鳥取兵庫の県境にある扇ノ山はなだらかな山容だけに長々と裾野を引いており、その中でも鳥取側はなだらかで、南西に延びる尾根は八東町を通る国道29号線の間近まで続いている。その国道29号線に近づく頃に、尾根の中で大きく頭をもたげているのが嶽山だった。
嶽山は「だけさん」と呼びそうだが、地図では「だけだん」とルビがふられている。好きな氷ノ山扇ノ山エリアの山であり、その名の響きに惹かれて向かったのは、新緑の季節となる2005年の5月14日のことだった。この日は5月にときおりある澄んだ青空が広がる日で、国道29号線から見えるどの山も新緑の美しさを存分に見せていた。その美しさは北に向かうほど冴え、戸倉峠に近づく頃はこの新緑の美しさに酔うばかりだった。そして鳥取県へと入っても、若桜の緑も変わらぬ美しさで迎えてくれた。そして嶽山へと向かうのだが、この山に関しての知識は全く持っていなかった。ただ地図を眺めて、山の南を通る林道からでも登ろうとしか考えていなかった。八東町富枝で国道29号線を離れて細見川沿いの車道に入った。それは県道37号線で、直進すれば扇ノ山の鳥取側登山口へと続く道だった。その県道を走り出すと、すぐに向かう方向に新緑に包まれて眩しいばかりに蒼い山が見えた。もう直感で嶽山と分かった。程なく山志谷集落に向かえる山越えの道が左手に分かれるが、そちらが県道37号線だった。県道側に入って山中へと向かうと、途中で目的の嶽山林道が右手に分かれた。嶽山までの距離を考え、また足慣らしの意味もあって、林道の起点から歩き出すことにした。その嶽山林道は舗装路で道幅もあり、一般道路と変わらなかった。ただ違うのは、ひたすら静かな山中だということ。そして道はなだらかなまま続いていた。新緑の美しさに足は軽かった。道路脇の木々が切れると、東山と鳴滝山の尾根が南の方向に見えることもあった。心楽しいままに歩いて行くと、30分ばかりで「ふれあい桜公園」に着いた。公園と言ってもちょっとした空き地に桜の木が植わっており、そこに小さな小屋が有るだけだった。小屋を覗いて見ると、山仕事の作業小屋と言った風だった。その小屋辺りが嶽山の南麓側で、山頂に一番近い位置になるのだが、登山道らしきものは見えなかった。そこで林道を更に進んでみたが、次第に嶽山から離れ出したので、小屋近くまで戻って再度登り易い地点を探した。そして目に付いたのが小屋に近い沢にあった赤テープの目印だった。林道の途中でも目にしたものだが、国土調査と書かれたテープだった。その赤テープは沢筋に付いていたが、そこは歩き難そうに見えたので、近くの登り易そうな山肌に取り付くことにした。それでもけっこう急斜面で、木に掴まりながら北方向を目指して直登すると、100mも登らず尾根に出た。そしてそこには赤テープが付いていた。どうやら沢筋の赤テープもそこに続いていたようである。そして赤テープは北に向かう尾根に続いていたのだが、その尾根にはその国土調査のためなのか切り開き道が付いていた。そこからはどうやらヤブコギをせずに済みそうだった。但し切り開き道のため、クマザサの切り株がけっこうあって、それを避けながらなので少々登り辛い所もあった。始めは木々に包まれた尾根だったが、標高にして700mほどになると、東側の山肌が若木の植林地に替わって、東の展望が現れ出した。その展望も初めのうちは成長の早い木に視界を妨げられがちだったが、登るほどに植林は低くなり、どんどん展望が良くなった。東に大きく見える山は陣鉢山で、その右肩に氷ノ山が覗いていた。そしてそこから南には県境尾根が長く続いて三室山へと至っている。三室山の西にはくらます、東山と若桜の高峰が勢揃いだった。新緑にこの展望、そして澄んだ空に涼しい風と、五月の季節は本当に良いものだと思った。尾根は一度緩やかになったが、すぐにまた急尾根となった。ただ切り開き道はありがたいもので、周囲は厳しいクマザサ帯なのだが、すんなりと登って行けた。そして急坂を登りきって山上に出た。そこはクマザサが広く刈られており、松の大木が散見出来た。どうやら三角点ピークの東隣のピークに着いたようだった。展望は周囲を樹林が占めているので良くは無かった。すぐに三角点ピークのある西の方向へと向かった。その方向にも道は続いており、平坦なだけにプロムナードと呼べそうな歩き易い道だった。そして5分と歩かないうちに三角点ピークに出た。そこも木やクマザサが切られて広々としていた。そして昼の陽射しがいっぱいに注いでいた。ただ先ほどのピークと同じく周囲を高木が囲んでおり、展望は無かった。かろうじて北の方向に木々の隙間から扇ノ山の山頂が覗いているだけだった。本当に静かな山頂で、聞こえるのは鳥の声のみだった。若葉の輝きを見ながら、しみじみと嶽山の山頂を味わった。ただせっかくの山頂で展望を楽しめないのは寂しいと、少し一帯を探ってみることにした。そして東ピークとの間で扇ノ山をわりとすっきり見ることが出来た。また東ピークの付近でも、扇ノ山からこの嶽山に続く尾根を眺めることが出来た。下山は、登ってきた道を戻ったのだが、急坂なのでどんどん下れ、35分ほどで林道に下り着いてしまった。嶽山林道は無理なく走れる林道なので、「ふれあい桜公園」まで車を進めれば、嶽山登山は往復2時間ほどとなり、手頃に楽しめそうだった。
(2005/5記)(2012/5改訂)(2022/6写真改訂) |