豊岡市の出石町に向かうには播但道から走ってきた場合は、円山川の左岸道路(県道104号線)で向かうのが一般的だが、それとは別に山越えの県道10号線がある。道幅が狭く、またヘアピンカーブが続くので、運転は多少しづらいものの静かな道で悪くない。その山越え道が下りとなって奥山集落のそばを通るとき、「床尾陽光の森」の標識があって、それが気になっていた。そこからなら西床尾山へ、そして東床尾山へと登って行けるのではと思えてだった。ただ気になりながらもいつかは登ろうとぐらいに考えていたため、何年と経ってしまった。2009年に入ったとき、「直見」の地図を眺めていて「床尾陽光の森」のコースを想像していたのだが、それとは別に奥山集落から東床尾山まで破線路の続いているのを見て、これは二つのコースをつないで周回で歩くのも面白いのではと思えた。そうなると登りたい気持ちが一気に固まってきた。向かったのは2009年7月の梅雨の合間だった。
この日は梅雨空ながらも雨の心配は無さそうで、形のない雲が広がる空だった。朝をゆっくりしていたため、奥山集落の北外れにある「床尾陽光の森」に着いたときは10時半になっていた。車は遊歩道のそばに見えた、あずま屋風の建物「黎明の家」の前に駐車する。気温は山あいながらも既に27℃まで上がっており、辺りは蒸れた空気が漂っていた。遊歩道入口の案内図には床尾山までは書かれておらず、立町金山跡までが「床尾陽光の森」の範囲のようだった。その金山跡があることを初めて知ったが、さほど登山コースから離れていないようなら訪ねてみようかの気持ちで遊歩道を歩き出した。遊歩道は沢沿いを東へと緩やかに続いていた。道幅は十分にあって遊歩道とは言えるものの、どうもあまり歩かれていないようで、ちょっと草がはびころうとしていた。それを気にせず、案内標識に従って歩いて行く。始めは植林地だったが、自然と雑木林に変わってくると、トチノキが目に付くようになった。20分ほど歩いたとき、床尾山の登山口に着いた。登山コースはそこから
南へと尾根を登って行くのだが、立町金山跡はその位置からそう遠くないようなので、先にそちらに立ち寄ってみることにした。更に沢沿いコースを進んで行くと、あまり登らないままに沢を詰めて、左手に金山跡が見えてきた。その金山跡だが、どうも土砂や倒木で入口付近は荒れており、覗いてみる気持ちが起きなかった。その辺りの草深い風景を眺めただけで引き返した。そして登山口に戻って、気持ちを登山モードに切り替えた。尾根を登り出すと、尾根の傾斜は適度で、自然林の中をゆったりと登って行けた。先ほどの遊歩道が無理に造られた印象だったのに比べ、こちらはごく自然な感じだった。尾根筋は空いており、良い雰囲気だった。涼しい風も吹いていた。コースは分かり易かったが、赤テープの目印が点々と付いていた。のんびりと歩いているうちに傾斜のきつくなることはあったが、その先はまた緩やかになったりと、厳しくなることはなかった。そのうちに左手前方に木立を通して西床尾山が見えるようになったが、まだ距離はありそうだった。その上空は薄雲が広がっており、登り出したときの薄晴れの空から少し悪くなっているようだった。ただずっと風があって、涼しい中を登って行けるのは悪く無かった。辺りが植林地となったとき、右手から主尾根が近づいて、程なく合流した。尾根の方向は東となり、また自然林に戻った。尾根はいっそう緩やかにいっそう木立が空いてきて、その歩き易さに登山コースとしては兵庫の中でもけっこう良いコースに入るのではと思えた。その風情を楽しみながら登っていると、ときおりナツツバキが真っ白な花を付けているのを眺められて、何度か足を止めた。また一度、イノシシと鉢合わせもした。その良い感じで登るうちに尾根の方向は北へと変わって、西床尾山が間近になって来た。ほぼ山頂ではと思えたときにアンテナの立っている所が現れ、それを横目に今少し登ったところが西床尾山の山頂だった。