岐阜県の北部となれば飛騨地方。その飛騨の最奥に合掌集落で有名な白川村があるが、白川村は登山のことで言えば、白山の岐阜県側の登山口になっている。その白山は大きな山だけに多くの尾根が派生しており、その尾根には2000m級のピークが幾つも散見出来て、両白山地の名のもとに魅力的な山域になっている。但し、笈ヶ岳のごとく登山道を持たない山が多くある。その中にあって三方崩山は国道156線のそばにあって登山道もはっきりしており、名古屋圏内から日帰りが十分可能なことで人気の山になっている。但し東麓の平瀬集落からのコースは山頂との標高差が1400mを越えており、決して易しいとは言えず、健脚向きの山として紹介されていることが多い。その標高差に魅力を感じて、三方崩山に向かったのは2006年9月の快晴の日だった。
朝の名古屋の空は晴れてはいたものの雲の多い空だったが、東海北陸道を北に向かうにつれ雲は少なくなり、郡上市を過ぎると雲一つ見られない快晴の空が広がって来た。東海北陸道を荘川ICで降りると、後は国道158号線から156号線へと入る。その国道156号線で御母衣湖の西岸を走り出すと、行く手に白い頂を持つ高度感のある山がちらっと見えた。その方向からそれが三方崩山と思えた。白く見えるのは山頂一帯が崩壊して地肌が見えているためと思えた。車が御母衣湖を過ぎて平瀬集落に入ったとき、「三方崩山登山口」の小さな標識を見た。思わず通り過ぎるところだった。その標識の位置から山中へと林道が始まっていた。少し荒れ気味の林道で、無理をすれば進んで行けそうだったが、標高差のある登山を楽しむが目的の一つだったので、車は林道を200mほど進んだ所にあった駐車スペースに止めることにした。車を降りると気温は14℃と少しひんやりとはしていたが、清々しい空気が広がっていた。林道を歩き始めると、荒れ気味だった林道は登るほどにむしろ良くなって舗装部分も見られた。その林道歩きの途中で車に追い抜かれたが、どうやら林道終点まで向かう車と思われた。その少し退屈な林道歩きは20分ほどで終わり、林道終点に着いた。そこには4台ほどの車が止まっていた。標識があり、「山頂まで4.8km」と記されていた。この林道終点が登山口となっているようだった。そこには水路用のトンネルがあり、その脇にコンクリートの階段が見えた。その階段が登山道の始まりだった。階段を登り始めると階段はすぐに終わって小径に変わったが、意外と草深くなっていた。ひっつき虫の草も多く、その草を足で押しのけながら登って行くと程なく草ヤブは無くなり、ごく自然な山道へと変わった。道は山肌をつづら折れで続いており、道なりに気楽に登って行った。ひんやりとした空気が登って行く分にはちょうど良い感じだった。周囲は雑木林だったが、道が尾根を辿り出すとその雑木にブナが目立つようになった。そして程なくブナ林が周囲に広がった。ブナ林が朝の光に照らされて目を見張る美しさだった。やがて尾根が北西へと向きを変えると傾斜は緩くなり、ぐんと歩き易くなった。美しいブナ林を見ながらの楽しい登りとなった。足下にはブナの実がいっぱい落ちていた。標高にして1400mが近くなって「山頂まで2.8km」地点を過ぎると、四等三角点(点名・泉)が現れた。その三角点を通過した辺りより急坂が始まった。ロープが張られており、そのロープに掴まりながら登って行く。その急坂はけっこう長く足を踏ん張っての登りだったが、涼しい空気のおかげで一気に登って行けた。その急坂は雑木のトンネルのようになっていたが、登るほどに雑木にダケカンバが現れ、木立の丈が次第に低くなって来た。そして前方に空が見えて来た。その空が広くなってきたと思ったとき、雑木のトンネルから抜け出した。そして一気に明るい空の下に出た。そこに見えたのは地肌を荒々しく見せるピークで、それが三方崩山だった。そう遠くには見えなかったが、まだ標高差は400m以上残っていた。