無雪期の氷ノ山を考えたとき、一番のんびりと言うかゆったりと歩けそうなのは、宍粟市からの坂ノ谷コースではと思える。その登山口の標高はすでに千メートルを越えており、地形図を見るとひたすら緩やな尾根が山頂へと続いている。高原を散策する気分で歩けて、秋の爽やかな空気の下では最適なハイキングコースと言えそうだった。2008年は9月に入ってもなかなか涼しくならなかったのだが、秋分の日の予想は、晴れると共に爽やかな秋風が吹くというものだった。その秋風を満喫しようと考えたとき、自然と氷ノ山の坂ノ谷コースが思い浮かんできた。この坂ノ谷コースは氷ノ山の登山コースでは一番よく歩いているのだが、1996年の12月を最後に歩いていなかった。その登山も雪山だたので、無雪期となるとちょっと思い出せないほどご無沙汰していた。そこでこのコースを歩こうと決めると、すぐにでも歩きたくなった。
姫路の自宅を離れたのは7時過ぎ。予定では6時過ぎに出るつもりだったのだが、ちょっと寝過ごしてしまった。ひたすら国道29号線を北上する。播州南部は雲が多かったが、宍粟市の北部へと近づくと、澄んだ青空が広がってきた。新戸倉トンネルに近づいて氷ノ山林道に入った。ヤマメ茶屋のそばを過ぎるとダート道になり、荒れ道となってきた。その様子は何年来変わっていないようだった。車の車高が低いため、ゆっくりとしか進めなかった。そのため坂ノ谷林道分岐点にある駐車スペースの位置まで30分以上かかってしまった。この好天なので少しは車が止まってるとみていたのだが、他に一台も車を見なかった。車の外に出ると、爽やかな空気に包まれた。さらっとした空気感は秋ならではの心地良さだった。坂ノ谷林道を5分と歩かず登山口に着く。そこより植林地の中を登山道は始まっていた。始めは少しくねくねと道は続いたが、植林が自然林へと変わると登山道は緩やかになり、落ち着いた雰囲気となってきた。木漏れ日が登山道を優しく照らしていた。もう森を逍遙する気分になり、ゆっくりと歩を進めた。自然林の中をときおり見事なブナが混じっており、何度か足を止めて見上げていた。気温は17℃ほど。風がひたすら爽やかだった。この雰囲気の良さを味わいたくて何度も訪れていたことを思い出した。登るほどに木々は疎らとなり、ネマガリダケが増えてきた。その風景が以前と比べてちょっと穏やかに感じた。よく見るとネマガリダケが刈られて道幅が広げられたようだった。まるで遊歩道を歩くように気楽な気分だった。殿下コースとの合流点まで来ると、すっかり周囲はネマガリダケの風景だった。そして青い空が広がっている。この坂ノ谷コースならではの開放感を味わいながら歩いていると、道の傾斜が少し増してきた。それと共に背後に奥播州の山並みが広がってきた。藤無山の姿が良かった。その坂を登りきって三ノ丸避難小屋の前に出た。そして僅かな距離で氷ノ山三ノ丸に到着した。そこに来て漸く氷ノ山が姿を現したが、たおやかと表現したいその優しい風景は、いつ見ても兵庫ではトップクラスと言いたい美しさだった。日本の山岳風景の中でもいいところに入るのではとも思えた。この日は青空でしかも澄んだ視界とあって、申し分なしだった。その風景をもっと見ようと、展望台の上に上がった。展望台の上は風が一段と強くなって肌寒さを覚えたが、すっきりと360度の眺望を眺めるのは十分に楽しかった。また氷ノ山の懐深い所に佇んでいるのは、心安らぐことでもあった。暫しの展望を楽しんだ後は、氷ノ山山頂を目指す。その先もネマガリダケに囲まれて小さなアップダウンで登山道は続いた。その辺りもネマガリダケが切られて、道幅が広げられていた。相変わらず遊歩道を歩く雰囲気だった。その登山道の様子が変わったのは、少し上り坂となって二ノ丸の森に着いたときで、その一帯もなだらかなのだが、そこは地表がぬかるんでおり、全くのじゅくじゅく道になっていた。気をつけないと登山靴がずぼっと泥の中に潜りそうになった。慎重に歩いてその湿地帯を通り抜けたが、以前より湿地は広がっているように思えた。ここは自然保護のためにも是非とも木道を付けてもらいたいものである。二ノ丸を過ぎて少し下った後、氷ノ山山頂へと最後の登りが始まった。ここがこの日で一番の急坂と言えたが、それまでが緩やか過ぎるので、さほどの坂でもなかった。振り返ると三ノ丸がミニ氷ノ山と言った風で、姿良く見えていた。その坂を風の涼しさに助けられて休まず登って行くと、少し坂が緩くなったと思えたとき、トイレを兼ねた展望台が見えてきた。そして間をおかず山頂避難小屋が現れた。山頂に着くと、好天とあってまずまずの賑わいがあった。小屋の前には小さな子供を連れた家族連れを含めて10人ほどのハイカーが休んでいた。この山頂で青空の下、のんびりと休もうと思っていたのだが、この山頂に着いた頃より天気が一気に変わってきた。それまで西の空に薄雲が徐々に広がっていると見ていたのだが、その雲が一気に上空へと広がってきた。そしてどんよりとした空に変わってしまった。澄んだ視界も無くなり、北の空は薄ぼんやりとしてきた。先ほどまでの爽快感は消え、ちょっと肌寒い雰囲気に変わってしまった。そうなるともう山頂を離れたくなってしまった。その前に避難小屋を覗くと7,8人がおり、そこも賑やかだった。この中に入って気が付いたのは、この3月に来たときには割れていたガラス窓が修理されていたことで、再び泊まれる状態に戻ったようだった。また外に出て気付いたのは、氷ノ山越えからの登山道のことで、古い登山道がすっかりクマザサに覆われて自然に戻ろうとしていた。そして新しい登山道が落ち着いた佇まいを見せていた。やはり自然は絶えず動いているようだった。山頂はすぐに離れたが、昼休憩をしようと、山頂に近いキャラボクの群落地のそばで一休みとした。千年キャラボクと名付けられた立派なキャラボクもあり、心落ち着く所だった。その間にも空は一段と黒みを増してきた。その暗い空の下を下山へと向かった。この下山では前後に何人かの人が歩く形となり、坂ノ谷コースからこんなに人が登るのかと思ってしまったが、それは三ノ丸までだった。そのハイカーたちはみな若桜町の舂米へと向かって行った。この鳥取側からの三ノ丸コースも氷ノ山登山では主流コースになっているようだった。後はすっかり静かになった坂ノ谷コースを、朝と同様にパートナーと二人っきりで歩くことになった。再び森の小径を歩く雰囲気を味わいながらのんびりと登山口へと戻って行った。
(2008/10記)(2021/12改訂) |