南アルプスの北部は三千メートル台の有名山が目白押しで、どうしてもそちらの山を登りたくなり、鳳凰三山はそのうちに登ればと思っているうちに月日が経ってしまった。もうそろそろ鳳凰三山を目指しても良いのではと思い始めたのは2005年頃からだったが、それもなぜか実行に移せず、2006年も過ぎ2007年に入ってしまった。この2007年のお盆休みはきっちりと休めそうなため、漸く具体的に計画を立てた。それはお盆休みを利用しての山行で、8月12日の日中に移動して登山口の青木鉱泉でテント泊として、翌日13日早朝から日帰りで三山を目指す計画だった。但し今回は単独登山だった。(パートナーは仕事があって参加出来ず。)
天気も安定しており、その計画で進んでいたところ、11日の夕方になって13日以降の長野地方は晴れるものの雲の多い天気に予報が変わってしまった。雲が多いと言うことは山上はガスの可能性が高いことで、少しいやな予感がしてきた。天気予報では移動日としていた12日は快晴だった。この鳳凰三山登山では稜線からの展望を楽しみにしていたため、決断は早かった。予定を一日早めて12日に登ることにした。すなわち明日と言うわけだった。それを決めたのが夕方の18時だったが、直ちに出発すればどうにか間に合いそうだった。本当に大あわての準備で、20時には姫路の自宅を何とか離れることが出来た。山陽道に入ると後はひたすら目的地の中央道・韮崎ICまで高速道を走ればと安心したとき、重大な勘違いに気が付いた。なるほど未明には予定の登山口である青木鉱泉には着けそうだったが、仮眠時間を計算に入れていなかった。少々のことなら徹夜のままでも我慢出来ようが、鳳凰三山の日帰り登山となると、これはむちゃな行動だった。ただもう賽を振ってしまったので後戻りは考えず、なるようになれとひたすら走ることに専念した。それでも居眠り運転だけには注意して、眠気の出てきた深夜の0時に辰野PAで仮眠とした。それも1時間半ほどで切り上げ、再び高速道の走行を続けた。韮崎ICを下りたのは12日の午前2時過ぎだった。後は順調に青木鉱泉を目指せたかと言えばそう言う訳にもいかず、深夜とあって標識が分かり難く、林道への道に入るのに一苦労してしまった。何とか林道に入るとひたすら走ってて青木鉱泉の駐車場に着いたのは午前3時過ぎだった。3時までには着いて仮眠をとろうと考えていたので、少し遅れたもののほぼ予定通りに着けて一安心だった。そして今少し眠っておこうと再び仮眠に入った。 目覚めたのはまだ未明の4時半。近くの車でする物音から目が覚めたものだった。本来ならもっと仮眠をとるべきだったが、出来るだけ早い時間に歩き始めてガスの湧かないうちに山上に出たいとの考えを持っており、当初の計画でも4時半スタートで考えていたため、そのまま起きて出発することにした。仮眠時間は辰野PAでの分を含めて2時間少々のため体はやはりだるかった。ただ朝の冷気のおかげで次第に体は目覚めて、無理せず歩けば何とかなりそうには思えた。空はほんのり明るい程度でまだまだ足元は薄暗かったが、その中を歩き始めることにした。その歩き出そうとししたとき失敗に気が付いた。ヘッドランプを忘れていた。大あわての準備だったため、やはり何かは忘れているようだった。青木鉱泉の前を足探りの状態でそろそろと過ぎて登山道に入った。薄暗くともコースははっきりしており案内標識も的確だったため、さほど心配することも無く進んで行くと、程なくドンドコ沢に沿って歩くようになった。もうそこまで来ると足下ははっきり見えるようになっていた。上空は雲一つ無く、期待通りの快晴のようだった。やがて稜線が見えて来ると、そこにはガスは無くくっきりと見えていた。これに気を良くして少し早足気味になりそうになったが、長い行程なのでマイペースを心がけて進んだ。道が川沿いを離れて樹林帯の登りになる頃にはすっかり明るくなり、朝の光が森の中まで射し込んで来た。早朝出発のため、途中で二人を追い抜いただけでその後は人影を見ず、ひたすら急坂の登りを続けた。朝の冷気は体に良いようで、途中で眠気が現れることも無く、ほとんど休む必要も無く順調に登って行けた。このドンドコ沢コースは点々と滝があるのだが、それを見ようとするとコースから離れることになるので、滝見物は諦めて、どんどん先を目指した。