(8/14)南アルプスの山と言えば南部は光岳までを通常は呼ぶようで、それよりも南の山となる信濃俣、池口岳、大無間山などは深南部と呼ばれて、ちょっと区別されているようである。その深南部の山々の中で日本二百名山に選ばれているのが池口岳と大無間山の二つ。そのうちの池口岳が2010年に入ってから気になり出した。登山コースの起点は遠山郷の池口集落で、民有林道の遠山林道を利用すれば、標高1090mにある登山口まで車を進めることが出来るようだった。そこから山頂までは片道8kmのコースで、ガイド本を見ると、早朝にスタートすれば日帰り可能とあった。別の本では途中のザラ薙平でテント泊として、一泊二日としており、これなら時間を気にしなくても良さそうだった。但し重装備となるが難点だった。2010年8月のお盆休暇は13日から16日までの4日間。この中で池口岳登山を目指すことにした。軽いザックで日帰りする方が楽かと思えたが、年に一度はテント泊をしたくなったことと、朝の冷気の中で山頂に立ちたかったことで、テント山行と決めた。そのお盆休暇が近づいたとき、どうも天気が良くなさそうになってきた。曇りか雲の多い晴れとの予想だった。山上では雨もありそうに思えたが、それでも年に一度は山中で寝て心の洗濯をしたい気持ちがあったので、晴れが期待出来なくとも向かうことにした。始めの予定では高速道のSAで仮眠をとろうと考えていたが、飯田ICまでの距離を考えると、自宅を3時に出れば良さそうだった。なおパートナーはお盆休暇が無いため、単独行だった。当日14日は、深夜帯と言えそうな2時前に目覚めたので、そのまま出発とした。お盆休暇中とあって、深夜の時間ながらも山陽道を走る車は多かった。それでも渋滞になることは無く、名神、中央道と走り、虎渓山PAで1時間ばかりの仮眠もとって、7時前に飯田ICを下りた。矢筈トンネルを抜けて国道158号線を南下する。この国道158号線は三週間前の鬼面山登山で走ったばかりなので、ちょっと飯田市に来過ぎではと思った。朝の空は薄ぼやけており、薄晴れ程度だった。視界は悪く、山並みは近くの山もうっすらとしており、どうも山上はガスの世界かと思えた。天気予報はこの日は曇りで午後に雨、明日が曇り時々晴れとあり、明日の天気に期待することにした。問題は池口岳登山口への林道がすぐに分かるかと言うことだったが、光岳方向への車道が分かれたその先で大島集落に入ると、あっさり池口岳の標識を見た。そちらへの細い車道に入るとまた民家が現れて、そこが池口集落だった。車道はくねくねと民家の中を続いており、ときおり池口岳の標識が現れた。最後の民家が遠山家で、その先から始まる林道は遠山家所有の遠山林道となる。林道はダート道で、ガイド本では悪路と書かれていたが、少し荒れている程度に見えた。ゆっくり走れば特に四駆車で無くとも問題無く、登山口に着いたのは8時15分。ちょうど良い時間ではと思えた。登山口そばの駐車スペースには3台の車が止まっていた。その列に車を止める。準備を整えて背負ったザックの重量は16kgほど。一泊だけなので食料は少なかったが、水場が無いと言うか遠く離れているようなので、3.5リットルの水を担ぐことにしたので、一泊にしては重い荷になっていた。熊に注意の標識を横目に登山道を登り出す。空はどんよりとしたままで、あまり変わっていなかった。登山道は緩やかまま続いていたので、荷は重いながらも、ゆったりと歩けるのは良かった。気温も20℃ほどで高くもなかった。始め周囲はヒノキ林だったり、アカマツ林だったりしたが、次第にカラマツが増えてきた。周囲はそれらの高木が多いとあって、ただ森の風景を眺めながらの登りだった。登山道にはカラマツの落ち葉が積もっており、踏み心地が良かった。その雰囲気の中を登っているとき、突然腕の一カ所がひんやりした。見ると上から落ちてきたのか、山ヒルが貼り付いていた。どうやら池口岳には山ヒルが居るようで、これは少しばかり気の重くなることだった。登山道に標識は少なく、漸く見たのは面切平で、歩き始めてから1時間以上経っていた。そこに来るまでも尾根は緩やかだったが、面切平は名のごとく、いっそう緩やかだった。とにかくゆっくり登ることを心がける。その先で少し斜度のある上り坂になってきた。標高が1500mを越してくると、辺りにうっすらとガスが漂い出した。そのうちに山稜が二重になって、どちらを歩くのが正しいのかと思ったが、道なりに歩くだけだった。周囲がシラビソ林になってくると、ガスが濃くなってきた。周囲の見通しが悪くなったが、雨の降りそうな感じにはならなかった。やがて右手の斜面が崩壊地となった。その縁は痩せ尾根になっている。本来ならそこで展望を得られるはずだったが、見るのはガスの風景のみだった。その先で三角点(点名・黒薙)に出会った。ガイド本では「黒薙ノ頭」の名があり、標高は1838mである。そこで一休みとしたが、そこまで3時間を歩いていたため、足はけっこうくたびれていた。休憩後に登山者とすれ違ったが、この日始めて見る登山者だった。ひたすらガスの中を歩くが、周囲のシラビソ林が次第に暗くなってきた。雨になるかも知れなかった。緩い上り下りが続くことで、足はいっそう疲れて、1902mピークまでが長く感じられた。まだかまだかの思いで漸く小さなピークに立った。これで後はテント場への下りかと思っていると、一度下って更に先ほどのピークよりも高く登ることになった。そして着いたピークには標識があって、山頂まで2時間40分と書かれていた。改めて地図を見ると、先ほどのピークは1902mピーク(利検沢ノ頭)だったようで、そこは1971mピークと思えた。そこから先の下り坂に入ったときは、足どりはすっかりヨタヨタ状態になっていた。その下りで雨がぱらつき出した。次第に小雨に変わってきたとき、ザラ薙平のテント場に着いた。特にテント場の標識は無かったが、一帯は平らで草地になっており、何かを燃やした跡もあったので、テント場と見て間違い無さそうだった。小雨の中、素早くテントを張った。そして倒れ込むようにしてテントに潜り込んだ。暫し体を休めるのみだった。そしてそのまま寝てしまった。気が付くと夕方になっていた。少し元気も戻ったので起きてみると、足にいっぱい血が付いていた。どうも知らぬ間に山ヒルにやられたようで、傷口を数えると四カ所あった。思った以上に池口岳には山ヒルが多いようで、がっかりする思いで傷の手当てをした。軽く小腹を満たすと、また寝ることにした。外は小雨が降り続いていた。ときに雨の音が大きくなって目を覚ましたが、すぐに寝入った。一度さっとテントが明るくなって目覚めたことがあった。すぐに暗くなってしまったので、何事かと外を覗くと、外はただガスの世界だった。どうやら一時的にガスが薄れて月の光が射したようだった。テントの周囲を見ると他にテントは無く、どうやら一人だけで夜を過ごしているようだった。 |