2009年3月に入って三ヶ月ぶりの上海出張となったが、今回は休日を挟むことになった。日本にいて残雪の山を楽しみたいのに、何が悲しくて大都会の上海で休日を過ごさなければならないのかと恨めしく思ったが、これは仕方がないことで、気持ちを切り替えて緑の多い所で過ごすことにした。そうなるとどうしても行き先は公園となるが、その公園にも自然公園と名の付くものが上海市内に幾つかあり、それなりに森の中を楽しく歩くことが出来るので、行ったことの無い公園を探すことにした。ところで上海の発展は素晴らしく、数年前まではホテルでインターネットは考え難く、使うにも高額な料金がかかったものだが、今では無料で接続出来るようになっている。常宿にしている浦東新区のホテルも無料になっており、そこで休日前日となる13日金曜日に、明日はどこに行こうかとネットで調べることにした。その結果、平地ばかりで山は無いと疑わなかった上海にも、ごく小さな山なら幾つかあることが分かった。その中で一番興味を持ったのが余山だった。東余山と西余山の二つの山からなっており、一帯は森林公園にもなっているのでハイキングとして十分に楽しめそうだった。問題はアプローチだったが、近くまで新しい地下鉄路線が出来ているようで、何とかなりそうだった。
翌14日土曜日は、雲一つ無い快晴で朝を迎えた。前日まで雨模様の天気が続いていたのだが、その雨に洗われたのか、上海にしては珍しく澄んだ空だった。ホテルを出たのは8時半過ぎ。地下鉄の世紀大道駅までは数分の距離だった。仕事で来ていたためガイドブック類は何も持っておらず、そこで途中の売店で地図と地下鉄路線図の両方が載っている上海の交通地図を買い求めた。値段は15元(225円)。目的の駅は地下鉄9号線のその名もずばり余山駅で、経路を見ると地下鉄4号線で宣山路駅まで行き、そこで9号線に乗り換えるだけのようだった。余山駅までの料金は7元(105円)だったが、その間に駅の数は20もあった。宣山路駅まででも11駅あり、漸く宣山路駅に着いたところ、何と9号線の案内標識が見当たらなかった。駅の構内をうろうろとしたが結局見つからず、地下鉄路線図を頼りに駅員に聞くことにした。そして知ったのは宣山路駅は同じ名で二つあり、9号線への乗り継ぎは3号線の宣山路駅からとのことだった。路線図には区別して書かれておらず、これは聞いてみないと分からないことだった。一駅戻って3号線に乗り換え、その3号線の宣山路駅で9号線に乗り換えた。9号線は地下鉄と言ってもほとんど地上を走り、日本の郊外電車の雰囲気だった。車窓風景も高層マンションから一戸建ての並ぶ住宅地の風景に変わってきた。その住宅がどれも庶民には手の届きそうにない立派な住宅だった。余山駅が近づき出すと、西の方向に小ぶりな山が二つ並んでいるのが見えて来た。一つの山の山頂には大きな建物が建っており、どう見ても余山のようだった。ずっと遠いようではタクシーでと考えていたが、路線からさほど離れていないようだった。余山駅に着いたのは10時半に近い時間。余山駅はいかにも出来たばかりの新しさがあった。駅前の歩道橋にはエスカレータも着いていた。もう余山まで歩いて行くことに決めていたのだが、どこから歩こうかと歩道橋の上に立つと、幾人もの人がハイキング姿でバス停そばにたむろしていた。その前の車道が余山に通じているようだった。その先には余山も見えている。車道に近づくとその両側には街路樹の並ぶ歩道が付いており、歩いて行く人も多く見られた。こちらもその中に加わる。車道は運河と併行して走っており、その運河との間は緑地帯になっていた。余山までちょっと退屈な車道歩きかと考えていたのだが、その雰囲気の良さにすっかりハイキング気分で歩いていけるのはうれしい誤算だった。季節としてはまさに春たけなわと呼べそうで、陽射しは暖かく、また木陰には涼しさがあって申し分無しだった。ただ車道はバスも自家用車も猛スピードで走って行く。この歩道歩きで前後にちらほら人影が続いていたが、その中に6,7人の学生グループが楽しそうに歩いていた。