◆ TAJI&HM の 兵庫の山めぐり <岡山県の山> | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
富田松山 とだまつやま | 209m | 備前市(岡山県) | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
1/2.5万地図 : 片上 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
【2014年2月】 | 2014-13(TAJI&HM) | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
浦伊部地区より 2014 / 2 |
備前市の片上地区は片上湾が大きく入り込んでおり、その一番奥の東岸側に、いかにも城山の姿に見える小ぶりの山が佇んでいる。それが富田松山で、調べてみるとやはり城跡(富田松山城跡)が山上にあることが分かった。また北東麓側から登山道が始まっているようだった。そこで低山散策は冬の季節が良かろうと、2014年の2月に向かった次第だった。 この日の天気予報は雲が多いとなっていたが、雲が多いだけでなく、霧雨がときおり降ってくる天気だった。ただ雲が薄れて陽射しの現れるときもあり、そのときはお天気雨の状態になった。その天気の中を日生地区を過ぎて、片上地区へと入って行った。富田松山の北麓側に近づくと、まずは駐車場所を求めた。山裾を巡る細い道に入って東へと進むと、登山口標識が現れた。そこを過ぎると広いグラウンドが現れて、その手前が駐車場になっていた。グラウンドに用事は無かったが、そこに駐車することにした。そこからのハイキングの様子は下の写真帳を見ていただくとするが、登山口までは1分少々の距離だった。登山口からは適度な登山道が始まっており、それを歩き始めたとき牛神社への小径が分かれた。神社の名に興味を持って枝道に入ると、牛神社はごく近くにあり、神社と言うよりも祠と言った方が正しい大きさだった。そしてそこに沢山の牛の置物が飾られていた。一見の価値ありだった。登山道に戻って山上を目指す。程良い歩き易さの登山道で、良く整備されているとの印象を受けた。案内標識も適度に立っていた。山上に出ると、そこからは城跡の範囲となり、まず東出丸跡に出た。そこは広く平らになっており、北に一段高く山頂の本丸跡が見えていた。山頂へは一度緩やかに下って登り返すことになり、ハイキングとしてもけっこう楽しめた。山頂の本丸跡は東出丸跡よりも更に広く平らになっており、ベンチも置かれて公園風でもあるので、休憩場所として悪くない所だった。また好展望の山頂でもあった。南は日生諸島や小豆島が浮かぶ瀬戸の風景で、西には熊山を北には観音寺山と、360度の眺望が楽しめた。霧雨がぱらついたりお天気雨になったりと不安定な天気だったが、虹が架かることもあって、それも悪くなかった。その山頂からの下山は、当初は往路を引き返すことを考えていたのだが、東出丸跡を過ぎて北斜面に入ろうとしたとき、東へとそのまま歩くのが下山コースと分かった。またそちらには雨乞い跡があるようだった。東へと尾根歩きを続けると、すぐに雨乞い跡に出た。そこはベンチヶ置かれて少し広くなっていた。そこを通過して更に東へと尾根歩きを続けた。一部でロープが張られていたが、概ね歩き易い道だった。また片上湾の展望もあった。道が更に歩き易くなったとき、尾根を離れて北斜面を下ることになった。その斜面の道は往路コースと比べると少しマイナー感は否めなかったが、麓が近づいたとき往路コースに合流した。結果として富田松山は周回で歩けると分かったことは良かった。そして富田松山に対して城跡の雰囲気を楽しめる山として、また展望を楽しめる山として好印象を持つことになった。 (2014/4記)(2020/12改訂) |
<登山日> | 2014年2月15日 | 10:22グランドの駐車場スタート/10:23登山口/10:26牛神社/10:48東出丸跡/10:55〜11:27本丸跡/11:32東出丸跡/11:38雨乞い跡/11:45尾根を離れる/11:57登山口/11:58エンド。 | |
(天気) | 薄いながらも黒っぽい雲が絶えず北から流れてきた。そして小粒の雨をぱらつかせていた。それでも薄い青空も現れて、陽射しを受けることもあった。ときにお天気雨の状態になった。暗い風景ながら、視界は悪くなかった。気温は樹林では8℃ほどで、山頂では10℃ほどあった。ただ北西から強い風が吹いていたので、けっこう肌寒さを感じた。 | ||
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