岡山を代表する山をベスト3として数えれば、後山と那岐山、そして上蒜山となるのでは。その三山のうち、冬山として登っていなかったのが上蒜山だった。その方面に行くのなら、どうしても大山に目が向いてしまい、上蒜山は横目で見るだけだったのだが、上蒜山に登るのも面白いのではと思えたのは、2011年に入ってのことだった。中国道、米子道と乗り継いで走ればさほど時間はかからないので、日帰りの出来る雪山として無理のない山と言える。
向かったのは3月12日の土曜日のこと。前日は雨だったが、この日は晴れの予想だった。青空を期待して自宅を出たのは、まだ早朝と言える6時半。空を見ると、青空と言えるものの薄晴れに近い空で、どうも快晴でも無さそうだった。中国道を西へと走り、落合JCTで米子道に入った。薄晴れだった空は薄曇り程度となっており、薄い青空も少なくなっていた。米子道では路肩に雪が見られるようになり、蒜山ICが近づくと、真っ白な大山が眺められるようになった。蒜山三座も十分な白さだった。蒜山ICを降りて国道462号線から県道422号線に入る。県道を東へと走るが、車道は路面こそ十分に除雪されているものの、路肩の部分は雪が50センチ以上は積もっていた。この日考えていたルートは、塩釜冷泉からの登山コースで先に中蒜山を登り、そして県境尾根の縦走で上蒜山に向かう。上蒜山からは上蒜山スキー場に下山しようというものだった。県道から塩釜冷泉への道も除雪されており、塩釜ロッジの前に着くと、ロッジの許可を得て広い駐車場の片隅に駐車とした。登山口は塩釜冷泉のそば。てっきりトレースが付いているものと思っていたのだが、トレースは無かった。今週こそはトレースのある雪山を登れると思っていたのに、思惑は外れたようだった。登山口からたっぷり雪があるため、スノーシューを履いて歩き出した。始めは林の中を歩いて行く。自然林の裸木が広がる風景は優しく、また新雪は少ないためごく気楽な感じで歩いて行けた。程なく林を抜けると、正面に中蒜山が現れた。すぐにはそちらに向かわず、一度右手の方向に歩いて行くことになった。一合目の標識が現れて、北へと向かい出す。少し歩くと、一帯はすっかり雪面の広がる風景となり、先ほどよりも更にすっきりと中蒜山が眺められた。ただ登山コースがどこやら全く分からなかった。正面の中蒜山を見ると、二つの尾根がこちらに延びており、どちらの尾根でも登って行けそうだった。その二つの尾根を見て、左手となる山頂のそばから南へと延びる尾根の方が取り付き易そうに見えた。無雪期なら登山コースを辿るべきだが、雪の季節は無理に登山コースを追わなくてもと考えて、左手の尾根を目指すことにした。歩くうちに再び林の中に入った。その林の中を歩き易い所を選んで歩くが、新雪の量が増えてきて、スノーシューでも20センチばかり潜るようになってきた。どうやらまたラッセル登山になるようだった。ほぼ平坦地を歩いていたのだが、次第に山すそへと近づいて緩やかな斜面を登るようになった。そして斜度が増してきた。そこで左手の尾根に出ることにした。もう尾根は近く、50メートルほど登るだけだったが、けっこう急斜面の上に深々と新雪があって、すんなりとは登って行けなかった。難儀して尾根に出ると、そこは疎らな雑木林で、始めは緩やかな傾斜だった。新雪も少なく、少しは楽に登れるようになった。ただそれも長くは続かず、次第に急角度になってきた。山麓で見たときよりも傾斜はきついようだった。また新雪も増えてきて、再びラッセル登山になった。ただこの尾根を登りきった位置が中蒜山の山頂なので、登ることだけに意識を集中した。尾根に出たときは上空には薄い青空が広がり出す気配があったのだが、登るうちに薄晴れとなり、更に薄曇りへと変わってきた。やがて稜線が見えるようになり、山頂の避難小屋も望めるようになったが、まだ距離があった。場所によっては木に掴まりながら登る。急角度だけに背後には展望が広がって、白い蒜山高原が一望だった。