2004年6月2日に大河内町の高峰に登ったとき、その頂稜部にある展望地よりこの699mピーク(点名・渕)の尾根を目にすることが出来た。高星山の東隣にあって、小ぶりな姿で南北に尾根を延ばしていた。ただその周囲は標高800m以上の山ばかりなので、この尾根は目立つものでは無かった。目を引いたのは山頂に建つ巨大な送電塔で、一帯は広く開けていた。そこに立てば、いかにも展望が良さそうに思えた。そこで考えたのは、このような山こそ周囲の大きな山を眺める絶好の展望台ではないかと言うことだった。そこで三日後の土曜日に、早速向かうことにした。アプローチは大河内町の北東端となる渕集落からとした。渕集落は名の通り市川と栃原川が合流する渕にあり、その集落を抜けて北へと向かう道を進んだ。踏切を2度渡ると道は北向きから南向きへと大きく方向を変えたが、南から再び北へと方向を変える湾曲点に近い位置に駐車スペースを見たので、そこに駐車した。そのそばから始まって北へと延びる尾根のピークが699mピークだった。そこでその南尾根を登って行くことにした。適当に山裾に取り付いて登り始めると、すぐに山裾を巡る用水路と出会った。それを越して尾根筋に出ると、後は急尾根を一気に登るのみだった。雑木の尾根を木に掴まりながらひたすら登って行く。終始木立が視界を塞いでいたが、中腹辺りより露岩が見られるようになると、少しは木々が空いてきた。後ろを振り返ると八幡山がその隙間より覗いていた。おおよそ300mの標高差を登りきると小さなピークがあり、そこを越して漸く尾根は緩くなった。そして標高で630m辺りを越すと、もう頂稜部と言ってよく、ほば平坦な尾根となって北西方向の頂上へと向かった。その頃には周囲はすっかり植林地になっており、薄暗い中での登りだった。休まず三角点ピークを目指して行く。もう植林も終わってもよいだろうと思えだした頃、少し上り坂があってその先が山頂だった。そこですっぱりと植林地は終わり、一帯は広く伐採地が広がっていた。そして近くに巨大な送電塔が建っていた。やはり思っていた通りの好展望地だった。達磨ヶ峰からフトウガ峰、そして段ヶ峰へと続くスカイラインがくっきりと見えており、西には平石山の尾根が間近に迫っていた。この日の空は澄んだ青空で、この風景が鮮やかさを持って眺められた。そこまでの暗い尾根から解放されてあまりの明るさに、少々とまどい気味にこの風景を眺めていた。ただ休憩する場所としては一帯は伐採の跡地だけに、カヤトやタケニグサ、またイバラも繁っており、遠目ほど優美な所では無かった。この後は尾根を更に北へと辿る予定をしていたのだが、この展望で満足してしまった。北に向かうよりもこの好天をもっと楽しみたく、いま目の前に見えている達磨ヶ峰を登ることを思い付いた。達磨ヶ峰なら登山口から僅かな時間で山頂に立て、展望も一級品である。そこで午後は達磨ヶ峰で過ごそうと、このピークを切り上げて下山に向かうことにした。下山は送電塔の巡視路を辿って行った。巡視路は南西方向に尾根なりにはっきり付いていた。標高で50mほど下ると、次の送電塔の前に出たが、その手前に程良い木陰があり、そこで手早く昼食を済ませた。そばには共同アンテナが立っており、その位置からは東の展望が良く、山頂で見られなかった高畑山から入炭山の尾根が眺められた。この2番目の送電塔を過ぎると巡視路はやや急傾斜の西向きの尾根に続き、辺りは密度の濃い雑木林となった。新緑の輝きが美しい尾根だったが、足元に落ち葉が深く積もっており、滑らないように頭上よりも足元に注意が必要だった。とにかく巡視路通りに下って行くと、3番目の送電塔に着いた。もう麓が近くなっていた。その送電塔の位置からは西の展望が良かった。足元に生野学園が見えており、その背後の高星山に続く尾根が鋭い姿だった。その後も巡視路は急坂で麓へと続き、最後は栃原川の河畔に下り着くことになった。ところがそこに橋は無かった。どうやら流されてそのままになっているようだった。辺りの川幅は20mほどあり、そこで飛び石伝いで渡れる所を探したが、どうしても一部に急流があった。結局は橋の流された辺りが水流も弱く、あまり深くないようだった。仕方なく登山靴を脱いで渡渉することにしたが、この渡渉がけっこうやっかいだった。川底の石がぬるぬるしており、転ばないように慎重にも慎重に渡った。ただ水に冷たさはなく、疲れた足に快かった。渡り終わって車道に出ると、後は渕集落まで車道歩きだった。おおよそ20分ほどかかって駐車地点に戻ってきた。
(2004/6記)(2013/1改訂)(2022/3写真改訂) |