TAJIHM の 兵庫の山めぐり <北アルプス> 
 
焼岳    やけだけ 2455.5m 高山市(岐阜県)
松本市(長野県)
 
1/2.5万地図 : 焼岳
 
【2005年7月】 2005-48(TAJI&HM)
 
   西穂山荘の近くより  2005 / 7

(7/22) 槍ヶ岳から奥穂高岳へと続く尾根は北アルプスの核心部だが、岐阜県と長野県を分ける県境尾根ともなっており、奥穂高岳からは西穂高岳へと続いて次第に高度を下げて行くが、その尾根の標高が2000mに近くなった頃、赤茶けた姿を尾根の中に突然のごとく突きだした山が現れる。それが焼岳で、現役の火山である。この焼岳は大正4年に大爆発を起こしており、そのとき梓川の流れの一部をせき止めて出来たのが大正池とか。この火山活動の影響で永らく山頂一帯は登山禁止になっていたが、1990年11月に28年ぶりに緩和され、北峰(2444m)までの登山が可能になった。ただ三角点の設置されている最高点となる南峰(2456m)は依然として登山禁止になっている。この焼岳を2005年の夏シーズンに入ったときに目指した。焼岳は北アルプスの一峰なので、この山一つではもったいないと考え、そこでもう一峰として西穂高岳を組み合わせることにした。この二つの山を登るポピュラーで楽なコースは、初日は新穂高ロープウェイを利用して西穂山荘に泊まる。翌日に西穂高岳を登って再び西穂山荘泊とする。三日目に焼岳を登って中尾温泉へ下山と思えるが、夏のシーズンに山小屋には泊まりたく無く、また費用もかかることになる。費用を抑えるとなればテント泊となるが、テント縦走は厳しいと色々考え、そして結論として出したのが次の案だった。テントをかついで初日は新穂高ロープウェイを利用して西穂山荘のテント場まで、二日目は焼岳をピストン、三日目は西穂高岳をピストンして新穂高ロープウェイで下山するというコースである。
 7月22日は早朝の4時半に姫路を出発した。梅雨明け後の好天が数日続いていたたためか、この日の空は晴れてはいるものの、よどみが強くなっていた。それでも北に向かうほどに空は青みを増し、平湯を通過するときはすっきりとした空に笠ヶ岳がはっきりと望まれた。車は新穂高の無料駐車場に止め、11時15分発のロープウェイに乗り込んだ。この日の北アルプスは極上の天気らしく、ロープウェイの中からは穂高連峰だけでなく、遠くは槍ヶ岳の穂先も見えていた。当然、焼岳も見えていた。ロープウェイの西穂高口駅から歩き始めたのは11時52分。テント場までは近いので、ザックの重量を減らすことは考えずに荷を詰めており、西穂高口駅そばの水場で更に水を補給すると、ザックの重量は22kgを越してしまった。ロープウェイはほぼ満員だったが、昼どきは登山者は少ないのか、歩き始めると前後に人を見かけることはほとんど無かった。たまに下山者とすれ違うだけで、静かな登りだった。歩き出した頃はまだ快晴の空で西穂高岳も見えていたのだが、登りにかかり出した頃より、尾根にガスが湧き始めた。それも急速で、暫くすると辺りもガスが漂い始め、以後はガスの中の登山になってしまった。ただガスのおかげで涼しく、重い荷もさほど気にならずに登って行けた。そして二度ほどの小休止で、13時05分には西穂山荘に着くことが出来た。辺りはすっかりガスだったが、山荘前は多くの登山者で賑わっていた。そしてそれとは対照的にテント場は静かで、一張りが張られているだけだった。ガスの中で手早くテントを張り、後は明日の好天を期待して午後をのんびりと過ごした。
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(7/23) 23日はいやな音で目を覚ました。テントをたたく雨音である。2時頃から聞こえ出し、止んではまた降り始めるを繰り返していた。そのまま朝を迎えたが、外を見ると小雨の降る中、濃くガスが立ち込めていた。6時まで待っても好天の兆しは見られなかった。そのまま一日をテント場で過ごしたくなく、荒天でも無いかぎりは予定通り焼岳に登ろうと、雨が小止みになった6時20分にテントを離れた。まずは上高地コースとの分岐点へと下って行く。いつしかまた小雨が降り始めた。分岐点を過ぎても下りは暫く続いた。焼岳小屋まではおよそ5kmだが途中には割谷山があり、他にも小さなピークが幾つかあってそれを越えて行くので、けっして楽な尾根歩きでは無かった。クマザサが道に被さっている所もあった。それと途中から雨が本降りになり出した。雨の日にこの尾根を歩く人は少ないのか、途中で二人を追い抜いただけで、すれ違う人も無く全く静かな山中だった。雨が漸く止む気配を見せ始めたのは割谷山の辺りで、焼岳小屋への急坂を下る頃には、幾分空が明るくなってきた。それでも辺りはガスで何も見えなかった。焼岳小屋に着いたときに小屋の人に天気を聞いてみると、この日は終日雨か曇りと言われてしまった。ただガスこそあれ風も無く落ち着いた様子の天気なので、予定通り焼岳へと向かった。わずかな登りで焼岳展望台に着くと、はっきりとガスの薄れる気配が現れた。前方に焼岳の岩肌が所々見えるようになってきた。その岩肌への登りにかかると上空のガスも薄れて淡い青空も見えるようになり、足元はと見ると上高地の梓川の流れも雲間から見えていた。雨とガスの中をずっと歩いて来たため、暑さによる体力消耗が無かった分だけ焼岳の登りは楽で、休憩の必要は感じず気持ち良く登って行けた。この登りにかかって漸くちらほら登山者を見るようになった。そして中ノ湯コースとの合流点に着くと、登山者は一気に増えた。この頃には上空には青空が広がり、強い陽射しが現れていた。焼岳にかかっていたガスは消えており、すっかり姿を見せていた。その山肌からは所々で水蒸気が上がっていた。また硫黄のかたまりも見えて硫黄臭が漂っており、この焼岳が活火山であることを十分に見せられる思いだった。そこよりひと登りした所が山頂(北峰)だった。そこは岩も少なくなだらかになっており、数十人なら十分に休める広さがあった。そのピークに立つと、南峰(三角点のある最高点ピークだが、登山禁止地域になっている)との間にある火口湖が見下ろされ、一段と火山の雰囲気を見せていた。この山頂に立つまでずっと雨具を着けていたのだが、山頂の風は快い涼しさで、Tシャツで過ごしている人も見かけた。このまま天気は良くなるかと期待したが、焼岳のガスが消えた所までが好天のピークだったようで、周囲の山並みを隠すガスが薄れる気配は見えなかった。そして焼岳もガスが現れては過ぎ去るを繰り返し出した。穂高方向は全くのガスだったが、ときおりその一部がガスの中から覗くことはあった。また東向かいの霞沢岳のピークもときおり姿を見せた。それと足元のガスは少ないため、上高地方向はまずまず見えていた。この山頂に立っていたのは30分ほど。次第にガスのかかることが多くなり、足元もガスに閉ざされ出した。それをしおに下山とする。辿って来たコースを忠実に戻るのみ。下山を始めて焼岳小屋との中間辺りまで下りた頃には、もうガス帯に入っており焼岳は見えなくなった。焼岳小屋で小休止して、また長い尾根歩きを始めた。往路に比べて上り坂が多くなる分、時間はかかったが、ガスの中だけに涼しさがあって、昼どきの尾根歩きとしては楽かもしれなかった。真昼とあって急ぐ必要も無く、足に疲れを残さないようにのんびりとした気持ちで戻って行った。いっとき小雨の降ることもあったが、ほぼ曇り空の下で歩け、14時前にはテント場に戻り着くことが出来た。ほぼ終日ガスの立ち込めた日だったが、焼岳山頂に立ったときに晴れ間が広がってくれたのは幸いだった。明日の晴れを期待してテント場で午後を過ごしていると、夕暮れ時となって再び小雨が降り出した。その雨音を聞きながら寝についた。
(2005/8記)(2013/2改訂)(2022/9写真改訂)
<登山日> 2005年7月22日 11:52ロープウェイ西穂高口駅スタート/13:05西穂山荘エンド。
(天気) 新穂高の空は青空ながら濁った感じがあった。真夏の暑さだった。西穂高口駅を出たときはまだ青空が広がっていたが、西穂山荘との中間点辺りよりガス帯に入った。山荘に着いたときは、一帯はガスに包まれていた。但し涼しさはあった。
<登山日> 2005年7月23日 6:20西穂山荘テント場スタート/8:40〜48焼岳小屋/9:50〜10:17山頂/11:16〜24焼岳小屋/13:58テント場エンド。
(天気) 朝から小雨。辺りはすっかりガスに包まれていた。尾根歩きの途中で、一時雨脚が強くなった。その雨も焼岳小屋に近づく頃に止んだ。それでも周囲がすっかりガスには変わり無し。焼岳の登りにかかってガスが薄れ出す。空もガスが消えてうろこ雲が現れた。山頂に着く頃には陽射しも現れて、一帯のガスは消えた。但し周囲の山並みは一部が見えるだけだった。下山はまたガス帯の中となる。そして一時雨も降った。テント場はすっかりガスで、夕方より小雨となった。
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22日は朝から快
晴だった ロープ
ウェイの西穂高駅
に着くと、西向か
いの笠ヶ岳がきれ
いに見えていた

