2016年4月に入ってすぐのこと。ネットで国土地理員の地図を眺めていると、後山の南に全く知らない山名が載っていた。総検行山とあり、どの山のことかと調べると、兵庫岡山県境にある824mピーク(点名・杉ノ奥)のことだった。何らかの理由により、地図に山名が表記されたようだった。今少し情報を得ようとガイドブックの「佐用ハイキング」を見ると、そちらに総検行山の名は無かったが、県境尾根はハイキングコースになっており、総検行コースと名付けられていた。またビューラインの名前もあり、展望コースになっているようだった。県境尾根は20年ほど前に歩いていたが、おぼろげな記憶では展望が悪かったはずで、どのように変わったのかとそのことの方に興味が湧き、登ってみたくなった。そこで翌日の2日に早速向かった次第だった。
ナビが示すままに車を走らせると、中国自動車道から鳥取道へと入り、大原ICで降りることになった。そして国道373号線を古町交差点で右折して国道429号線に入ると、兵庫県境へと向かった。奥海乢に着いたときは9時半で、駐車地点は近くになった路肩が広くなった所とした。県境尾根の入口が登山口になっており、愛の村ビューラインの標識が立っていた。その標識には総検行コースの名もあった。そこから始まる山道は、ごく易しい道だった。この日は快晴で、空気が爽やかとあって気持ちの良いハイキングだった。但し周囲の木々は裸木のままだったので、雰囲気としては冬のハイキングのものだった。周囲の木々はけっこう伐られていたので、ゆったりと歩けた。ミツマタの木が目に付いたが、ちょうど満開だった。青空の下で見る黄色い花が鮮やかだった。歩くうちに後山の尾根を樹林を通して眺められるようになった。この尾根道には「ビューライン」の標識をよく見たのだが、その名の通りに登るうちに展望が良くなり、後方に日名倉山が眺められた。そして素晴らしい展望地が現れたのは819mピークの先で、そこにはパノラマ図が立っており、北に向かって遮るものの無い展望が広がっていた。雄大なのは後山から駒ノ尾山へと続く尾根で、立つ位置を変えると北西には那岐山も望まれた。そして足下には後山集落の美しい佇まいが広がっていた。この風景を見せるがためにビューラインとして登山道が整備されたものと思われた。そのビューポイントの先が総検行山の山頂で、数分歩くだけで到着となった。ただそこは四等三角点があるだけで、特に展望が良いとは言えなかった。すぐに総検行山を後にして、郷鴫山に向かった。それまでは「ビューライン」の標識があったのだが、ただピンク色の目印テープを見るだけとなった。またコースは少し荒れ気味となり、行く手を何度か倒木が塞いでいた。それも進むうちに優しい雑木林の風景となり、良い感じで歩けた。尾根を歩くようになると東に展望が現れて、後山から日名倉山までがすっきりと眺められた。やはりビューラインと呼んでも良さそうだった。郷鴫山へと尾根を辿って行くが、郷鴫山の少し手前で789mピークを持つ尾根が派生しており、寄り道として789mピークに立ち寄ることにした。ススキが増えてきて、ススキをかき分けるようにして歩くようになった。ススキは伐採後に生えてきたもので、高い木が無いとあってこの尾根も展望が良かった。789mピークもススキが繁茂していた。そこに立ち寄ったのは郷鴫山を間近で見たいためだったが、南の方向は少し木々が邪魔をしていた。それでも倒木があって何とか郷鴫山を望むことが出来た。尾根に戻って郷鴫山を目指す。程なく鋭いピークへの登りが始まったが、それは郷鴫山の手前にある790mピークで、そちらの方が数メートルほど高いようだった。そのピークが近づいたとき、ピークのそばを巻くように通過すると、郷鴫山が間近となった。鞍部へと下り、そして最後の登りにかかる。それにしてもそこまでの尾根道は倒木も多くあってけっこうマイナーな雰囲気だった。それも悪くないと思いながら郷鴫山の山頂に着いた。そこも好展望地で、北に向かって気持ちの良い展望が広がっていた。その風景を見ながら昼食としたが、尾根歩きの間に雲が増えており、青空はほとんど見られなくなっていた。さて下山だったが、その先に登山道は無かった。そのためガイドブックでは往路を引き返すことになっていたが、東に県道が走っているので、そちらに向かって適当に下ることにした。近くで送電線が東西に走っており、その送電経路で歩くことにした。始めは雑木ヤブを歩いたが、少し下るとスムーズに進めるようになった。程なく送電塔(山崎智頭線48番)に着くと、そこはけっこう展望が良く、南に広がる佐用の山並みが一望出来た。そこから巡視路があることを期待したが、見当たらなかったため、あくまでも送電線の下を歩いて行くことにした。その先は落ち葉で地表が隠された急斜面だった。谷筋に近づくと、そこはミツマタの花で埋められており、辺り一面が黄色くなっていた。またタムシバの真っ白な花もよく目にした。その後は谷筋を下って行くが、一度途切れたミツマタの群落がまた現れ、先ほど以上の壮観さだった。その先で送電経路は谷筋を離れたので、山襞なりに歩いて行くと、次の送電塔(山崎智頭線47番)が現れた。そこまで来ると県道は近く、県道沿いの奥土居集落が南に見えていた。そこからはネット沿いに下ることになり、一度植林地に入った後、県道に下り着いた。後は県道556号線を北へと歩いて奥海乢に向かうのだが、距離がある上に標高差は200mほどあったので、ちょっと気合いを入れて歩くことになった。その県道沿いの山の斜面がこれまたミツマタの花で見事に飾られていた。場所によっては斜面全体が黄色くなっており、ミツマタ街道と呼んでもよさそうで、何度も足を止めて見入ったものだった。そのミツマタも途中からは見られなくなり、ただひたすら上り坂を歩くのみ。漸くの思いで奥海乢に戻ってきたときは、県道を50分ほど歩いていた。
(2016/4記)(2020/7改訂)(2024/5写真改訂) |