ただ白糸ノ滝だけはコースから見える所にあり、そこでは一休みとした。もう3時間近く歩き通しだったため、さすがに足が疲れて、その先からは次第に歩度が鈍って来た。五色滝の近くを過ぎる頃にはこの長い登りに少し倦むようになり、いつ鳳凰小屋に近づくのかと少し焦りの気持ちが出て来た。その気持ちを見ていたかのようにコースは平坦となり、河原のような所に出た。少し進むと稜線が現れ、小さく尖った岩のピークも見え出した。よく見ると地蔵岳のオベリスクのようだった。もう鳳凰小屋は近いようだった。それでもそう思ってから今暫く歩いて、平坦地形の一番奥に鳳凰小屋が建っていた。小屋は明るい陽射しに照らされて、数人が小屋前に休むだけでひっそりとしていた。その小屋の前で5分ほどの休憩を取っただけで、地蔵岳を目指して最後の登りにかかった。再び樹林帯へと入ったが程なく抜けると、地蔵岳が意外な近さで現れた。もう一気に登れそうな距離に思えたが、そこからが実は一番厳しい所だった。足下は土道から砂地に変わっており、それはどうやら花崗岩が風化して砂になったようで、見た目は非常に優しげな道なのだが、実際歩くとその砂に足がとられるため非常に力のいる道だった。油断するとずるずると後戻りしそうになることもあった。そうなるといっそう踏ん張って登ることになり足の疲れは増して、何十歩か進むと一呼吸入れるようになり、一気に歩度が落ちてしまった。もう足の動く分だけ進むしかないと諦めて、疲れては岩に腰掛けて呼吸を整え、そして歩き出す。また疲れては岩に腰掛けるを繰り返すことになった。ただ一休みのときに見上げる空はひたすら青く、その下には緑濃いダケカンバ林とオベリスクの風景があり、それはまさに絵になる光景で、苦しいながらも心の中ではその状況を楽しんでいた。ともかく長休みはしないようにを心がけて遅々とながらも足を進めたおかげで、9時過ぎに何とか地蔵岳の肩に着くことが出来た。そこに着いて一気に賑やかになった。何人もの登山者がそこここに休んでおり、どうやら前夜は鳳凰小屋泊まりだった人たちのようだった。またそこに立って改めて見るオベリスクは真っ青な空の下にひときわ大きかった。そこからの展望はと言うと、南向かいに観音岳がどっしりと構えていた。この鳳凰三山での楽しみは南アルプスの主稜を見ることだったので、そちらが見えないかと北側に回り込むと、そこに現れたのは南アルプス最北の雄峰だった。それは仙丈ヶ岳と甲斐駒ヶ岳で、澄み切った空の下にくっきりとそして堂々とそのスカイラインを見せていた。もうただただ登って来て良かったと思わずにはいられなかった。ただ期待の白鳳三山は西にある赤抜沢ノ頭に隠されて、その姿は拝めなかった。この地蔵岳はオベリスクの突端が最高点になるのだが、それは岩登りの世界のため、こちらはオベリスクの中ほどまで登った所で良しとした。すると近くにいた若者グループがそのオベリスクの突端に立とうと挑戦しだし、そのうちの一人がするすると登ってしまったのには少々驚かされた。この時点で9時半であり、三山巡りには余裕の時間だった。また上空には雲一つ無く、ガスの湧き出す気配も無く、やはり山は早い時間に登るのに越したことはないと改めて思わされた。次に目指すのは鳳凰三山の最高峰の観音岳。一番ボリュームのある姿で南に見えていたが、その間に一つ小ピークがあり、それが赤抜沢ノ頭だった。地蔵岳では賽ノ河原でも一休みしたため、結局30分ほど過ごしたが、その賽ノ河原から10分も登れば赤抜沢ノ頭に着いた。そこがまた素晴らしい展望地だった。何と言っても期待の白鳳三山が見えたことで、とりわけ北岳が図抜けて大きく見えるのは感動ものだった。暫し瞠目だった。そして振り返れば地蔵岳が姿良く、その背後には八ヶ岳もくっきり見えていた。そこは軽く通過する予定だったが、この風景の素晴らしさに暫しの休憩となってしまった。そこより鳳凰三山の主稜歩きだった。もうすっかり陽は高くなって陽射しは厳しくなっていたが、これを相殺して余りある涼しい風が稜線に吹いていた。その風に吹かれながら白鳳三山を眺めたりダケカンバの美林を愛でたりと、何とも楽しい稜線歩きで、今ここにいる幸せを感じながら観音岳へと近づいた。その観音岳が間近になるとやや急坂となって足を疲れさせられたが、時間はたっぷりあるのでひたすらゆっくりと歩くことを心がけた。