夢前町の資料では、雪彦山とは洞ヶ岳、鉾立山、三辻山の三山の総称とのことだが、三角点雪彦山もあることでもあり、この言い方ではこの一帯の山並みの総称とも言えそうである。ただ雪彦山に登ると言えば、岩峰の並ぶ洞ヶ岳(この洞ヶ岳も、大天井岳、不行岳、地蔵岳、三峰と四つの岩峰の総称とか)の中でも、最も標高のある大天井岳に登ることを指しているように思われるのだが。その大天井岳を登るルートで最もポピュラーなのは、南麓側の坂根登山口より登り始め、出雲岩経由で山頂へ。そして下山は地蔵岳のそばを通って虹ヶ滝へと下り、登山口へと戻って来るルートだろう。この代表的なルートには何度となく登っていたのだが、近年はどうも足が遠のいてしまった。理由の第一はオーバーユースのためだった。この大天井岳は色々な本で取り上げられており、休日ともなると以前にも増して多くの登山者で賑わうようになって来て、その中でマイペースで登ることはなかなか出来なくなってきた。またその大勢の人による騒々しさも足の遠のく理由の一つだった。ただ大天井岳に対しては、岩にしがみついて登ったり、クサリを伝ったりと一所懸命に登るのが相応しい山としての面白さがあり、暫く間を置くと、登りたい気持ちが湧いてくる。2005年10月に入って、またその気持ちが起きてきたが、休日の喧噪を考えるとどうしようかと二の足を踏んでいた。その10月も中旬となった16日は、朝から快晴で澄んだ空が広がっていた。朝からどこかの山に行きたいところだが、午前は用事があって出かけられなかった。そして午後から漸く体が空き、そこで午後のみで短時間にすかっと登れる山はと考えて、この大天井岳を思いついた。午後からなら登山道は空いているだろうし、快晴の下で楽しく登れるのではと考えたものである。坂根の登山口に着いた時は13時を回っていた。その登山口の駐車場を見ると、やはり多くの人が登っているようで、八割方埋まっていた。こちらはその駐車場に止めるつもりは無く、登山口そばから始まる林道に入って、更に車を進めた。そして賀野神社のそばに駐車とした。この賀野神社そばに止めるようになったのは、登山口の駐車料金が300円から500円に換わって依頼で、その500円が鄙な山にしては理不尽に高いとどうしても感じてしまい、一度として止めていない。ただ賀野神社スタートも悪くない。神社そばから見る大天井岳は岩峰鋭く、いつ見ても良いものである。ただ舗装路を2kmほど下って登山口に着くことになり、その間で足をくたびれさせないようにのんびりと歩く必要がある。30分ほどかけてその通り歩き、登山口に着いたときは14時ちょうどだった。そしてそのままゆっくりと登山道を登り出した。いつものペースでまずは展望岩まで休まず登るが、標識が増えてコースが分かり易くなっていた。ただ登山道そばに倒木を何度か見た。前後に人影は無く、全く静かな登りだった。展望岩から出雲岩までもきつい坂が続くが、そこで漸く人に出会った。コースを反時計回りで歩いているのだろう。出雲岩の大きな岩棚に着いた頃、漸く足に疲れを覚えたが、涼しさに助けられて小休止のみで先へと進んだ。出雲岩を過ぎてからが大天井岳登山道の面白い所である。岩肌の尾根を岩にしっかりと手をかけながら登って行く。それにしても今回も思ったことは、やはり大天井岳は森として楽しむ山では無く、あくもでも登ることを楽しむ山だということだった。登山口より登山道の周囲は木立が取り囲んでいるのだが、植林が多く、あまり緑の美しさは感じられない。岩肌登りとなって周囲の木立が空いて明るくなって来た。そして山頂が近くなると岩のテラスも現れて、そこからは南に展望が広がった。そして馬ノ背を越すと、もう山頂は間近だった。その馬ノ背の岩だが、以前はまさにその馬ノ背を越さないと先に進めなかったのだが、今は岩の根元を巻く道が出来ており、楽に通り過ぎることが出来る。そこより少し登った所が山頂だった。山頂には人影は無く、明るい陽に照らされた祠と大きな山名標識があるだけでひっそりとしていた。明るい陽射しと静かな山頂、そしてくっきりとした視界。大天井岳の山頂は悪くない。ここでも久々に来て少しずつ変化していることがあった。全体に木立が切られて展望が良くなっていることで、特に北側の展望が良くなっていた。また南も一段低い所まで立てるようになっていた。この展望の良くなった山頂で、暫しのひとときを過ごした。この大天井岳の山頂だが、以前は標高886mと記されていたが、今回来てみるとその標高の標識は消えていた。どう見ても西に見えるウリュウド(点名・馬ノ頭、標高867m)の方がずっと高く見えるので、明らかに886mは間違っていたのだが、漸くその標高を止めることにしたのだろう。この日はこの山頂に立つことが目的だったので、鉾立山へ向かうことなど考えず、虹ヶ滝へと賀野神社への最短コースで下ることにした。山頂を離れて下り出すと、その方向も標識が整備されて、何も考えずに下って行けた。どうも地図の要らない山になったようである。また幾分木立が空いて展望が良くなったように思えたが、これは倒木が多いためのようで、前年の台風被害のようである。そのまま虹ヶ滝へと下ろうとしていたのだが、途中で地蔵岳に立ち寄ることにした。この地蔵岳はクライミングの対象なのだが、登山道からはさほど難しくも無く山頂に立てる。その山頂に着いてみると、ちょうど女性を含めて数人のクライマーが登り着いたところだった。そこでも好展望を楽しみながら一休みして、後は虹ヶ滝へと下って行った。その下山路も倒木が目立ち、全体に荒れて落ち着きが少なくなっている印象を受けた。山というものは、長い目で見れば少しずつ変化していることを、この日の大天井岳で知らされたが、まずはねらい通りに、静かな大天井岳を楽しむことが出来た。
(2005/12記)(2007/11改訂)(2020/8改訂2) |