飯田市は背後に中央アルプスを抱えているが、その中央アルプスから東へと分かれる支脈にはハイキングに手頃な山が揃っている。風越山に笠松山、座光寺富士など。どの山も飯田市の近郊で、片道1時間から2時間で登れる簡単な山である。吉田山もその一つで、位置としては隣町の高森町となるが、天竜川河畔から中央アルプスを背景にその小ぶりな姿を目にすることが出来る。その吉田山を目指したのは2007年のお盆休暇のことだった。このお盆休暇の山行はパートナーが仕事の都合で同行できず、そこで気ままに過ごすことにした。まず目指したのはこの山行のメインとした鳳凰三山で、少し強行軍だったが8月12日に日帰り登山で楽しんだ。そして休暇の残り3日をどう過ごすかだったが、手頃な山の揃っている飯田市に腰を据えて、毎日を近郊の山の日帰り登山で楽しむことにしたものである。但し鳳凰三山を下山した時点では、どの山に登るかはまだノープランだった。12日の夜になって考えたのは、とにかく足の疲れがけっこうあったので、13日に登る山としてはごく簡単に登れる山を第一条件としてガイドブックを開いた。そして決めたのが、一番気楽に登れそうに見えたこの吉田山だった。
前日の12日は雲一つ無い快晴で朝を迎えたが、13日の朝の空は薄雲が広がっており、南アルプスどころか前衛峰の伊那山脈もすっかり雲に隠されていた。ただ上空は薄く青空も見えており、朝のうちだけの薄曇りのようだった。国道153号線を出砂原の交差点で離れて西へと走り、中央道の下をくぐって高森公園を目指した。その高森公園では不動滝へ向かう本線を離れて吉田山の登山口のある枝道に入った。車道の終点が登山口だったが、そこより200mほど戻った所にあった手頃な空き地に駐車とした。もう上空は青空が広がっていた。登山口には小橋があり、小橋を渡ると登山道が薄暗い植林の中に始まっていた。壊れかけの橋や丸太橋を渡って進むと、丸太の階段道となった。それも長くは続かず、後は適度な傾斜でごく普通の山道が続いた。周囲はアカマツ林だった。その落ち葉が道に積もっており、本来は良い感じで登って行ける所だったが、前日の登山による足の疲れは大きく、ゆっくりとしか登って行けなかった。気温は朝の早い時間とあって21℃と涼しかったが、少々湿度が高いようで、汗をかきかきの登りだった。それも登るほどに風が現れ、空気もからっとしてきた。緩やかな坂だけに、ゆっくりとさえ登っておれば優しい登山だった。ただ周囲は常に木立が繁って、展望とは無縁だった。木立は一度雑木林になったが、またアカマツ主体の林となった。その林でセミが喧しく鳴いていた。このコースは道こそ優しいものの登山口から標識をほとんど見なかったが、1時間ほど歩いた頃に吉田山で無く、吉田キャンプ場の標識が現れた。キャンプ場にしては麓からずいぶん離れていると、ちょっと驚きである。すぐにキャンプ場が現れるかと思っていたのだが、更に20分近く歩いて標高も1200mを越えたときに、道が平坦となってキャンプ場に着いた。但しもうキャンプ場として使われておらず、跡地のようだった。そこに着いてようやく木立が切れた。それは東の方向で、本来なら南アルプスが一望と言いたいところだったが、そこに着いた頃より辺りにガスが漂い出し、視界はすっかりガスに閉ざされていた。そのキャンプ場跡地を過ぎると、道は少し傾斜を増して来た。足はすっかりくたびれていたが、風の涼しさが助けとなってまずまず無難に登って行けた。登るほどにガスは薄れて、上空に青空が広がって来た。どうやら朝のうちだけのガスだったようである。やがて北西に向かってすんなり尾根を歩くようになり、歩き始めてから2時間での山頂到着となった。一歩一歩をじっくり歩いたため、少々かかったようだった。山頂は木立が多く、ほとんど展望は無し。その展望のことよりも休むのに手頃な木陰が多くあり、そこには涼しいばかりの風が渡っていた。この山頂に着くまで誰とも出会わなかったが、山頂も無人でひたすら静かだった。そして快いばかりの風があるのみ。その心地よさにたまらず草地の上に寝そべって、風の涼しさに身を任せた。ひと息ついたところで、この山頂から少しは展望を得ようと辺りを探ってみたが、中央アルプスの主脈が木立を通して、そして南アルプスは少し見えるはずだったが、そちらはすっかり雲に閉ざされていた。唯一南西方向が少し眺められ、うっすらとした視界の中に恵那山とおぼしき山が眺められた。もう展望は諦めて、あくまでも涼しさを楽しもうと再び寝転がっていると、うつらうつらとするままに2時間ばかりを過ごしてしまった。そして昼が近づいて、ようやく次の登山者が現れたのをしおに下山とした。下山は往路のままに戻って行く。尾根道の踏み心地を楽しみながらキャンプ跡地に戻って来ると、登りのときとは違ってガスは消えており、そこからは天竜川沿いに広がる風景が眺められた。但し、その背景の山並みはまだ雲に閉ざされていた。それにしても昼となっても涼しい風は衰えず、その吹き上げの風に吹かれながら下って行けたのはうれしかった。そして思ったのは、このように気軽なハイキングの楽しめる山でも、知名度が低いとその心地よさとは別に、何とも静かな山歩きとなることで、有名山を除くと登山を楽しむ人はそんなに多くは無いのではと思ってしまった。
(2007/10記)(2014/7改訂)(2022/1改訂2) |