遅々とした歩みながらも一歩一歩を丁寧に登るうちに、木立が減って雪面が広くなってきた。そして右手が急斜面となって雪庇が見られるようになった。その雪庇になるべく近寄らないようにしながらも、ときにそのそばを歩くこともあった。最後はほとんど木立は無くなり、すっかり雪面の広がる中を山頂に着いた。2時間はかからないと見ていたのだが、新雪に難儀させられたことで2時間半かかっての到着だった。その山頂に立って、一気に冷たい風を受けるようになった。気温は2℃まで下がっており、身を切られるような冷たさだったが、その風の中、目に飛び込んできたのが上蒜山の姿だった。雪を纏って骨格が一段と鋭くなったようで、蒜山三座の盟主にふさわしい堂々とした姿だった。その上蒜山へと次は歩いて行くのだが、パートナーがここまでと言い出した。この中蒜山の登りでけっこう疲れただけでなく、上蒜山のアルプスの山と見間違うばかりの迫力に、怯んでしまったようだった。雪山を無理強いは出来ないので、そこで間近に見えている避難小屋にパートナーを残して、こちら一人で上蒜山を目指すことにした。まずは避難小屋で一休みとする。その避難小屋に入るのが一苦労だった。扉の前に高く積もった雪をスノーシューで何とか崩して、中に入ることが出来た。その避難小屋のそばからは下蒜山もすっきり見えていたが、そちらは少し離れて見えていた。また南に向かっては広々と展望があり、足下には蒜山高原が広がっている。そしてそれを取り囲む山並みが一望だった。ただ視界はモヤがかっており、うっすらとした見え方になっていた。一息入れたところで、パートナーと別れて上蒜山へと向かった。中蒜山に着くまでもトレースは無かったが、県境尾根にもトレースは付いておらず、これからも自分でトレースを付けて行かなければならないようだった。ただ展望の良い尾根なので、見えている尾根筋を辿ればよいだけなのは気分的に楽だった。始めに低木帯を適当に抜けると、上蒜山山頂までがすっきりと眺められた。下り坂とあって、無理のない尾根歩きだった。雪も新雪は風に飛ばされたのか少ないようで、スノーシューはあまり潜らなかった。風も中蒜山を離れると和らいでくれたのは良かった。それにしても雪の上蒜山はピラミダルな姿を見せており、それをこれから登って行くのかと思うと、気の引き締まる思いだった。鞍部までは楽々と来れたので、その先もと思っていると、上蒜山の登りにかかり出した途端、新雪が増えてきた。再び一歩一歩が潜ることになった。前方は急斜面になっており、一歩ごとに力を込めて登って行かなければならないので、また遅々として進まない登りになってしまった。振り返って見る中蒜山は大らかな姿を見せていたが、見上げる上蒜山はあくまでも鋭い姿だった。また尾根筋は雪庇が出来ているので、注意が必要だった。但し痩せ尾根のために斜面に回避するわけにもいかず、どうしても尾根筋を辿ることになった。振り返るとラッセルした自分のトレースがずっと続いている。急斜面では何度か登っては滑るということがあり、雪を踏み固めながら登った。気持ちを和らげてくれるのは周囲に広がる風景で、裸木の自然林を眺めたり、尾根が緩んだときはザックを下ろして中蒜山を眺めたりした。上空を見ると薄く青空が広がり出しており、天気が良くなっているのはうれしいことだった。登るほどに急斜面になって行くようで、歩度は更に落ちて、山頂が目の前に見えているのに、なかなか近づかなかった。とにかく一歩一歩を運ぶのみで、漸く山頂に出たときはほっとしたが、そこは山頂の東端で、最高点まではまだ少し距離があった。更にその先に三角点ピークと続くので、安堵とまではいかなかった。雪も相変わらず新雪が深くて、潜りっぱなしの状態が続く。ただうれしかったのは最高点の右手に真っ白な大山が見えたことだった。大山を見たさに上蒜山に向かったと言えなくも無く、見えてちょっぴり感激した。