◆ TAJI&HM の 兵庫の山めぐり <石垣島の山> ★ | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
桴海於茂登岳 | 477.1m | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
ふかいおもとだけ | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
ウマヌファ岳 | 450m | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
1/2.5万地図 : 伊野田 | 石垣市(沖縄県) | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
【2011年1月】 | 2011-14(TAJI&HM) | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
於茂登岳より 2011 / 1 |
新・分県登山ガイド「沖縄県の山」を初めて手にしたとき、沖縄本島だけで無く、石垣島の山が多く紹介されていることに興味を持った。それまでは石垣島には沖縄県最高峰の於茂登岳があると漠然と知る程度だったが、この本で石垣島の山について目を開かせられた思いだった。その石垣島の山の中で一番注目したのが、桴海於茂登岳だった。最高峰の於茂登岳と名前が似ているだけでなく、桴海の名が前に付いていることで、名の通り山深さを感じさせられた。標高477mも、小さな島としては十分な高さである。その桴海於茂登岳への思いと最高峰於茂登岳にも登ってみたい思い、更に特異な鋭鋒の野底岳にも興味があって、石垣島へ山旅に出かけたくなったのは2010年秋のことだった。石垣島のベストシーズンは梅雨明けの6月からのようだったが、登山として考えると別物で、涼しい冬季を選ぶことにした。その冬の季節は雨の多いことが難点だったが、涼しい中で登れることを優先して3ヶ月先の1月に照準を定めた。そしてプランを具体化して、翌2011年1月20日から3泊4日の旅程で遂行することと決めた。その予定日が近づいて来ると、やはり天気のことが心配されたが、石垣島は例年のごとく1月に入ると雨の続く天気となっていた。20日が近づいて週間天気が発表されると、なんと3日間とも、雨ときどき曇りの予想で、晴れは期待出来なさそうだった。まずは仕方ないと諦めて、2日目に桴海於茂登岳を登り、3日目に於茂登岳をと、おおよその計画を立てて当日を待った。 予定通り20日の昼に石垣空港に降り立ち、その日は軽い山として屋良部岳を登った。天気は曇りときどき雨だった。これぐらいの天気なら翌21日は予定通り桴海於茂登岳と考えていたのだが、その21日の天気が予想よりも悪かった。雨が前日よりも強く降っており、その雨が強風によって横からたたきつけてくる感じだった。これでは難路もある桴海於茂登岳は諦めざるを得なかった。そこで2日目は島の北端にある平久保崎までのドライブとした。そのうちに天気は幾分持ち直したので、ドライブの合間の時間で野底岳と前嵩の登山を楽しんだ。残されたのは3日目。当初の予定は午前は於茂登岳で過ごして、午後は軽い山として野底岳を考えていたのだが、野底岳を2日目に登ってしまったので、替わりにどこを登ろうかと考えたとき、桴海於茂登岳を無理すれば登れるのではと思えてきた。これはけっこう厳しいスケジュールと言えそうだったが、天気予報が晴れの予想と変わっていたので、少し楽観的に考えて実行することにした。ただそのためには8時までには於茂登岳の登山を開始をする必要がありそうだった。 その3日目だが、朝の空はどんよりと曇り空だった。また天気予報が外れたようだった。しかも湿気を含んだ空気のためか、視界はうっすらとしていた。ただ雨ではないので予定通り、於茂登岳登山から開始した。ホテルの朝食を6時半にとったおかげで、於茂登岳の登山口にはほぼ予定通りの時間につけて登山開始となった。於茂登岳は標高こそ沖縄県最高ながら登山道が歩き易いこともあり、さほど足に疲れを覚えず、午前11時には駐車地点戻って来れた。この日の於茂登岳山頂の気温は13℃と異常に低かったのも、登山としては良かったようである。すぐに移動とする。県道87号線を走って於茂登トンネルを抜け、県道79号線を西へと走る。すぐに桴海集落に入り、知花食堂の位置で県道を離れて、農道を南へと走った。その農道はサトウキビ畑に突き当たった位置から左に折れて、ヤシ記念館に続くのだが、サトウキビ畑を越えた所が登山口だった。但し登山口の標識は無く、慎重に見てもそこに登山口があるようには見えなかった。