展望も一気に開けて、南東の方向には御母衣湖が見えており、その彼方には御嶽山が真っ青な空の下に現れていた。その展望につられて漸く一息つくことにした。そこからは木々は灌木と呼べそうな低木になり、陽射しを浴びながらの登りとなった。それまでの木陰は15℃ほどだったが、陽射しの下では20℃を越えていそうで、一気に暑さを感じるようになった。そして尾根は痩せ尾根となり、岩場が現れたり崩壊地が現れたりと慎重さを要するようになった。但し厳しい所にはクサリやロープがあって、危険な感じは少なかった。むしろ展望が良く尾根に変化もあって楽しい登りと言えた。ただ急坂には変わりなく、足はじんわりと疲れて次第に歩度が鈍って来た。それにしてもこの日は素晴らしい天気で、空気は十分に澄んでいた。展望は東の方向が良く、御嶽山の左には乗鞍岳が、そして北アルプスの尾根が続いていた。北東方向に小さな湖が覗くようになったが、どうやら鳩谷ダム湖のようである。そうなるとその北の開けた所に見える集落が白川郷ということだろう。その展望を愛でながらの登りだったが、山頂が近づくにつれ、小さなピークを幾つか越すことになり、そのアップダウンでいっそう足が疲れて来た。最後は平らな稜線から少し離れてトラバースの形で歩いたが、もう足は十分に重くなっており暫く休みたい気持ちとなった。それでも目前の山頂を見て最後の一踏ん張りの気持ちで休まず歩を進めた。そして歩き始めてから3時間少々での山頂到着となった。山頂は意外と狭く、10人も休めばいっぱいになりそうな広さだった。その狭い山頂に2組5人の先着者が休んでいた。そのうちの一組にいた女性の声の大きいこと。もうハイテンションになっており、他の山のことを大声でのべつまくしたてていた。その声の大きさに辟易して、すぐに山頂を離れた。向かったのは西の方向で、そちらはクマザサのヤブだったが、30メートルほど下ると声も聞こえなくなったので、ササヤブのばらけた所で漸く休憩とした。山頂に求めるのは展望と静けさなので、騒がしいグループは大迷惑なものである。そのヤブの中で昼食を済ませ、少時横になって疲れを癒した。そこからは木々を通してだったが、西向かいの奥三方岳や白山から別山にかけての尾根が眺められた。1時間ばかり休んだところで山頂に戻ってみると、単独登山者が一人いるだけで静かな山頂に戻っていた。その単独登山者もすぐに下山したので、後はパートナーと二人だけで静かな三方崩山の山頂を楽しめることになった。展望は西半分は木々に閉ざされていたが、東半分はすっきりと開けており十分に開放感のある山頂だった。ただ昼を回って澄んだ視界も幾分白っぽくなっていた。また御嶽山や乗鞍岳は雲に山頂を隠されていた。それにしてもこの三方崩山は白山から延びる支尾根上のピークなので、ぜひ山頂から白山を眺めたかったが、そちら側は樹林となっていた。それでも木々を通して奥三方岳の肩に白山の山頂がちらりと覗いていた。何とかそちらがよく見えないかと辺りを探ると、大きなダケカンバが目に付いた。そのダケカンバがけっこう登り易く、太い枝の上に立つと、奥三方岳がすっきりと見えるだけでなく、白山から別山にかけての尾根も眺められて少しは満足出来る風景を得た。青い空と静かな山頂、アルプスまでも見える展望に少々険しい登山道と、この三方崩山も良い山だったとの思いで下山へと向かった。往路を辿っての下山だった。午後の尾根には涼しい風が吹いており、陽射しを和らげていた。そして天気は相変わらずの快晴で、大展望を楽しみながらの下りだった。登山口に戻り着いたのは、まだ明るい午後の3時半だった。そこで車を北へと走らせて、白川郷の観光を楽しんだ。そして最後の仕上げとして大白川温泉「しらみずの湯」で汗を流して、充実ある一日を締めくくった。
(2006/9記)(2010/6改訂)(2022/4写真改訂) |