この伊江城山は沖縄本島北部の本部(もとぶ)半島よりフェリーで30分の距離にある伊江島にあり、この島唯一の山である。沖縄本島の恩納村辺りを走っていると、沖合にこの島が見えており、真っ平らな中にこの山だけが突き出て、遠くからでも一目でそれと分かる山である。地元では「タッチュー」と呼んで、伊江島のシンボルになっている。
2006年1月初めに、寒い本州を離れて沖縄の山でもと3泊4日の予定でハイキング旅行を計画したが、沖縄本島最高峰の与那覇岳を登る以外は、特にどの山に登ろうとは決めていなかった。事前に予備知識が多いと新鮮味がないとの考えもあって、現地で登山に関する本を入手する予定で、観光ガイド本と道路地図だけを持って出かけたものである。出発したのは1月8日の日曜日、午後2時に那覇空港に降り着いた。午後の沖縄は気温20℃ほどと、ちょうどよい涼しさだった。那覇市内でレンタカーを借りて、宿のある恩納村へと向かった。現地に着く前に本を入手しようと、恩納村の隣町であるうるま市(旧・石川市)に入り、比較的大きな本屋に入ったところ、沖縄に関する本は多くあったものの、とんとハイキングに関する本が見当たらなかった。これは大誤算だった。それなら予めインターネットで調べておくべきだったと後悔したが、後の祭りである。恩納村のホテルもリゾート型とあって、インターネットは出来ない。そこでホテルの部屋に入って道路地図を見ることにしたが、山名こそあれ登山路は載っていない。観光ガイド本には山名自体がほとんど書かれていなかった。そのような誤算のままに初日は終わった。翌9日は、曇り空で夜が明けた。ホテルの部屋は東シナ海に面しており、バルコニーに立つと、北西遠くに小さな山が見えた。それが伊江城山だった。これは観光ガイド本にも載っており、まず手始めに観光気分でこの山を目指すことにした。朝の気温は16℃と少し肌寒さを感じたが、山を登るにはいい感じと思えた。この日の空は曇り空といっても、東の方向は晴れており、朝の陽射しが本部半島の山を明るく照らしていた。名護市内で国道58号線を離れて、海岸沿いの449号線を走る。地形の関係から伊江島は見えなかったが、本部港に近づくほどに橋でつながる瀬底島が大きく見えて来た。本部港のフェリーターミナルに着いたのは8時45分。船の時刻表を見ると、9時出港となっていた。大あわてで準備してフェリーに乗り込んだ。なお、乗り場の前に無料の駐車場があり、フェリーの料金は往復で1100円だった。船が瀬底大橋をくぐると、すぐに伊江島が見えて来た。本当に薄っぺらな島で、そこに城山だけが存在感を持って立っている。その城山を目指すかのように船は近づいて行った。およそ30分で伊江島のフェリーターミナルに着くと、さっそく城山を目指した。唯一の山なので島のどこからも見えており、ただそれに向かって行くだけである。小さな商店街を抜けると、道しるべが現れた。その道しるべの道順に従って行くと、沖縄らしい住宅地や畑地を抜けて城山に近づいて行った。この頃には青空も現れて、陽射しは春の暖かさだった。Tシャツになって歩いて行く。25分ほどで南登山口に着いた。そこからはきれいにカラー塗装されたコンクリートの階段道が始まっていた。その階段を上ると、小振りな広場に出た。その広場の正面に堂々と城山が迫力ある姿で立っていた。近くに車が止まっているところを見ると、別の道で来られるようだった。右手には土産物屋があり、展望台も有ってちょっとした観光地の様相だった。一呼吸おいて城山へと向かう。広場の奥に本当の登山口があり、登山道が始まった。道はコンクリートで整備されており、無理なく歩けるようになっていた。周囲を木立が囲んで薄暗くなっていたが、その樹相は亜熱帯のもので、ここが沖縄であることを示していた。程なく急階段が始まった。手摺りの代わりにステンレス製のクサリが付けられていたので、そのクサリに掴まりながら登って行った。たちまち背中が汗で濡れてきた。ただ気持ちの良い汗で、休まず登って行く。山頂が近づくと樹林帯は終わり、一気に展望が広がった。そして山頂へ。意外と早く着いたと時計を見ると、登山口からの時間は僅かに5分だけだった。山全体が岩山なので、当然山頂も岩場だった。その山頂に立って驚かされたのが展望の素晴らしさだった。まさに360度の展望で、島の隅々までが見渡せるのである。そしてこの伊江島を美しい沖縄の海が囲んでいる。真っ平らな島にぽつんと突き出ているのが城山だけなので当然なのだろうが、山頂に立ってこれほどの展望だとは想像外のことだった。港の方向となる南には商店街や住宅地が広がっており、北から西へは畑地が広がっている。ちょうどその畑地に光が射して、畑の色を鮮やかにしていた。北方遠くを見ると、沖合に二つの島、伊是名島と伊平屋島が重なって見えており、その右手、東の方向は沖縄本島が広がっている。山頂の気温は20℃ほど、北西の風が少し強く吹いていたが、快い涼しさで、その春風のような風に吹かれながら、美しい風景に暫し魅入っていた。そしてこの風景だけでもう十分すぎるほど伊江島を観光してしまった気分になり、後は港に戻るだけの気持ちになってしまった。昼までは居る予定だったが、曇り空が続いて少し肌寒さを覚えたため、11時の時刻で下山とした。もうどこにも立ち寄る気持ちは無く、まっすぐに港に戻った。後は近くの木陰で昼食を取りながら、13時発のフェリーの出向を待っていた。
(2006/1記)(2019/4写真改訂) |