鳥取若桜の山には新緑に合わせたかのように4月後半から5月前半にかけて毎年のように訪れているが、2007〜2008年にかけての冬は雪が多く、そこで雪山としても楽しみたくなった。ただ無雪期でも登山道のはっきりしない山が多く、どの山でも簡単にとはいかない地域だった。その中で比較的登り易そうに思えたのがくらますだった。このくらますには新緑の候に西側から三度ほど登っていたが、山の形が単純なので尾根を迷うようなことも無く、急斜面を我慢強く登りさえすれば登山としてはさほど難しい山では無かった。そこで雪山としてもその西側からのルートで登ることにした。その西側には地図では1000m辺りまで破線路が書かれているが、車が走れる作業道としてはそこまでは通じていない。その作業道を終点まで歩いて、後は山頂へと急斜面を一気に登って行く考えだった。
向かったのは2008年3月の第三土曜日。兵庫全域と言わず広く中国、近畿圏で快晴の日だった。雪が多いと言っても三月の半ばとあって、国道29号線も音水湖を過ぎてから漸く路肩に雪が見られるようになった。そして新戸倉トンネルが近づいて一気に増えて来た。若桜町に入ると路肩だけで無く周りの山肌にも多く雪が残っているのが見られた。岩屋堂から吉川集落への道に入ると、田畑はまだすっぽりと雪に覆われていた。車道をどこまで進めるのだろうかと南に向かって走って行くと、集落の外れとなる農場で止まることになった。何のことはない、人の住む範囲だけ車が通行出来て、その先の沖ノ山林道は入口から全く除雪されていなかった。林道はいきなり50センチ以上の雪で総て覆われていた。そこで車は林道入口の路肩に止めることにした。そして最初からスノーシューを履いて歩き出した。雪はすっかりザラメ雪になっており、スノーシューは少し潜るだけで無理なく歩いて行けた。林道が畑地の横を過ぎて山頂に向かい出すと、東にくらますの山頂が見えて来た。その山頂は朝の光を受けて逆光で見えていたが、山頂付近の木々が霧氷で白くなっているのが分かった。ヘンブ谷川に沿って続く沖ノ山林道を20分ほど歩くとくらますの西を走る作業道が分かれた。その作業道に入ると雪はもう1メートルほどになっていた。作業道に入って傾斜は増したもののさほど潜ることも無く、歩くのは順調だった。そして歩き始めてから1時間で車道の終点に着いた。そこから登山コースの目印があるわけでもないので、若木の植林の中を山頂方向に向かって適当に登った。木立のそばは潜る恐れがあるので、雪の多そうな所を選びながら登って行くと、はっきりしないながらも尾根筋が見えてきたので、その尾根を登って行くことにした。程なく植林帯を抜けて広い雪面に出た。本来はクマザサが広がっているはずだが、それがすっかり雪の下になっていた。展望も一気に現れて、西に真っ白な山が望まれた。東山(とうせん)だった。東山から南に延びる尾根も一望で、しかも上空は真っ青な空だった。白い山と青い空。まさに雪山をいま登っている実感だった。ただ陽射しを遮る物が無いので一気に暑さを感じた。汗もどっと出て来た。その雪面をゆったり登って行ければ良かったが、傾斜がきついため一歩一歩踏みしめながら登ることになった。その雪面を数十メートル登って雑木帯に入った。雑木帯では更に傾斜が増して、木に掴まりながら登ることになった。木のそばとあってときおり雪を踏み抜いた。その雑木帯が長々と続いた。けっこう足を踏ん張ることになったが、我慢強く登るしかない。パートナーは少し遅れ気味で、20メートルほど離れて付いてくる。その雑木帯を抜けるとまた雪面が広がった。そこもクマザサ帯なのであろう。ずっと急斜面が続いていたが、その雪面を少し登った頃より漸く傾斜が緩くなってきた。そこで雪面に出ている岩の上で一休みとした。西向かいには東山だけでなく沖ノ山も山頂を覗かせていた。そして南は兵庫との県境尾根が空を画していた。その休んでいる位置からは山頂はもう間近く見えていた。朝に林道から見えていた霧氷は暖かさですっかり落ちてしまっていた。その休憩している辺りもよほど暖かいのか雪が溶けてクマザサの見えている所があった。陽射しには暑さを感じるほどで、体感温度では15度は越えているのではと思えた。そこよりまた雑木帯に入った。そこもやや急坂になっており、そこを抜けると山稜に出た。もう山頂とは20メートルと離れていなかった。その山頂もすっかり雪に覆われていたが、そこにワカンの跡が付いていた。それまでのルートでは動物の足跡しか見ていなかったため、トレースのあることは意外だった。それもこの日に付けられたものだった。ただ既に下山したのか、山上に人影は見えなかった。その山頂に待っていたのは思いっきりの展望だった。雪の無い季節でも展望は悪くなかったが、雪のため1メートルは高い位置から眺められることになった。真っ青な空の下、西には東山と沖ノ山が並んでおり、その間には遠く大山が覗いていた。北には氷ノ山がひときわ大きく、その氷ノ山から東へ、そして南へと兵庫と鳥取の県境尾根が続いていた。その中で一番大きな山は三室山だった。その大展望を眺めながらパートナーと二人して昼どきを過ごした。その二人が珍しいのか、そのときトンビが飛んで来て、十メートルほど上空で何度も旋回していた。山頂に着いてほんの少し冷たい風が出て来たが、それでもTシャツでも過ごせそうな暖かさは何とも快いもので、そこで食後は山上ハイクを楽しむことにした。このくらますには北側に一段低いピークがあるが、そこはクマザサ帯とあってすっかり白くなっているのが分かった。その北隣のピークへと歩いて行った。山頂で見たワカンの跡もそちらから来ていた。その北ピークへ向かうときブナ林を抜けるのだが、その冬枯れの佇まいも悪くなかった。ブナ林を過ぎると広々とした雪面の北ピークが現れた。その北ピークの背後には氷ノ山が両翼をいっぱいに広げた姿を見せていた。まるでそこはスノーハイクを楽しみなさいと言わんばかりの山上広場だった。もちろんパートナーと二人して雄大な展望を背景に、ひととき山上ハイクを楽しんだ。くらます山上を十分に楽しんだ後は下山だったが、下山はトレースの付いている北ピークから北西に延びる尾根を下ることにした。地図を改めて見て、その北西尾根を978m標高点まで下ってそこから西へと別の尾根に入れば、ちょうど駐車地点に下り着けそうだった。その北西尾根は登りの急坂コースと比べると緩やかで、しかもちょうど東山を見ながらの下りで、展望としても悪くなかった。真っ白な東山を改めて眺めると、その標高は三室山よりも高いとあって、堂々とした姿は迫力があった。また鋭角的な姿は美しくもあった。その東山が下るほどに近づいて来た。そして予定通り978m標高点で北西尾根を離れて南西へ向かう支尾根に入った。一帯は植林帯となり、尾根なりに下っていると途中から一気に雪が減って来た。西日が良く当たって雪解けが早かったようである。そこでスノーシューを脱ぐことにした。枯れかかったクマザサが疎らに生える尾根を下るうちに、今度は吉川集落が近づいて来た。もう雪は全く見られなかった。尾根は最後は少し分かり難くなったが、方向を定めて尾根を下りきると、そこは江浪谷川を挟んで駐車地点とは数十メートルと離れていなかった。
(2008/3記)(2021/10改訂) |