これでは登山口を見つけるまでには時間がかかることになるのだが、その心配は無かった。実のところ前日に野底岳から前嵩に向かうとき、ここに寄り道をして登山口の位置を探っていた。そして少し迷った後、サトウキビ畑の奥から始まる小径が桴海於茂登岳に通じることを確かめていた。おかげで迷うことも無く畑の一角、交通の妨げにならない所に車を止めて、いそいそとスタート準備に入った。時計はまだ11時半前で、途中で迷わなければ、まずは桴海於茂登岳の山頂に立てそうだった。その桴海於茂登岳と隣り合うのがウマヌファ岳で、この山も「沖縄県の山」に紹介されており、登山口も桴海於茂登岳と共通だった。出来ればこの山も登りたいと考えていたが、於茂登岳と同じ日に桴海於茂登岳を登ることとした時点で諦めていた。それがここに来て、再び登りたい気持ちが湧いてきた。ガイドブックを改めて眺めると、登山時間は80分ほど余計にかかることになるが、11時半スタートなら無理ではなさそうだった。そうなると、むしろ先にウマヌファ岳を登って、その後で桴海於茂登岳に登り、桴海於茂登岳の北尾根で下山するのが一番速そうだった。当初考えていたよりも更に厳しいスケジュールになったことで、気分を引き締めてスタートすることにした。うれしいのは空が次第に薄れようとしていることで、空の一角には薄く青い空も覗いていた。この日は午後になって晴れるのかも知れなかった。向かう桴海於茂登岳は駐車地点から見上げるようにして眺められたが、500mに満たない山とは思えず、その倍はありそうな聳え方だった。これも海際にあるために、標高をほぼそのままの高さで眺めるためかと思えた。サトウキビ畑の縁を歩いて畑の山側に回ると、そこに草の切れ目があって登山道が始まっていた。本当にこれが登山口かと疑いたくなる小さな入口だった。すぐにゲートがあり、フェンスに沿って歩くと、もう一度ゲートが現れた。その先へ小径は続いていたが、左手の斜面に踏み跡があり、そばに立っていた木に黄色いテープが巻き付けられていた。そしてテープに「フカイオモトはこちら」と書かれていた。これが無ければ、真っ直ぐ進んでしまいそうだった。斜面に付いた踏み跡程度の小径を登って行く。はっきりとした登山道とは言えず、斜面にむりやり付けられたような道だったが、助かるのは目印の赤テープがこまめに的確に付いていたことで、テープが無ければすぐにコースを離れてしまうのではと思えた。このコースはいきなり亜熱帯林の原生林を歩いている感じだった。ヤエヤマヤシやヒカゲヘゴがあり、樹林も大きな木が多く、この山が南の島を登っていることを一番感じさせられた。15分ほど登って小川を渡る。ガイドブック通りで順調に進めているようだった。気温は16℃と石垣島では低い温度だったが、登山としては適温なのも良かった。登山道は本当に素朴な道で、歩き易い所もあれば、少しヤブっぽい所もあり、於茂登岳とは大違いだった。自然らしさではこちらが断然上と言えそうだった。その登山道がオキナワウラジロガシの巨木帯を通り過ぎた辺りからトラバース道の感じとなり、灌木が道に被さるようになって、少々歩きにくくなった。歩度が少し落ちて、軽いヤブコギの感じで進んでいると、後ろで悲鳴が上がった。後ろを歩いていたパートナーが「ヒルがいる。」と叫んでいた。聞くと、足下に4匹が貼り付いていたとのこと。あわててこちらの靴を見ると、2匹が付いていた。ヒルのいる山とは予想しておらず、これは少々心配の種だった。まだ足には付かれていなかったが、これからはときどき足下に注意することにした。途中で方向は南西へと変わり、小さな尾根を越したが、その頃には陽射しが現れるようになっていた。また一度左手に樹林の間からウマヌファ岳が眺められたことがあった。まだ少し距離があったが、その山頂に陽射しが当たっていた。天気は確実に回復に向かっているようだった。その先で沢が現れて、その沢を越すとまた沢が現れた。その辺りは水の流れが複雑になっているようだった。そのうちに二つの沢が合流する所が現れて、目印テープが二手に分かれた。左手がウマヌファ岳の方向で、右手が桴海於茂登岳のようだったが、標識は無く単にテープが続くだけだった。ただ分岐点のテープは目立つオレンジ色になっており、それがコースの分岐を示すようだった。左の道に入ると、また沢を渡ったり沢そばを歩いたり、ときに沢の中を歩いたりと、とにかく目印テープのままに進んだ。沢と言っても深い所でも30センチほどで、靴底を濡らすだけで歩けることもあった。前日の雨で今は沢になっていても、普段は乾いているのかも知れなかった。分岐点の位置からはほとんど高度を上げずに進んでいたが、沢を離れると傾斜が増してきた。そしてリュウキュウチクが茂り出した。