夏になると、一度は海で泳ぎたくなる。2009年もその予定でいたのだが、冷夏となって行きそびれてしまった。そこで2010年の夏こそはと心待ちにしていた。その2010年は7月半ばに梅雨が明けると、一気に猛暑が続くようになった。海水浴には絶好の夏だった。そこで勇んで出かけたのが7月の最終日、31日の土曜日だった。きれいな海で泳ぎたいと、向かった先は鳥取市の北東、岩美町の浦富海岸だった。但し海水浴は暑い盛りの昼からとして、午前に軽いハイキングを楽しむことにした。その山として選んだのが久松山だった。鳥取市の市街地に一番近い山で、南麓は鳥取城跡になっている。その城跡から登山道が始まっており、ガイド本によると30分ほどで山頂に立てるようだった。鳥取までの移動時間を考えると、一番無理の無い山のように思われた。
この日の空は青い部分が少なく、モヤ状の雲が浮かぶ空だった。どうも晴天とは言えず、薄晴れ程度の空だった。また空気は粘っこく、じっとしていてもじんわりと汗が出てきそうな蒸し暑さだった。どうみても海水浴には適しているが、ハイキングには不向きな天気だった。姫路から鳥取に向かうには、国道29号線ルートにしろ、国道373号線で岡山県を通るルートにしろ、3時間ほどかかっていたのだが、3月に鳥取自動車道が部分開通したため、ほとんどを高速道で走れることになり、2時間程度で行けることになった。難点は佐用JCTから先が片側一車線道路であることだったが、無料でもあるので、贅沢は言えないところだった。おかげで6時半に自宅を出ると、9時前には鳥取の市街地を走っていた。そして前方にお椀を伏せたような丸みのある小山が独立峰のようにして見えていた。一目で久松山だと分かった。もうそれを目指して近づくだけだった。その久松山の南麓に着くと、一帯は鳥取城跡となっており、久松山を含めて久松公園になっていた。大きな建物としており、県立博物館が建っていたが、そこの駐車場に駐車とした。まだ朝の時間帯とあって、あまり車は止まっていなかった。見上げるようにして久松山が眺められた。瀟洒な仁風閣を横目に城門を通って鳥取城跡に入った。まるで朝の散歩だった。二ノ丸跡に入ると、そこでは夏草を刈る作業が進められていたが、桜の木が多いようで、花見どきの賑わいが想像された。城跡からは南に広がる市街地が高台からの眺めとして見渡せられた。本当に市街地が間近なことが分かった。山頂への登山道は城跡の一角から始まっているだろうと、適当に東の高い位置へと歩いて行くと、その通りで、天球丸跡の一角に登山道が接していた。登山道はどこから始まっていたか分からなかったが、そこから登山道を登って行くことにした。登山道は木段として整備されていることも無く、ごく普通の山道として続いていた。合目の標識が立っており、小さな山なので、数十メートルごとに数字が進んだ。10分と登らず五合目に着いたが、この間に下山してくる人と、何度かすれ違った。みな手ぶらで、単に朝の散歩として登っているようだった。五合目には久松中坂台権現が建っており、そのそばにはベンチもあって、一休みには良い所だった。そこは少し風があったが、それまでが無風だったため、けっこう汗をかいていた。六合目、七合目と登るが、やはり下山者とよくすれ違った。それだけ鳥取市民に親しまれている山と言えそうだった。登山道が過度に整備されておらず、自然な感じで続くのは好感が持てた。その登山道が八合目を過ぎる頃より、少し急坂になってきた。空が少し薄くなったのか、陽射しを強く受けるようになった。最後は石段となって、そこを大汗をかいて登ると、山上ノ丸に出た。そこも城跡となっており、広く平らな部分は本丸跡のようだった。その本丸跡を小径は西へと続いており、西端が一段高くなっていた。
階段を登って、その最高点に立った。天守櫓跡となっており、狭いながらもちょっとした展望台だった。あいにくモヤの強い視界だったが、西から北にかけてが一望で、西には千代川の流れが、更に西に湖山池がごくうっすらと見えていた。北には鳥取砂丘が見えており、その先は日本海だった。その風景を暫し眺めていたところだったが、天守櫓跡に陽射しを遮る木陰は無く、風も無いため、立っているだけでじっとり汗ばんだ。そこで小時間で天守櫓跡を切り上げて、本丸跡に引き返した。そこも好展望地で、南に鳥取市街が広がっていた。意外なことに、そこには涼しい風が通っており、また桜の木陰もあって、最高点よりもずっと過ごし易かった。最高点でこそ人影を見なかったが、ここではまたちらほらと人を見るようになった。本当に久松山は人の訪れが多いようだった。薄ぼんやりとした鳥取市街を眺めながら暫し涼んだ後、下山とする。この下山での興味は、登山道の起点はどの位置かということだった。さっと下って30分ほどで城跡(山下ノ丸)に下り着くと、登山道は何と稲荷神社の中を通るようにして始まっていた。よく見ると神社のそばに標識が立っていたが、稲荷道から登山道が始まっていたとは意外だった。駐車場に戻って来たのは10時20分過ぎ。まだ昼には一時間以上あるので、余裕を持って浦富海岸へと向かった。50分ほどで着いた浦富海岸は砂浜が1km以上あるので、人の多い西地区は避けて、中央辺りで海水浴とした。水の透明度は高く、水温は適度。そして遠浅なのが良かった。数十メートル沖に出ても、十分に足が届いた。その上、砂の質がきめ細かいため、足の裏に優しかった。午後の時間を海で泳いだり、砂浜で昼寝をしたりと、ひたすらのんびりと過ごした。
(2010/8記)(2021/8改訂) |