観音岳に着いたのは赤抜沢ノ頭を離れてから1時間のちだった。そのがっちりとした体躯の頂上は岩場になっていたが、ごく簡単にその上に立つことが出来た。そこがまた素晴らしい展望台だった。澄み切った青空の下に南アルプスの雄峰が並ぶ様は壮観だった。そして北には地蔵岳、南は薬師岳と総て見えていた。ただ昼が近づいているだけに既にガスに包まれた山もあり、薬師岳の後ろに控える富士山も、頂を雲の上に覗かせているだけだった。山頂は陽射しを遮るものは無かったが、そこも抜群に涼しい風が吹いており、その風の快さに何をするでも無く40分ほどを過ごしてしまった。そして次に目指すのは三つ目の薬師岳。観音岳が最高峰だったため、もう下山気分だった。距離も短くコースもなだらかとあって20分ほどでもう薬師岳だった。そこは一帯が砂地となっており、岩峰群が点在していた。相変わらず涼しい風はあったが真昼どきとあってさすがに直射光が厳しくなって岩陰で一休みとした。この薬師岳も好展望地だったが、もうそれまでに十分に展望を楽しんでいるので、ここでは下山に向かって体力を回復させようと、少しばかり昼寝を楽しんだ。それも30分ほどで切り上げて、もう十分に鳳凰三山を楽しんだ思いを持って下山へと向かった。下山はこの薬師岳から始まる中道コースで、スタート地点の青木鉱泉を目指して下って行った。優しげな樹林帯を下るので楽と言えば楽だったが、この下りでどっと足に疲れが出てきた。中腹まで下りた頃には少し足に痛みも出だして一気に歩度が落ちてきた。やはり寝不足の上に長時間の歩行がこの下りで応えてきたようだった。ゆっくりとしか下れない上に風景も少し単調とあって、この下りは長く感じられた。下れども下れどもいつまでも道が続く感じで、漸く林道に出たのは薬師岳を離れてから3時間後だった。本当に漸く着いたかの思いだった。振り返って薬師岳の方向を見ると、ガスに山並みは隠されていた。林道に出て楽になるかと言えばそうでは無く、林道では回り道になるため、再び登山道を歩くことになった。そして登山口に着いたのは更に40分ほどの時間を要していた。登山口で終わりかと言えばそこからが林道歩きで、登山道よりもいっそう退屈な歩きを続けることになった。ただ助かったのはその林道の途中から地図に載っていない青木鉱泉へのショートカットルートが付いていたことで、目印もはっきりして30分ほどでドンドコ沢コースに合流できたのは有り難かった。もう十分過ぎるくらい足は疲れており、平坦路を歩くのもやっとと言えるくたびれようで青木鉱泉に戻り着いた。下山が終われば、楽しみは青木鉱泉の湯に浸かること。狭い湯船だったが他に人はおらず、ひとりぽつんと浸りながらこの日の登山が無事終わったことを感謝した。ところでこの日はほとんど食事をしていなかったことに気が付いた。食事をとらずに歩き始め、漸く地蔵岳で朝食をとったが、それもトースト1枚だけだった。後はお腹が空けば食べるつもりでいたところ、風景に気をとられていたこととさほど食欲が湧いてこなかったこともあり、とうとう下山を終えるまで水分補給だけで済ませてしまった。よく言われる山ではバテないために食事は重要とのことは、どうやら自分には当てはまらないのではと思ってしまった。 (2007/10記)(2011/8改訂)(2022/1写真改訂) |
<登山日> | 2007年8月12日 | 4:34スタート/6:16鳳凰ノ滝分岐点/6:57〜7:01白糸ノ滝/7:26五色滝/8:09〜14鳳凰小屋/9:10〜42地蔵岳/9:53〜10:12赤抜沢ノ頭/11:10〜47観音岳/12:09〜45薬師岳/15:05林道終点/15:44中道コース登山口/16:13ドンドコ沢コースと合流/16:20エンド。 | |
(天気) | 朝から雲一つ無い快晴、空気は澄み切っていた。早朝の気温は16℃、その後は徐々に上がってきたが、稜線に出て21℃ほどだった。直射光はまぶしかったが、ひんやりとした風が終始吹いており、快いばかりだった。昼が近づいて、高峰には少しずつガスが現れて来た。下山時は上空にはガスがかかる。おかげで気温は22℃までで、涼しい中を下れた。 | ||
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