2009年の年末に正月休みの山行を計画したとき、登山として特に厳しさの無い地域、雪の少ない地域、そして晴れの期待出来る地域と三つの要素で検討した。地域として九州、中国、四国までしぼったものの、天気がはっきるする年末ぎりぎりまで決めかねた。ようやく28日になって決めたのが高知県だった。予定は30日からの2泊3日だった。その初日の山として選んだのが本山町の白髪岳だった。決め手は石鎚山系、法皇山系からは少し離れているので、雪が少ないと思われたこと。標高は1500m近くあって十分に登山として楽しめそうなこと。そして天然ヒノキの美林があることに興味を持ってのことだった。そのコースとしては新・分県登山ガイド「高知県の山」の紹介コースを登ることにした。本山町の冬ノ瀬から始まる奥白髪林道でアプローチするコースだった。
兵庫から高知までだと距離的に遠いと言うほどでもなかったので、30日は朝の6時に姫路市の自宅を離れた。山陽自動車道を走るうちに夜明けを迎えると、空は雲が少しあるものの、まずまずの晴れ具合だった。瀬戸自動車道を走って四国に入ったとき、法皇山系の山並みが眺められたが、雪でけっこう白くなっていた。白くなるまでの雪があるとは考えていなかったので、ちょっと心配になってきた。ただ白髪山はその山並みからは少し南に離れているので、それほどの雪は無いのではと思うことにした。9時前に大豊ICで高速を離れて、国道439号線を西へと走る。本山町の市街地が近づいたとき、北の空に白髪山が眺められたが、特に白くはなっていないようだった。そしてその上空には青空が広がっていた。この白髪山はこの地では有名なのか、案内標識を何度か目にした。その案内標識に従うように、吉野地区に入って汗見川沿いの県道264号線を北上して行く。この道はけっこう細く、車一台分の幅しかない部分が多かった。冬ノ瀬集落を抜けると奥白髪林道の入口にもちゃんと登山口の標識があって、迷わず入って行けた。但し距離はまだ7kmほどあった。林道は緩やかに続いており、このまま無難に登山口まで行けると思っていると、中間地点辺りより、路上にちらほら雪を見るようになった。あと3km地点を過ぎると、山かげの部分はすっかり白くなっていた。下りてみると雪は凍っており、ノーマルタイヤでは厳しい状況だった。そこで近くの空き地に車を止めて歩き出すと、また雪の無い所が現れた。そこで車に引き返して、今少し無理をして車を進めることにした。幸い道は緩やかなままであり、雪も5cm程度だったので、そろりそろりと車を走らせる分には危険な感じはなかった。あと2km、あと1kmの標識を過ぎて、そろそろ登山口が近いと思われたとき、小さな橋を前にして止まることになった。そこに大きな水たまりがあり、すっかり凍っていた。スリップすれば数十メートル下の谷に一気に落ちることになるので、さすがに進むのは諦めて、路肩スペースに駐車とした。次の心配は登山道のことで、路上ですっかり白いことから、ずっと雪の上を登って行くことが予想された。しかし持っていた靴は冬靴では無く、ロングスパッツの用意もしていなかった。ただ遠くから見て白く見えなかった白髪山なので、ラッセルになることは無いと思えて、3シーズン用の靴でも無理では無いと考えた。またヒル対策のショートスパッツを持っていたので、それを着けて歩くことにした。いざ歩き出すと、数分で登山口に着いた。もうひと息の所まで来ていたようだった。登山道は始め階段道で始まっていたが、予想通りに最初から雪を踏んで登ることになった。但し雪はうっすら程度だった。登山道は雪のために周囲と区別が付きにくくなっていたが、道としてははっきりしていたので、外すことはなかった。また標識が適度に付いており、まずは無難な感じで登って行けた。沢沿いを登っていたのだが、程なくその沢を横切ることになった。ここで矢印のままに渡れば良かったのだが、少し下の位置の方が渡り易そうに思えてそちらを渡ったところ、岩に付いていた氷に見事に滑ってしまった。