TAJIHM の 兵庫の山めぐり <岐阜県の山 
 
五蛇池山    ごじゃいけやま 1147.5m 揖斐川町(岐阜県)
 
1/2.5万地図 : 美濃広瀬
 
【2006年10月】 2006-76(TAJI)
 
   小蕎麦粒山への尾根より 2008 / 10

 岐阜県の西濃にある蕎麦粒山(そむぎやま)はヤブ山ながら登り甲斐のある山として聞こえていたが、なかなか蕎麦粒山だけを目指して姫路から遠征登山をするまでの気持ちは起きなかった。それが2006年に7月下旬から半年間、名古屋に滞在することになった。そこでこの機会に蕎麦粒山に登ることを思い付いた。そして実行に移したのは10月15日の日曜日で、この日は朝から快晴の空が広がっていた。ただ名古屋の宿泊先を離れるのが少し遅れてしまい、登山口のある旧・坂内村広瀬に着いたときは、9時が近くなろうとしていた。そして大谷林道へと入った。ガイドブックとしては「名古屋周辺の山」を持参しており、その記事では路面のあまり良くなり林道と書かれていたが、そんなことは無く、終点まで舗装されており、ごく楽に林道終点に着いた。その終点には既に6台ほど車が止まっていた。ただ林道を走っていても、その終点に着いても、蕎麦粒山の文字は全く見なかった。そのことをいぶかりながらも登山開始とした。林道終点からは小径が始まっていたが、すぐに現れるはずの登山口が見えなかった。ただ急坂の所にはロープもあって、どう見ても登山道だった。程なく沢沿いを歩くようになると少し草深くなってきたが、この日に歩かれたと思える踏み跡もあり、何の疑いもなく進んで行った。ところがいつまでも沢沿いに道は続いて行くも、道しるべは全く見なかった。そしてガイドブックでは既に尾根を登ることになっている時間だったが、長々と沢沿い歩きが続いた。ただ沢を詰めてから登るコースもあるように書かれていたので、ガイドブックのコースは見落として、沢コースを歩いていると考えた。少し不安な気持ちを持ちながら歩いていたが、この日は好天とあって沢沿いの木々は美しく輝いており、風景としては悪くないコースだった。その沢コースをはっきり疑い出したのは、少し草深かった道が沢の中を通るようになり、道自体が消え出した頃だった。既に1時間半ほど歩いていた。そうなると今歩いているのは登山コースでは無いように思われてきた。そしてここで悪いくせが出た。ヤブでもかまわないから適当に登って尾根に出ようとの思い付きだった。そしてここで沢を詰めれば良かったのだが、登り易そうな右手の斜面を登り出してしまった。それは現在地を早く確かめたい気持ちもあってのことだった。始めこそ斜面の木々は疎らで緑の美しさを愛でながら登っていたのだが、途中から一気に厳しくなって来た。それも兵庫では三川山ぐらいでしか見ないシャクナゲのヤブ尾根だった。シャクナゲの上を越したり下をくぐったりと、遅々としか登って行けなくなった。しかもそれが延々と続いた。登る途中では急尾根ともなり、木にしがみついて登る所もあった。その途中で小蕎麦粒山が見えることがあったが、その小蕎麦粒山からどんどん離れているのが分かった。もう蕎麦粒山は諦めて、今登る尾根のピークだけが目標となって来た。それでもなかなかピークが見えて来なかった。とにかく必死に登って漸く尾根が緩くなり出したときは12時が近くなっていた。そして辺りの木々が低くなって周囲が見渡せるようになって見えたのは、小蕎麦粒山と蕎麦粒山が並ぶ姿だった。真っ青な空の下にその二つの山だけがあっけらかんと佇んでいた。そしてそこには絶望的な距離があった。もう登山のことは考えず、ただただ二つの山の美しさだけに見とれてしまった。そこに着いても辺りは相変わらずシャクナゲが茂っており、それにクマザサも混じって、歩き難さは全く変わらなかった。今少し登ると辺りが平坦となって、そこがピークと思われたので、登山はそこまでとして一休みをすることにした。ところがここで大失敗に気が付いた。昼食を車に忘れてきたのである。いつもの登山とは比べものにならない体力を使っていただけに、この失敗はきつかったが諦めるしかなかった。後はいかに体力を温存して下山するかだけだった。下山となれば今登ってきたコースを忠実に辿ればよいのだが、ことはそう簡単にはいかず、本当の苦労がそこから始まった。忠実に尾根を戻っているつもりがどうしても歩き易い所を辿ることになり、自然と登ってきた経路を離れてしまった。そこで出来るだけ元のコースへと軌道修正をすれば良かったのだが、木の根に掴まりながらもひたすら下っていると、この山は俄然本性を現した。急斜面を無理やり下って少し傾斜が緩くなったと一安心すると、尾根は断崖と呼べそうな急斜面になるのだった。そうなると隣の山襞へと一度登り直すことになる。そして次の山襞でもまた同じ目に会うことになった。