ササは密生しており、ときに登山道を隠すことがあり、そのような所では赤いヒモがササにくくり付けられていた。それを見てコースを外れていないことを知った。登るほどに急坂になってきて、そこに花崗岩の巨岩が見られるようになった。どこがコースになっているのかと、考えながら登って行く。その花崗岩を越して行くのを難儀に思っていると、一段と大きな岩が現れて、そこを巻くようにして登った所がウマヌファ岳の山頂だった。そこも巨大な花崗岩が点在しており、そしてリュウキュウチクがびっしりと茂っていた。その中に僅かに地肌が見えており、そこで休憩とした。とにかくようやく着いた山頂にほっとする思いだった。登山時間は1時間と40分で、長いとは言えなかったが、ちょっと中身が濃すぎるのではと思える内容だったので、山頂に立てたうれしさは格別だった。その頃には空の半分ほど薄い青空が広がっており、休憩するうちに、山頂にも陽射しが当たるようになった。そして何よりもうれしいのは、花崗岩の上に立つと、予想以上に素晴らしい展望が広がっていたことだった。南西には堂々と於茂登岳が対峙している。反転して北を見れば、これも負けじと桴海於茂登岳が端正な姿を見せていた。北西には前嵩と川平石崎。南東には底原ダム湖。この眺めに山頂に立つまでの苦労が十分に報われる思いだった。久々にしみじみと登ってきて良かったの思いを抱かされた。気温は少しあがって17℃ほどとなっており、朝は冷たかった風も快く感じられた。このウマヌファ岳山頂で展望を楽しむだけでなく少し昼食をとったりしたので、30分ばかりを過ごした。そして桴海於茂登岳を目指すべくウマヌファ岳山頂を離れた。ヤブ山の登山は下山の方が難しいので、慎重に目印テープを追って下った。特にリュウキュウチクの茂る所は、コースを外れないように細心の注意をした。湿地の位置に着いて、少しは楽になった。水の流れが合流する所が、桴海於茂登岳コースの分岐点。そちらの方が少しは歩き易いのではと思っていたのだが、そうでも無かった。始めに沢に沿って西に向かったが、何度も沢を渡ったり沢の中を歩いたりと、こちらも目印テープが頼りだった。沢を離れて斜面の登りにかかると、今度はコースがヤブっぽくなってきた。倒木をまたいだり、灌木の枝をはらったり、また急斜面もあって楽には登れなかった。冬の季節だからこそ足取りは特ににぶりもしなかったが、暑い季節ではこれは苦しいのではと思えた。この登りも真っ直ぐには登らず、急斜面を迂回したり障害物を避けたりして登るので、目印テープが頼りだった。オニシダが鬱蒼としたりして、まさにジャングルの登りだった。そのうちにこの桴海於茂登岳でもリュウキュウチクが茂り出した。そのササを押し退けながら登っていると、次第に斜面は緩やかになって、その先でササの中にぽっかりと穴が空いたように開けた所に出た。その中央に古ぼけた三角点がぽつんとあった。そこが桴海於茂登岳の山頂のようで、ガイドブックを見ると三角点は旧三角点とあり、現在の三角点は北の方向に少し離れてあるとのことだった。まずはザックを下ろした。周囲はびっしりとリュウキュウチクが囲んで展望は悪かったが、桴海於茂登岳の山頂に立てたことを素直に喜んだ。ウマヌファ岳の山頂に立てたときもうれしかったが、こちらも厳しい登りの後だけに、うれしさは大きかった。一息ついたところで、展望は無いかと周りを見ると、東寄りに小岩があったので、その上に立ってみた。すると少しはササから抜け出して、周囲が眺められた。南西に見えるのは於茂登岳。その左手前に先ほどまでいたウマヌファ岳が小さく見えている。上空はまた雲が広がって、山並みが少し薄暗く見えていた。北東方向の海は浦底湾だった。ひとしきり眺めた後、次に新三角点を訪れることにした。山頂の岩の上に立つと、北方向にほぼ同じ高さのピークがあり、20mほど離れて見えていた。そこに新三角点があるようだった。ただそちらまではびっしりとササが茂っており、完全にヤブコギだった。それでも距離が僅かなので、体で押し退けるようにして進むと、数分でそのピークに着いた。ところが三角点があることを示す杭はあるものの、三角点が見えなかった。そんなはずはないので、杭の周りを探ると、草にすっかり隠されていた三角点が見つかった。これで桴海於茂登岳の山頂に思いを残すことは無くなり、後は下山するだけだった。下山は登ってきた南からの尾根を引き返す形で下る。この下りを始めたとき、登りで通り過ぎていた露岩の上に立ってみると、そこからも少しは展望が得られた。於茂登岳や前嵩が眺められた。すぐに下山を続けるが、心配なのはガイドブックに書かれていた北尾根コースの分岐点が見つかるかと言うことだった。そのコースは登ってきたコースの途中から分かれていたはずだが、登るときに気づかなかったので、見つからなければ往路を戻るしかなかった。