TAJIHM の 兵庫の山めぐり <香川県の山
 
天霧    あまぎりやま 382m 善通寺市・多度津町
弥谷    いやだにやま 381.5m 三豊市・多度津町
 
 
1/2.5万地図 : 仁尾
 
【2013年9月】 2013-77(TAJI&HM)
 
   善通寺市の大池より  2013 / 9

 天霧山と弥谷山は南向かいの善通寺五山から見ると、双耳峰と言ってよさそうな姿で眺められる。その天霧山と弥谷山のハイキングをガイドブックの「新・分県登山ガイド 香川県の山」が紹介しているが、JR予土線海岸寺駅からみの駅まで縦走で歩くコースとしているため、マイカー登山の対象にはなっていなかった。その両山をマイカー登山で訪れたいと地図を眺めたところ、どうやら弥谷寺を起点として天霧山までのピストンが良さそうに思われてきた。それを実行したのは2013年9月の秋分の日のことだった。連日晴天が続いており、この日も朝から快晴だった。但し視界はけっこううっすらとしていた。国道11号線を東から走って来ると、善通寺市の吉原町に入って上り坂になり、鳥坂峠の交差点が現れた。そこを右折して少し進むと弥谷寺の標識が現れたので、また右折とした。その先で弥谷寺への道が分かれたがその間近にあったのが道の駅「ふれあいパークみの」だった。弥谷寺の駐車場に車を止めてもよかったが、トイレ休憩もしたく、道の駅の駐車場に車を止めた。そしてそこを起点にハイキングを開始した。弥谷寺の本堂は山の中腹に建っていたため、石段登りが続いた。弥谷寺は四国八十八ヶ所霊場の一つとあって、古刹の雰囲気は十分にあった。弥谷寺の本堂前まで来て一休みとした。そこからは展望があって南の火上山辺りが眺められるも、モヤの強い視界のために薄ぼんやりとしか見えなかった。天霧山への登山道は本堂から先では無く、少し戻った位置より分かれていた。その登山道に入ると更に道は二手に分かれた。左手が尾根に出る道で、右手が弥谷越へのトラバース道で遍路道だった。ちょっと考えて尾根伝いで弥谷山に近づこうと、尾根に向かうことにした。やや急斜面を登って行くと、長くもかからず尾根に出た。弥谷山へはそこから尾根を東へと辿るのだが、西に向かっても尾根道が続いていたので、そちらの小ピークまで歩いてみることにした。地図を見ると326mピークで、そこに立つと展望があるのではと期待してのことだった。尾根は緩やかで周囲の木立が作る雰囲気は悪くなく、良い感じで登って行けた。ところが送電塔の建つピークに着いてみると、全く展望が無かった。ちょっと失望して、すぐに引き返した。弥谷山への尾根も雰囲気は良かった。ウバメガシなどの常緑樹が優しげな雰囲気を作っていた。弥谷山への登りにかかると少し急坂になり、目印テープに導かれるようにして登った。程なく山頂に着くと、そこには二等三角点(点名・弥谷山)があるだけで、周囲はすっかり樹林が囲んでいた。ここも展望の無いピークだった。小休止するつもりだったが、すぐに山頂を離れて東へと尾根道を下った。緩やかな下り坂で、下るうちに樹幹を通して天霧山が望めるようになった。そして右手よりトラバース道の遍路道が合流した。その合流点のすぐ先が弥谷越と呼ばれる峠で、弥谷山と天霧山との中間点と言えそうだった。そこには幾つか石仏が置かれており、左手に道が分かれていた。そちらが遍路道の続きで、多度津町の白方地区へと通じているようだった。こちらは天霧山を目指して尾根道歩きを続ける。少し進むと左手に送電塔の建っているのが見えたので、寄り道をすることにした。送電塔のそばに立つとうっすらとながら瀬戸の海が見えており、そこに浮かぶのは高見島のようだった。尾根道に戻ると、その辺りは緩やかな登り坂だったが、天霧山が近づくと一気に急坂となった。その急坂には「犬返しの険」と名が付いていた。その急坂を登り切って平坦になった所が天霧山の山頂だった。一帯は天霧城趾になっており、山頂が本丸跡だった。そこは展望は無かったが、まずは一休みとした。一段落ついたところで、北へと歩いて行った。いわゆる城跡散策で、三ノ丸跡、二ノ丸跡が現れて、その先もずっと城跡は続き、山頂から200mほど離れた所が方形郭跡だった。その方形郭跡には四等三角点(点名・天霧山)が置かれていた。そこは展望もあって、うっすらとした視界の中に善通寺五山が眺められた。一通り城跡散策を楽しむと、山頂の本丸跡へと戻った。そして弥谷寺へと下山を開始した。その帰路では弥谷山を通る尾根コースはとらず、弥谷越からは遍路道を歩いた。巻き道コースとあってアップダウンは少なく、また道幅も十分だった。そして遍路道らしく道そばには石仏が点々と置かれていた。但し薄暗い樹林の中を歩くとあってヤブ蚊が多くおり、それを振り払いながら歩くのは少々煩わしかった。弥谷寺の本堂側まで戻って来ると、後は道の駅へと石段を下って行った。道の駅に着いたのはちょうど昼の時間帯になっていた。そこは気温は31℃まで上がっており、厳しい残暑の世界だった。
(2013/10記)(2021/2改訂)
<登山日> 2013年9月23日 9:07道の駅スタート/9:23弥谷寺本堂/9:37尾根に出る/9:44[326m]ピーク/10:07弥谷山/10:25弥谷越/10:47〜55天霧山(本丸跡)/11:02天霧城跡方形郭跡/11:23天霧山(本丸跡)/11:40弥谷越/12:00弥谷寺本堂のそば/12:14エンド。
(天気) 快晴ながら、淡い色合いの青空だった。朝から気温は高めで、麓は26℃あった。樹林に入ると、24℃まで下がってきた。天霧山の山頂は27℃ほどあったが、涼しさのある風を少し受けた。晴天続きとあって、視界はうっすらとしていた。下山に入った頃より、上空に雲が増えてきた。樹林ではまた24℃と少し低めだったが、麓に戻って来ると夏ではと思える31℃の暑さだった。
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 道の駅「ふれあ
 いパークみの」
 からスタートし
 た