そこには三角点が無いため、山名標識で山頂と分かるのみだが、平らに開けた佇まいは落ち着きがあり、山頂としては悪く無い雰囲気だった。そこにアカトンボがたくさん飛び回っていた。昼どきでもあり、ここで昼食とする。周囲をヒノキやアカマツなどの高木に囲まれた山頂だったが、北東方向は開けており、そこにどっしりと東床尾山が眺められた。それを眺めての食事だった。その間、ずっと涼しい風が吹いており、その快さと静けさに眠気が催してきて、食後は暫し昼寝も楽しんだ。十分に体が休まったところで、東床尾山へと尾根歩きを再開する。その先の尾根道も変わらず良い雰囲気で、優しげな道がなだらかに続いており、何とも楽しいハイキングだった。緩やかに下って緩やかに登ると、やがて右手の南の方向から別の登山道が合流した。それが東床尾山登山のメインコースと言える糸井コースで、東床尾山山頂までは500メートルの距離だった。その先で山頂が見えて来ると、程なく作業小屋の前に出た。もう山頂は目前だった。その山頂へと最後の登りにかかると、どうも以前と登山道と雰囲気が違っていた。展望の良いのはもちろん承知しているが、真っ直ぐに伸びる尾根道の両脇を黄色い花がいっぱい咲き乱れているのだった。花は町でよく見かけるキンシバイのようで、山ではあまり見ないものだったが、華やかなのは悪く無かった。そのキンシバイが山頂に着いてもぐるりと周囲に咲いているのは壮観だった。360度の大展望とそれに彩りを添えるキンシバイ。中央には一等三角点が埋まっている。山頂としてはなかなか優れものの東床尾山だった。もう14時を過ぎており他に人影は無く、この贅沢な空間をパートナーと二人っきりで満喫した。少し残念なのは空が曇り空になっており、視界がやや濁り気味になっていたことだが、ここでも涼しい風を味わうことが出来て、天気については不満に思うことはなかった。こうして久々の床尾山を十分に満足して、15時が近い時間になって下山を始めた。下山は予定通り奥山集落まで続く地図の破線路を歩くことにする。始めに作業小屋まで戻り、そこより北へと向かう尾根道を下って行くが、なぜか奥山集落への標識は見なかった。始めにシダの茂るところがあり、次にアセビが目立ち出したが、尾根道ははっきりとしており、目印テープも続いていた。標識が無いので、地図を頭にイメージしながら尾根道なりに下っていると、期待通りに自然と西へ向かう尾根を歩くようになった。地図を見ると暫く下りが続いた後に緩い登りとなるはずだったが、その下るうちに標識が現れて、左手の谷へ下ることになった。どうも地図の破線路と違っているようだったが、案内標識のままに谷へ向かって行くと、短い時間で沢そばに下り着いた。どうみても後は沢そばをひたすら辿っていくようだった。ただ歩き出すと、尾根歩きのときとは違って、コースは荒れていた。倒木があったり、道が判然としなくなって沢の中を歩いたり、ときには高巻きしたりと、けっこうワイルドだった。分かりにくい所は右岸を歩いたり左岸を歩いたりと適当に歩き易い方を歩く。とにかくこれも自然というものだと、その荒々しさを楽しむ気持ちで歩いた。ただ荒れ道歩きはけっこう長く続いて、40分以上はその状態で歩いた後、ようやく歩き易くなったときに丸木橋を渡った。そしてその先で林道が始まっていた。その林道歩きも疲れた体にはけっこう長く感じられ、30分ほどは歩いて奥山集落に着いた。その奥山集落から駐車地点までは、登り坂で15分の距離だった。下山の沢コースは予想外に厳しい道となり、更に蒸し暑さも加わってけっこうくたびれてしまった。すっかり汗みずくになって駐車地点に戻って来たが、終わってみればやはり楽しかったと、この日の床尾山登山には十分に満足の思いになることが出来た。
(2009/8記)(2011/3改訂)(2020/6改訂2) |