のある所には虫が多いが、この亀ヶ壺には赤っぽいアブが多くおり、それが服の上から刺してくるのである。雨具でも着たいが暑さにそうはいかず、何度も追い払いながら休憩することになった。14時半を回って亀ヶ壺を離れることにした。これでこの日の目的は終わったので帰路に付くだけだが、そのコースとしては滝の上に出て、そこから十三回り峠まで河原川沿いの道を歩く考えだった。前回と同じである。この滝の上に出るのがまた一苦労だった。滝の左岸側を適当に登って行くのだが、滑り易い上に落石を起こし易く、パートナーとは左右離れて登って行く。また急斜面の所も多くあって高巻きに登ることになり、けっこう手こずった。滝の上に出たときは疲れがぶり返しており、また暫しの休憩をすることになった。ただその先は滝の下流とは違ってごく易しいコースだった。道は緩やかで美しい沢を見ながらのハイキングだった。その沢沿いの小径は十三回り峠に近づくまで続いた。最後は植林の中をつづらに登って行く。そうなるとごく普通の山道で、ただ足を進めるのみ。緩い坂なので一気に登って十三回り峠に出た。そこからは朝に歩いた林道をひたすら下るだけだった。午後の林道は木陰が多く、また下る一方で楽なのだが、それでも30℃を越える気温の中を1時間ほど歩くのはそれなりの厳しさだった。漸く駐車地点に戻り着いたときは17時を過ぎていた。そして思ったことは、毎度のことながら亀ヶ壺に会いに行くのはなかなか大変だと言うことで、またこれぐらいの苦労があるから亀ヶ壺の魅力があるのかもしれないとも思った。
(2008/8記)(2013/3改訂)(2020/9改訂2) |