ただすぐに見えなくなってしまったが。漸くの思いで最高点に着いたときは、中蒜山を離れてから70分が経っていた。ここに着いて漸くトレースに出会えたが、それは上蒜山スキー場からのコースのもので、この先の三角点ピークへは続いていなかった。山頂に着いただけで、引き返したようだった。その山頂は木立に囲まれて展望は良いとは言えず、特に大山は見えなかった。その先の三角点ピークまで歩けば見えるだろうと、そちらまで歩くことにした。山頂に立ったことで気分的に少しは楽になったものの、時計は既に14時が近づいていた。下山の時間が気になったが、上空は薄いながらも青空となっていたので、その下でぜひ大山を見たかった。そこで休まず歩いて行く。その先の下りで大山がちらりと見えたが、またすぐに見えなくなった。そして着いた三角点ピークも、意外と展望が良くなかった。尾根はまだ緩やかに西に続いており、今少し歩けばすっきりと見えるのではと思えた。そこで予定外に歩くことにした。更に下山時間が遅くなることになったが、大山を見るまではの思いだった。更に7分ほど歩くと漸く大山が現れたが、すっきりとした見え方では無く、木立の間を通してだった。どうも上蒜山の山頂付近は、意外と大山の展望は良くないようだった。それでも斜面を少し下るとまずまずの眺めが得られて、大山については満足することにした。後は下山である。ここまで来ればぜひ上蒜山スキー場に下りたかったが、中蒜山の山頂にパートナーを残しているので、中蒜山に引き返すしかなかった。その帰路は楽だった。自分のトレースを歩くだけの上に、雪の急斜面は下るとなると易しく、どんどんと言った感じで下れた。そして中蒜山への登りは緩やかな道なので、歩度を落として丁寧に踏み跡を辿れば、きつい感じを持つこともなく登って行けた。この帰路の間も天気は良くなり、陽射しに雪面が明るく照らされていた。中蒜山山頂が近づいて潅木帯に入ると、程なく小屋が見えてきた。そしてパートナーが外で待っていた。中蒜山の山頂に立って、こちらの歩く姿を見ていたとのことだった。合流して一息入れたところで、下山を始める。上蒜山から戻って来るのが案外と早かったので、まだ15時半を回った時間だった。これなら何とか明るいうちに下山出来そうだった。下山もトレースを追って、登って来た南尾根を下ることにした。但し、その尾根の入口には「下山禁止」の標識が立っていた。登山コースとしては南東尾根コースだけと決めてのことか、それともこの尾根が急傾斜で危険とみてのことかはよく分からなかったが、雪山ということで植生への影響も少ないと見て、そのまま下山して行くことにした。南の方向を見ながらなので、始めは蒜山高原の大展望を楽しみながらだった。そのうちに急斜面部に入ったところ、スノーシューがじゃまに感じ出した。そこで途中からはツボ足で下ったのだが、今度は潜り過ぎることになって痛し痒しだった。そのツボ足で苦労しながらも、下り坂とあって尾根をどんどんと下って行った。そのとき、こんなに速く下っていけるのなら、このトレースのある尾根にこだわらず、登山コースになっている南東尾根を下っても良かったのにと気が付いたが、後の祭りだった。とにかくツボ足のまま下って、山すそへと下りて行った。そして傾斜が緩くなったときに、再びスノーシューを履いた。雪原部に出ると、朝と同様にすっきりと中蒜山が眺められたが、朝と違って明るい中蒜山だった。そして光は夕方の色が濃くなり出していた。それにしても一週前の沖ノ山も長時間登山となって陽が沈んだ後に下山を終えていたが、この日もすっかり夕暮れになってしまった。西を見るといま少しで太陽が山ぎわに届こうとしていた。二週前の東床尾山の登山も夕方が近くなっての下山だったので、三週連続での長時間の雪山登山と言えそうで、これも雪山が好きでないと出来ないことだと、自分で自分に感心しながら塩釜冷泉へと近づいて行った。
(2011/4記)(2020/8改訂) |