 弥谷寺に通じる
 道に向かった
その道には「天霧城跡登山道」の標識が立って
いた
少し登ると茶屋の前を通った 仁王門が現れた
弥谷寺の本堂はずっと先だった 金剛拳大菩薩像を見上げる 赤い手摺りの石段が長々と続く

 大師堂の前に出
 てきた

 本堂へと更に登っ
 て行く
石段を登り切ると天霧城跡に向かう道が分かれ
たが、ここは左へと本堂に向かった
たくさんの石仏が置かれた前を通ったが、石仏
の一つ一つにリンゴが置かれていた
本堂へと最後の石段を登った
弥谷寺本堂の前に立った 本堂の前からは南の方向に展望があった 本堂を離れて天霧城跡への登山道に入った
登山道は遍路道でもあり、石仏が置かれていた 遍路道を離れて、尾根に向かう小径を登って行く 尾根への道はごく細い道で、目印テープを追った
尾根が近づくと、歩き易くなってきた 尾根道に合流した 本堂から15分ほどだった すぐには弥谷山には向かわず反対方向に登った
326mピーク手前には送電塔(詫間東洋炭素
支線6番)が建っていた
326mピークに立つも、すっかり雑木が茂っ
ており、期待した展望は全く無かった
すぐに引き返した 鞍部へと戻るとき、前方に
弥谷山がちらりと見えた
尾根に着いた地点を過ぎて弥谷山へと向かった 送電塔(詫間東洋炭素支線5番)に出会った 尾根道の雰囲気は悪くなかった
キキョウの花を見かけたが、開いていなかった 弥谷山への登りにかかった 雑木林の中に目印テープが続く

 弥谷山の山頂に着
 いた 三角点周り
 は開けていたが、
 周囲は雑木が取り
 囲んでいた

   二等三角点(点名・
   弥谷山)を見る
すぐに山頂を離れて尾根道を東へと下った テングダケが陽射しを受けていた 樹間を通して東に見えたのは天霧山だった
別の登山道に合流した その道も弥谷寺からの遍路道と合流した 合流地点のすぐ先が弥谷越と呼ばれる峠だった
尾根道は緩やかに続いた 左手に隠砦跡への小径が分かれたが、そのまま
進んだ
前方に天霧山の山頂が見えていた
左手に送電塔が見えたので、立ち寄ってみるこ
とにした
送電塔(丸亀線21番)のそばに立つと、瀬戸
の海が望めた
送電塔の間から塩飽諸島の高見島がごくうっす
らと眺められた
尾根に戻って尾根歩きを続ける 雰囲気の良い
尾根道だった
天霧山の山頂が近づくと、急坂が始まった 急
坂には「犬返しの険」と名が付いていた
ロープを伝って登る所もあった

 尾根が緩くなると
 天霧城跡の雰囲気
 が出てきた

   山頂に着くと、そ
   こは広く開けてい
   た
山頂は本丸跡だった 北へと城跡散策を始めた ここは二の丸跡だった 三の丸跡は優しげな雰囲気が漂っていた
堀切があったり少し登り返したりと変化があった 方形郭跡まで歩いてきた 方形郭跡では四等三角点(点名・天霧山)を見た

 方形郭跡からは、
 南東に少し展望が
 得られた

 大麻山を大きく見
 る
引き返して、山頂に戻って行った 前方に山頂を望む 登山道上に咲くのはヤブランのようだった
戻る途中で善通寺五山を眺められる所があった 山頂(本丸跡)に戻ってきた
山頂を離れて「犬返しの険」を下る 雰囲気の良い尾根道を歩くようになった 左手に展望を得るときがあった
弥谷越に着いて、峠の石仏を見る この帰路では巻き道の遍路道を歩くことにした ほぼ平坦に道は続いた
遍路道らしく、ときおり道そばに石仏を見かけた 尾根へ向かう道が分岐する位置まで戻ってきた 弥谷寺本堂のそばまで戻ってきた
本堂には寄らず、石段を下って下山を続けた 仁王門の前に出ると、青葉が鮮やかだった 道の駅に戻ってきた