そして両足を冷たい沢の中にすっぽりと浸けてしまった。慌ててはい上がったものの、両足ともずぶ濡れだった。渡った先にベンチがあり、そこでひと休みとしたが、靴下もずぶ濡れだった。これはけっこう厳しい状況と言えたが、自業自得でもある。パートナーは正しい経路を渡っており、そちらは何のこともない。とにかく靴下を絞って履き直し、登りを続けることにした。心配は足先が冷たくなることだったが、さほど冷えることも無く、気にならなくなってきたのは良かった。パートナーと二人して、南南東の方向へと黙々と登って行く。登るほどに雪は徐々に増えて、すっかり白くなってきた。その雪面にトレースはなかったが、登山コースは変わらずはっきりしていたので、道なりの感じで登って行けた。沢沿いを離れると、周囲にヒノキの高木が目立つようになった。それは自然林としてのヒノキ林で、枝ぶりは力強さがあった。上を見上げると青空も多く見えており、人工林には無い明るさがあった。登るほどに今度はシャクナゲの木が増えてきて、それがずっと続くようになった。4月には花の登山道になるのではと、その季節の華やぎが思われた。そのシャクナゲ地帯を登るうちに、尾根の傾斜は緩んできた。それと反比例して雪は増え、10cmを越えるまでになってきた。右手に白骨林が見えてくると、登山道は東に折れた。その辺りでは道が少し分かりづらくなっていたが、標識がしっかり付いているので、ただそれに従うだけだった。大岩が前方に現れると、そこは右側の巻き道を登るのだが、ロープが現れて急坂を無難に登りきった。周囲は深い木立となって、薄暗くなってきた。ただその薄暗さは森によるものだけで無く、上空を見ると薄雲が広がろうとしていた。辺りは平坦な地形になっており、もう高い位置は無いと思いながらも道なりに進むと、その先で小さな登りがあり、ひょいと登るとそこが山頂だった。露岩の目立つ狭い山頂だったが、それまでの展望の無さが一変して、前方が広く開けていた。これは好展望地だと思っていると、辺りに急にガスが立ち込め出した。そして瞬く間に視界は閉ざされてしまった。おまけに小雪までちらつき出した。北から一気に雪雲が押し寄せてきたようだった。一過性かと暫く様子を見ていたが、ガスは逆に動く気配を見せなくなった。展望は諦めて、昼どきでもあったので、雪の舞う中で昼食とした。じっとしていると濡れた足が急に冷たくなったので、それなら裸足の方がましだろうと、裸足になって昼食をとった。何とも厳しい状態での昼だった。山頂には30分ほどいたが、雪が少し弱くなった程度で、ガスがかかった状態は変わらなかった。下山は始めの予定ではガイドブック通りに周回コースとして、北東方向に尾根を辿るつもりだった。ただ気分的にガスの中を新雪を踏んで進路に注意しながら歩くのはつらくなってきたので、その考えは止めることにした。そして登って来たコースをすんなり引き返すことにした。これなら雪道に付いたトレースをただ追うだけなので、一番簡単な下山と言えそうだった。そうと決めると、気分は一気に楽になった。また冷たい登山靴を履いて、雪道の中を歩き出す。皮肉なことに下山を初めてすぐに雪は止み、中間地点まで来ると、上空には僅かだが青空も見られるようになった。コースがやや急傾斜ということもあって、どんどん足の下りるままに下ると、結局登山口には1時間ほどで下り着いてしまった。登りの2時間とは大違いで、いかに下山は楽だったかと言うことになる。当初は雪の無い山頂で、四国の山並みをのんびり眺めることをイメージしていたのだが、予想外の雪にこの冬初めての雪山を味わうことになってしまった。ただそれも面白かったと思えたので、天然ヒノキの美林を眺められたことと相まって、この日の登山は悪くなかったと思えたのは良かった。ところで冷たかった足は、下山では足先に力が入るのか、途中からは冷たさを感じなくなり、下山を終えたときはすっかり暖まっていた。
(2010/2記)(2021/10改訂) |