これを三度ほど繰り返した後、堪らず急斜面を足下に見ながら少し無理をして手で届きそうな木に飛び移った。そしてそこで見事、手が滑って滑落をしてしまった。3メートルほど滑り落ちた所でうまく枝に掴まり、何とか滑り落ちるのを食い止めたが、そのままだと更に10メートルは滑っている所だった。ここ何年と無く滑落事故は起こしていなかっただけにこれはショックだった。ただ体の所々で血が出ているものの、大きな傷が無かったのは助かった。こうなると体全体が緊張したのか、頭の隅々まで冴え渡って、五感が研ぎすまされた感覚となって来た。もう空腹は忘れていた。見える風景の隅々まで目をやって、ひたすら慎重に下山コースを探った。そして手を置く位置にも注意して下って行った。更に何度か登り直しては下るコースを探ることになったが、それでもやはり無理をしなければ下って行けず、そこでさらにもう一度滑落してしまった。今度はもんどり打って滑って背中から地面に着いた。幸い滑る距離が少なかったため、このときも身体に異常は無かったが、これもショックだった。もう下り始めて2時間は過ぎているのに、足下の谷は深かった。明るいうちに下り着けるのだろうかと、別の恐れが起きてきた。その考えを押しやってもう必死も必死で下って行くと、やがて一本の線を見るように正に活路が見えた。それも急坂だったが、滑りながらも何とか無事に沢に下り着けたときは、ひたすら幸運だったと思わずにはいられなかった。このとき時計を見ると下山を始めてから2時間半が経っているだけだったが、4時間は経過しているとしか思えなかった。もう15時になっており、もたもたしていると暗い中を歩くことになりかねないので、すぐに沢沿いを歩き始めた。そして直後に見たのは「蕎麦粒山」の文字だった。そこから蕎麦粒山への登山コースが始まっていることを意味するもので、どうやら往路では、この標識を見落としてしまったようだった。その僅かな見落としで、これほどの苦労になるとはと、そのあまりの差には言葉も出なかった。そして暫し呆然自失の状態で佇んでいた。もう後は朝に歩いた沢沿い道をひたすら戻るだけだったが、無事に戻ってきた幸運を思ったり、蕎麦粒山に登れなかった不運を思ったりと、様々な考えが頭の中をかけ巡った。この日、名古屋の宿泊先に戻って自分の体を見ると、顔も手足もひっかき傷だらけだった。そして体重は3kg減っていた。翌日からが一段とつらかった。体の緊張が解けたのか、体全体がきしむほどの痛みで目が覚めた。
 下山後に知ったのは、このとんでもない山が五蛇池山と名の付く山で、沢沿いを突き詰めてから尾根を登るコースがあること、そして山頂には三等三角点が置かれていることなどだったが、今はひどい体験の記憶も薄れ出しており、ただただ蕎麦粒山の毅然とした姿を思い出すだけだった。
(2006/11記)(2022/8写真改訂)
<登山日> 2006年10月15日 9:10林道終点スタート/10:44沢を離れて山肌に取り付く/12:05〜30五蛇池山/15:00沢に下り着く/16:30エンド。
(天気) 快晴、澄んだ空で、森の光が美しかった。朝の気温は13℃と低くは無く、昼が近づくと気温は上がって少し暑さを感じる。北の空には雲が少し出ていたが、快晴は終日続いた。
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大谷林道を進んでいると、快晴の空の下に蕎麦粒山が眺められた この日は快晴 大谷林道終点からスタートして蕎麦粒山を目指したが はっきりとした登山道を進むも、目印はや標識は全く見なかった
少し草深いコースだったが、道なりに進んで行った 周囲は樹林帯で、なかなか展望は現れなかった 沢沿いの小径を1時間ほど歩くと、前方に小蕎麦粒山の頂が現れた
小蕎麦粒山の頂を見る 沢沿いの木々に光が当たると、緑が鮮やかだった 優しげな風景の中を歩くも、登山口は現れなかった
ときに沢の中を歩くようになった 道が不確かになったことで、コースを外していることがはっきりした 沢筋を離れて登り易そうに見えた右手の斜面を登って尾根に出ることにした
始めは易しく登って行けた 途中までは自然林を愛でていたが、その先で猛烈なシャクナゲのヤブが待っていた 遅々と進まぬヤブコギを続けて漸く中腹を過ぎると、北西に見えてきたのは小蕎麦粒山だった
(←)
山頂が間近になる
と、一気に展望が
開けた 蕎麦粒山
はずいぶんと遠か
った
 
 (→)
  蕎麦粒山は、ひた
  すら美しかった
山頂に立つと、蕎麦粒山の左手にも展望が現れた                       下山中に滑落をしてしまった そこから見た小蕎麦粒山は泰然としていた
途中からは沢筋に下りられるコースを見つけた 沢沿いを歩き始めたとき、右手に小さな標識を見た その標識は蕎麦粒山の登山口を示すものだった