2008年の正月山行として考えた地域は三重県中部で、中でも台高山地がメインだった。そこで計画を立てるに当たって幾つかガイドブックを参考にしたが、その一つの新・分県登山ガイド「三重県の山」を開いて興味を持ったのが仙千代ヶ峰だった。そこに紹介されていた野又からの長い尾根歩きは、一日かけてじっくり楽しめるだけでなく展望も良さそうで、ぜひ登ってみたくなった。
1月3日の朝は松阪市内のホテルで目覚めた。外を見ると快晴だった。天気予報でも終日快晴が期待出来そうだった。伊勢自動車道を松阪ICで乗り込んで紀勢自動車道へと入り、大宮大台ICで下りる。後は国道42号線から県道31号線へ、そして国道422号線を走って野又橋を目指して行く。正月休みの朝早い時間帯とあって車はほとんど見かけなかった。桧原への橋も渡って順調に進んで行っていたところ、最後に野又橋を勘違いしてしまった。一度野又橋を渡ったのだが、登山口を示す標識も見えないので、ここは別の橋ではと勘違いして引き返し、そのまま桧原谷川沿いを走ってしまった。結局林道を終点まで走って間違いに気付き、改めて桧原から車道を忠実に追った。結局、最初に渡った橋が野又橋だと分かったが、案内板も見ないまま車道脇の空き地に適当に車を止めて歩き出した。橋のたもとに一軒の民家があり、その隣の農小屋へと進むと山道が始まっていた。よく見るとその入口そばに小さく仙千代ヶ峰の立て札が立っていた。およそ30分ほど時間をロスしており、時計は既に9時を回っていた。最初に計画していた午前中に山頂に着くことは諦めたが、13時までには着いて明るいうちには下山をと思いながら登り始めた。尾根に沿ってネットが張られており、ネット沿いを登っていると、程なく北が開けて遠くに骨太の山が望まれた。仙千代ヶ峰とすぐに分かったが、その遠さに明るいうちの下山がちょっと心配になってしまった。そこで暫くは登ることに意識を集中して、尾根だけを見て登って行った。但し無理に急がないようには注意した。けっこう急坂もありすぐに汗ばんで来たが、朝の冷気は快く良い感じで登って行けた。登るほどに尾根は痩せて岩場も現れたが、的確にロープもあって無難に登って行けた。振り返ると北に樹間を通して白い山並みが見えていた。619mピークが近づいて来ると再び西の展望が良くなり、619mピークではすっきりと仙千代ヶ峰が眺められた。一息ついて尾根歩きを続けると、程なく野又高との分岐点に着いた。そこからは尾根を離れて野又古道と呼ばれる巻き道を歩くことになった。平坦な道が山ひだの形なりにずっと続いていた。歩くには楽な所で、おかげで短時間で距離をかせぐことが出来た。古道と呼ばれるだけに岩を削って棚道になっている所もあり、いにしえは紀伊長島側からこの道を通って北へと人の往来のあったことが偲ばれた。道の周囲はずっと植林が囲んでおり、その薄暗い中を歩いて行く。野又峠との中間点を過ぎると、道にうっすらと雪が見られるようになった。その雪が進むほどにじわじわと増えて来た。増えると言っても2,3センチほどだった。野又峠が間近になるとまた展望が開けて、仙千代ヶ峰がずいぶんと大きくなっていた。地図を見るとそれでもまだ半分ほどしか歩いていなかった。そこまで来ると、仙千代ヶ峰の右手に白い尾根も現れた。迷岳や古ヶ丸山など台高主稜部から派生している尾根だった。野又峠からは再び尾根歩きとなった。それまでが平坦な道だったため、標高はまだ700メートル程にしか達しておらず、漸く高度をかせぐことになった。尾根は樹林帯となったり展望が現れたりしながら山頂へと近づくが、「く」の字の形で近づくため歩く割りには近づくのは遅かった。高度を上げるほどに雪の量は増え、道が隠されぎみになって来た。それでも10センチまでだった。尾根の向きが西へと変わると、行く手に山頂を見ながら登ることになった。尾根の右手となる野又谷はすっかり伐採されており、この尾根歩きは展望の尾根歩きでもあった。山頂の右手には白い山並みがいっそう広く現れており、東に広がる千メートル級の山並みも一望だった。更には北東遠くに局ヶ岳も見えていた。その尾根歩きの途中で岩場が現れた。そこの展望が良さそうに見えたので近づいて、ひょいと覗いてみると意外な近さで熊野灘が見えていた。それまでが山深さを味わいながら歩いていただけに、これはちょっとした驚きだった。但し地図を見ると海岸線から20km程の位置を歩いているので、近くに見えているのは当然だったが。そこを離れて尾根歩きを続けて行った。もう尾根道はすっかり白くなっていたが、スパッツを付ける程でもないのでそのまま山頂まで行くことにした。山頂の手前になって一気に尾根は急角度になった。それと共に周囲の木々に大きな木が見られるようになった。考えてみると植林以外はそれまで大きな木が少なかったことに気が付いた。その意味ではこの山は鬱蒼とした森の雰囲気はなかった。急坂のため滑り易くなって来たが、早く山頂に着きたい一心から木に掴まりながらも休まず山頂へと向かった。その急坂部を登り切ると一気に尾根は緩やかになり、また展望が広がって来た。そして歩き始めてから3時間少々で山頂到着となった。時計はまだ12時半になっておらず、一安心だった。その山頂は南北に長くなっており、害獣避けネットにより二分されていた。西は喬木により視界は閉ざされていたが、東の野又谷側は広く伐採されており、その後に育ってきている植林もまだ若木で、ただただ展望の世界だった。それまでの尾根歩きも素晴らしい展望に恵まれていたが、山頂は更に熊野灘まで視界に納めることが出来た。そして他に人影は無く静寂の世界だった。本当にしんみりと登頂感を味わうことが出来た。登り始めたときは暗くならないうちに下山出来るだろうかと心配していたのだが、十分に余裕のある時間に山頂に立てたこともあり、何をすることもなかったが山頂では30分ばかりのんびりと過ごした。そして十分に山頂を楽しんだところで下山へと向かった。下山は往路を忠実に引き返した。この下山では海の望める展望岩に再び寄り道して、熊野灘の風景を暫し眺めて過ごした。そして後は急がず丁寧に下山をした。それでも登山口に着いたのは15時35分と、十分に明るい時間だった。意外とすんなり仙千代ヶ峰を楽しめたの思いで帰路についた。
(2008/1記)(2021/12改訂) |