TAJIHM の 兵庫の山めぐり <西播磨編 
 
波佐利山 (ハサリ山) 1191.7m 宍粟市
若桜町(鳥取県)
 はさりやま
 
1/2.5万地図 : 岩屋堂
 
【2005年11月】 No.3 2005-74(TAJI&HM)
 
    「くらます」の山頂より  2002 / 5

 紅葉の声が聞こえて来ると播州の静かな山に浸りたくなる。全国には見事な紅葉を誇る山は多数あるが、静かさも味わえてとなると、奥播州宍粟の山も悪くないと思っている。2005年11月に入って、久々に土曜日が快晴となった。この好天気を見て、宍粟市の最奥、波賀町へ一途に行きたくなった。そこで思いついたのが、久々に波佐利山を訪れることだった。前回は山頂に立つことを目指して赤西林道からアプローチしたのだが、紅葉を愛でての尾根歩きも楽しもうと地図を開いて興味を持ったのが、波佐利山から東へと延びる尾根だった。尾根は緩やかで、尾根端は音水林道そばまで来ており、そこより山頂までの距離も適度と思えた。そうと決めると、すぐに実行に移した。
 姫路を離れて国道29号線を北へと向かって行く。ただどうも視界がすっきりとしていなかった。近くはまずまずだが、遠方がよどんだような見え方だった。どうもニュースで伝えられていた黄砂による影響のように思われた。その空も宍粟市の北部まで来ると、まずまずすっきりとした視界に変わってきた。音水湖の手前で国道を離れて音水集落へと入る。そして集落を抜けて音水林道を進んで行った。まだ朝日の射さない林道は薄暗かったが、奥へと進むほどに朝日が山肌を明るく照らし出した。紅葉は見頃を迎えていたが、暖かい秋の影響か、例年よりくすんだ色合いだった。それでも遠くから見る分にはまずまず楽しめた。林道歩きでまずは足を慣らそうと、東尾根の端を通る支林道よりも一つ手前にある支林道の入口近くに車を止めた。そこは栃谷橋を渡った所で、広い空き地になっていた。音水林道に戻って奥へと歩き始めた。朝の林道は気温10℃と少し冷え込んでいたが、陽射しが当たっており、清々しい気分で歩いて行けた。林道はほぼ平坦で、さほど時間はかからず波佐利山東尾根の端が近づいて来た。最後の支林道に入るとすぐに向谷橋が現れたが、それを渡った位置で尾根端に取り付いた。遠くからは木立の少ない草地に見えていたのだが、急斜面の尾根端をいざ登り出すと、そこは伐採後の荒れ地で草ヤブだった。そこにイバラも混じっている。また掴まれそうな木も少ないため、見た目とは違ってけっこう登りづらい所だった。ただ高い木が無いため、振り返れば音水林道を囲む尾根の紅葉を眺められた。50mほど登ると尾根は緩やかになって来た。またか細いながらも尾根道も現れて、ぐんと歩き易くなった。気温も15℃まで上がっており、登るのには良い感じだった。ときおり足を止めては、青空の下に広がる奥宍粟の山並みを眺めた。標高が1000mに近づくともう尾根は緩やかそのもので、やがて樹林帯へと入った。展望は無くなったが、鬱蒼とした木立には杉の巨木が現れることがあり、深い山ならでの味わいだった。尾根には次第にクマザサが現れてきた。時にはネマガリダケに変わることもあったが、さほど密生しておらず、少し煩わしい程度で進んで行けた。展望は相変わらず無かったが、山頂が近づいた頃に北の木立が空くことがあり、そこに氷ノ山が覗いていた。そして登り始めてから1時間と45分で山頂到着となった。三角点周りは前回と変わらず植林が主体の木立で、展望は無かった。少しクマザサが少なくなったようには思われた。その山頂には、兵庫の鄙びた山には珍しく先着の登山者がいた。林道終点から最短距離で登ってきたとのこと。30分ほどでの到着だったそうである。この波佐利山山頂での展望は、近くの木に登って間近に三室山を眺めただけだった。昼になっていなかったので、この後は北へと鳥取兵庫の県境尾根を少し歩いてみることにした。その尾根歩きが良かった。下生えは少なくて歩き易い上に、ブナの混じる雑木林が美しかった。その良い雰囲気で歩けただけでなく、ときおり展望も開けた。主に東の方向だったが、阿舎利山から藤無山へと続く尾根を遠く眺められた。また赤谷山へと続くこの先の尾根も、木立の間から見えていた。鳥取側も木立が疎らになったとき、その間から東山の姿が眺められた。歩くうちにまた東に展望が現れたので、そこで三久安山を眺めながら昼休みとした。厳しい尾根ならすぐに引き返すつもりだったのだが、そこまでの歩き易さに昼食後は県境尾根を更に歩いてみることにした。多少クマザサが煩わしい程度で歩けて、その気楽さなら赤谷山まで行けるのではとの考えが思い浮かんだとき、1166mピークに着いた。そこより尾根は東方向へと折れるのだが、俄然厳しくなった。やや急坂の下りとなったのだが、そこがびっしりとネマガリダケに覆われていた。3メートルほどに伸びたネマガリダケを、押しのけかき分けないと進めない。漸く県境尾根の厳しさに出会ったことになる。そのネマガリダケ帯がどこまで続くのかと思っていると、尾根が緩くなり出した頃、ネマガリダケ帯を抜け出した。ただそれで楽にはならず、その先は胸丈ほどのクマザサ帯がずっと続いた。クマザサに木立の混じる風景は優しげだったが、道と言えばうっすらとケモノ道がある程度で、すぐに見失いがちになった。ただときおりササが膝丈ほどになることがあって、そのときは一息つくことが出来た。このヤブコギ状態に飽きかけた頃、位置で言えば波佐利山と赤谷山との中間地点と言える1087mピークを越した辺りだったが、南面の樹林が途切れてそこに腰丈までの笹原だけが広がっていた。おかげで南向かいの尾根まで遮るものの無い展望がそこにあった。尾根筋はと言えば、相変わらクマザサと雑木が混じる風景で続いている。時計を見ると14時が迫っており、下山を考える時間になっていた。そこで尾根歩きはその位置で中止して、笹原の中を適当に下って沢筋に下りることにした。沢に下り着けば、もう林道は近いはずである。一息入れて笹原の中を歩き出す。この笹原からの展望は本当に素晴らしかった。目立った山は見えないものの、南向かいの尾根にある1161mピークがすっきりと見えていた。ともかくササをかき分けながら下り出した。その笹原が見た目は易しそうだったのだが、背丈ほどの所もありけっこう歩きにくかった。そして沢に近づくほどに急斜面となり、最後はずり落ちるようにして沢に下り着いた。後は沢に沿って下って行くと、程なく小径が現れ、その小径を歩いて林道終点へ合流した。その林道を歩いて音水林道へと戻って行った。もう陽は山影に入ろうとしており、その最後の光が辺りの紅葉を照らしている様は、この日の苦労をねぎらってくれるかのように、心休まる美しさだった。やがて本谷橋を渡り、そして向谷橋が近づくと、そこはこの日の始めに登り出した、波佐利山東尾根の取り付き点のそばだった。適当な登山をして苦労はしたが、結果としては周回で波佐利山を登ったことになっていた。
(2005/11記)(2009/6改訂)(2019/6写真改訂)
<登山日> 2005年11月5日 9:05栃谷橋スタート/9:22向谷橋/11:07〜45波佐利山/(尾根の途中で昼食)/13:00[1166m]ピーク/14:00[1087m]ピークを過ぎて尾根を離れる/14:43林道終点/15:05本谷橋/15:25エンド。
(天気) 朝より快晴、9時の音水渓谷の気温は10℃、少しひんやりとするだけで、風は無く爽やかな朝だった。気温はその後上がってきて、昼どきの尾根上では16℃となっていた。それも陽射しの中では体感20℃以上に感じられ、程よい暖かさだった。視界はまずまず良かったが、遠方は若干かすんでいた。午後に入っても雲は無く、快晴が続いた。
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駐車地点そばの紅
葉を見る

