勝賀山は分県登山ガイドに紹介されている山で、それを見て本の紹介コースで登ろうと向かったのは、2024年3月8日のことだった。この日は3月と思えない寒い日で、木枯らしと呼べそうな強い風が吹く日だった。紹介コースはJR鬼無駅をスタート地点としていたが、その佐料コースの途中まで車を進めて適度な駐車地点を見つけることにした。県道33号線を離れて勝賀山に向かい出すと、上り坂となってきた。勝賀山の標識もあり、その上り坂の途中に現れたのが山田池だった。池からは勝賀山が良く見えており、石碑のそばに1台分の駐車スペースを見たので、そこに駐車とした。車中で昼食を済ませてから、勝賀山へと真っ直ぐ向かう車道を歩き出した。車道が交差する位置には標識が立っていたので、コースを外れる恐れは無かった。登るほどに車道は農道と言うか作業道となり、周囲にみかん畑が広がってきた。作業道のそばにも駐車出来そうなスペースをちらほら見た。展望の良い道で、振り返ると東向かいの浄願寺山が対峙していた。その作業道から登山道が分かれた。小さなゲートを通ることになり、「勝賀山登山道入口」の名が付いていた。ごく自然な登山道を登って行く。周囲は常緑樹林で、ゆったりと登って行けた。途中で道が二手に分かれると、直線の道を進んだ。登山口から13分で南尾根に合流した。その辺りは広くなっており、「猫びたい」と呼んでいるようだった。北へと登るようになると「猫の背」の痩せ道を通り、その先でやや急坂が始まって漸くしっかり登ることになった。そこは「馬がえし」と名付けられていた。馬がえしを越すと城跡のエリアに入ることになり、「登山道を外れないように」との注意書きを見た。そして登山口から24分で山頂到着となった。そこは本丸跡で、広く開けていた。中央には勝賀城跡の標柱が立っており、その横に小さな祠を見た。三角点は周辺の土塁上にあった。三等三角点(点名・勝ヶ山)だった。その城跡が強風の世界だったので、祠の近くに張られていたテント小屋の中で休憩とした。テント内には勝賀城跡に関する資料やパンフレットが置かれており、テントは勝賀山愛好家の基地になっているようだった。一息つくと、暫し強風の中で展望を楽しんだ。山頂から眺められたのは西から北にかけてで、瀬戸内海を挟んで対岸となる岡山県の玉野市辺りだった。その背後の尾根で目立っていた山は常山のようだった。山頂で休んでいたのは20分ほど。ピストン登山を考えていたので、下山は歩いてきたコースを戻るのみ。作業道まで下りて来ると、後は舗装路をずっと歩くのだが、常に前方に東向かいの尾根を眺めながらとなり、その展望を楽しみながらの下りだった。山田池に戻ってきたのは14時前。2時間ほどのミニハイキングだった。
(2024/3記) |