分岐点はどこかと注意しながら慎重に下る。当然赤いテープを追いながら下るが、少し下った位置で赤テープに混じってオレンジテープが現れた。その位置からうっすらと右手に小径が分かれていた。ウマヌファ岳との分岐点もオレンジテープだったので、ここではと狙いをつけて右手の小径に分け入った。ちょっと登山道とは思えなかったが、そちらもすぐに目印テープが現れて、小径もはっきりしてきた。やはりオレンジテープが分岐点の目印だったようである。こちらのコースは始め山腹を巻くように歩いて、西方向から北方向に向きを変えた。トラバース道とも言えそうで、緩やかな道だった。また少しヤブっぽい程度で歩けた。やがて左手前方に花崗岩の大岩が見えてきた。そこがいかにも展望が良さそうに見えたので、コースを離れて立ち寄ってみることにした。一番近いと思われる位置で、登山道を離れて雑木の中に分け入った。道は無かったが、少し灌木をかき分けるだけで岩の一つに着いた。その岩の上に上がってみると、予想通りに一気に展望が広がって、ここからも於茂登岳が眺められた。桴海於茂登岳のピークも間近に見えていたが、ウマヌファ岳は山頂を僅かに見せるだけだった。他には北西に前嵩も見えて、まずまずの展望を楽しめた。西の方向を見ると、支尾根がそちらに延びており、隣りのピークの辺りに花崗岩の大岩が幾つもちらばっていた。そこも面白そうに思えたが、そこまで時間がかかりそうなので行くことは諦めることにした。登山道に戻って下りを続ける。少し平坦な所に出ると、そこはコースが分かりにくかったが、目印テープを探して進んで行く。そしてその先で北尾根の急坂が始まった。木に掴まりながら下る所が多かったが、コースとしてははっきりして分かり易かった。良かったのは海が見えることで、ちょうど上空は青空が広がろうとしており、青い海と浦底湾の海岸線を見ながらの下りは、何とも情緒があった。尾根の木立もジャングルと言うよりも自然林の美しさがあって悪くなかった。ただこの急坂下りは長く続いた。地図を見ると300m近い標高差を一気に下るようだった。ようやく下り着いてすぐに登山口が近づくのかと思っていたのだが、またジャングルと言うか原生林の中を暫く歩くことになった。小さな沢を二つ渡り、そして沢沿いを下って行く。周囲は鬱蒼として薄暗かった。その沢を離れて北東方向へと歩いていると、周囲は見覚えのある風景になっていた。いつの間にか往路のコースに合流していたようだった。どこが合流点だったのかと考えるうちに、ゲートが目前となった。登山口を出てその先に広がる海を眺めると、スタート前に曇り空の下で見たときとは一変して、明るいブルーの色に変わっていた。その海を見ながら一つの山旅を終えて、現実の世界に戻って行く感覚が体に広がってくるのを感じた。また苦労はしたが、何とも楽しい登山を終えたと、幸福感が広がってきた。そしてウマヌファ岳と桴海於茂登岳の二つを歩いたことが、石垣島登山で一番面白かったと確信出来た。 ところでその後のヒルのことだが、ウマヌファ岳の山頂で調べたときは貼り付かれておらず、桴海於茂登岳の山頂で一匹が靴に付いているのを見ただけだった。涼しい季節だったので少なかったと思えるが、暑い盛りでは十分な対策が必要ではと思えた。そのヒルのことは良かったが、数日後に手足だけでなく、胸からお腹まで点々とカブレた症状が出てきたのにはまいった。どうやら何かの植物にやられたようだったが、即、皮膚科に直行した。 (2011/1記)(2017/4改訂)(2019/3写真改訂) |
<登山日> | 2011年1月22日 | 11:24登山口スタート/11:40小川を渡る/12:18小さな尾根を越す/12:26小川に出会う/12:31桴海於茂登岳コース分岐点/13:05〜36ウマヌファ岳/14:05桴海於茂登岳コース分岐点/14:42〜15:15桴海於茂登岳/15:21尾根コース分岐点/15:33〜41岩場で休憩/16:41エンド。 | |
(天気) | 始めは薄い曇り空だった。登るうちに薄い青空も見られるようになり、ときに陽射しが現れた。気温は始め16℃。ウマヌファ岳では薄い青空の広がるときがあり、そのときは明るい山頂になった。ウマヌファ岳では気温は17℃ながら、北風が強くあり、少し寒さを感じた。その後も天気は良くなり、桴海於茂登岳では薄青空が更に広がって、晴れと言える空になってきた。気温は17℃のままだったが、風の冷たさは無くなり、寒さは感じなかった。視界は始めうっすらとしていたが、天気が良くなるにつれ、視界も少し良くなってきた。 | ||
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