西穂山荘に向かう
途中で北東の空に
西穂高岳が望まれ

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割谷山を過ぎて、
漸く雨は止んだ

辺りが明るくなっ
てきた

一瞬だったが、辺
りのガスが消える
ことがあった
同じ位置から振り返って、歩いてきた登山道の方向を眺めた 焼岳展望台に着くと、ガスが薄れて徐々に焼岳の岩肌が見えて来た 山頂への登りを始めると、俄然ガスが薄れて上空に青空が広がり出した
前方の岩肌を眺めた 谷を眺めると、梓川が見えていた 振り返ると、新中尾峠の辺りまで見え始めていた

裸地が広がる山頂
に着いた そこは
北峰だった

上空には薄く青空
が広がり、陽も射
してきた

南峰が姿を現せて
おり、南峰との間
の火口湖が眺めら
れた
南峰の山頂を大きく見る そちらは立入禁止だった 火口湖を大きく見る 山頂から梓川を眺めた
明神岳が現れたが、奥穂高岳までは現れなかった 対岸で山頂を覗かせていたのは六百山だった ガスが再び広がり出したので、下山とする
山頂付近の岩の一部は硫黄で黄色くなっていた 硫黄で黄色くなった部分を大きく見る 山頂の肩まで下りて来て、山頂方向を見上げた
新中尾峠の辺りは再びガスに閉ざされようとした その新中尾峠へと下って行った 程なく周囲はガスに包まれ出した
下山時に、焼岳小屋を見下ろした 小屋に着いて周囲を眺めた 西穂山荘へと戻っているとき、周囲の樹林を眺めた
戻る途中で小さな池を見た 尾根歩きはずっとガスの中で、このような風景が続いた テント場に戻ってガスに包まれた西穂山荘を見上げた