東尾根に取り付い
て登って行く

尾根は伐採の跡地
で草ヤブになって
いたが周囲の尾根
が眺められた

空は快晴だった

登る東尾根の先を
見る

県境尾根が遠くに
見えていた

パートナーが草ヤ
ブの中を登ってく


東尾根は登るほど
に県境尾根が広が
ってきた

後に見えていたの
は三久安山だった

樹林帯が近づてき

三久安山の左手に藤無山が見えてきた ササが尾根を覆っていた ササのヤブコギが続いた
山頂が近づいたとき、北の方角に氷ノ山を見た 波佐利山の三角点は相変わらず雑木林に囲まれていた 三等三角点(点名・波左利)を見る
山頂の展望は悪かったが、近くの木に登って三室山を眺める 波佐利山を離れて県境尾根を歩いて行くと、東に展望の開けることがあった

(←)
尾根の先を見よう
と木に登ると、赤
谷山が望まれた

 (→)
  左の写真に写る赤
  谷山を大きく見る

山頂を離れて県
境尾根を北へと
歩いた のんび
りと歩ける所も
あった

三久安山のよく
見える位置で昼
食とした
南の方向に小さなピークを見た 尾根の先に赤谷山が見えるようになった クマザサのヤブコギが続くようになった

(←)
県境尾根を赤谷山
との中間点まで歩
くと、南の斜面は
笹原だった

 (→)
 その笹原に入ると
 南に展望が広がっ
 た
 
木漏れ日が紅葉のカエデを照らしていた 支林道に入って駐車地点へと戻って行った 駐車地点が近づいたとき、周囲の尾根を眺めた