その歩く速さがこちらと同じようなので、つかず離れず付いて行くことにした。ときどき歩道を離れて運河風景を眺めたが、ちょうどヤナギが芽吹きだしており、そのほのかな緑色が目に優しかった。1時間近く歩いてまず着いたのが上海月湖公園で、ちょっとしたリゾート地になっていた。但し入場は有料のようで80元(1200円)と高額であった。どうやらお金に余裕のある人が来る所のようだった。そこから余山はごく近くに見えていたが、チケット売り場で聞いてみると、余山には通じていないとのことだった。その間に学生グループはと見ると、月湖公園の横に建つ立派なホテルの方に歩いていた。そちらに余山への道があるのかと思い、こちらもホテルへと向かった。ホテルはメリディアンホテルで、学生グループはそのホテルの前を通り過ぎて、その先のゲートを通って庭園のような所へと入ってしまった。そこはまさに庭園で、目の前には池が広がり、小さなチャペルもあった。また余山は一段と近くなった。ところがやはり余山への道は無かった。うろうろして結局分かったことは、そこはあくまでもホテルの庭園であり、学生グループは余山へ向かう前にここでの散策も楽しもうとしただけのようだった。学生グループはひとしきり園内を回った後、また元の車道へと戻って行きだしたので、こちらも車道に戻ってまた西の方向へと歩いて行くことになった。その先で交差点が見え出すと、そこに余山の標識が現れた。そして交差点を右に曲がると、西余山を正面に見ることになった。先に着いたのは東余山で、入口に大きな案内図が立っており、上海余山国家森林公と書かれていた。ここまで来るのに駅を出てから2時間が経っており、ちょっと道草をしすぎたの思いだった。入場は無料のようで、さっそく園内へと入った。もう大勢のハイカーが来ており、目の前では50人ほどのグループが記念写真を撮っていた。園内の案内図を見ると東余山には幾つかの小径が巡っているようだったが、メインコースと言えそうな山頂に向かう階段状の遊歩道を登って行く。ちょっと涼しい風があり、陽射しの中で快かった。この東余山は二つのピークからなっているが、その一つの南ピークに10分と歩かず着いてしまった。ピークには茶店を兼ねた展望台があったが、それとは別に展望台があり、そちらに立ってみると、先ほどまで散策していたメリディアンホテルの庭園が足もとに広がっていた。そして遠くには上海市街が霞んでいた。南ピークと北ピーク間は緩やかな尾根でつながっており、木陰の中をのんびり歩いて行けた。ハイカーは園内に散らばっているのか、尾根は閑散とした雰囲気だった。そこここで家族連れが休んでいる。上り坂になると建築中の建物があり、そのそばを通り抜けた先が北ピークだった。そこにはケーブル乗り場あって、北の麓と結ばれているようだった。そこまで来たとき東を見ると、木立を通して西余山が見えていた。そして近くからはその西余山への遊歩道が始まっていた。もう少し東余山の散策を楽しみたいとも思ったが、早く西余山にも立ってみたい気持ちがあって、少し北ピークに佇んでいただけで西余山への小径に入った。東余山は丘程度なので、数分も歩けば下り着いてしまった。車道を挟んで西余山の入口が見えていた。入口の案内図を見るとそこは東大門で、何気なく入口の門扉を通過すると、後から呼び止められた。こちらの西余山公園は有料とのことだった。料金は28元(420円)とのことで、ちょっと高いのではと思われたが、受け取ったチケットには30元と書かれていた。人影は少なく、階段になった遊歩道を登って行く。階段はすぐに石畳道となり、木立の中を進んで行くと高い塔の前に出た。塔の名は秀道者塔で、その辺りから人の数が増えてきた。売店も並んでおり、歩く人はどうも観光で来ている雰囲気だった。山に登ると言うよりも、山頂に立つ天主教堂や天文台が目的のようだった。山頂への遊歩道も石畳道で緩やかに続いていた。もう観光客の中に混じってただ歩いている感じだった。僅かな時間で山頂そばの広場に出た。そこにも売店が並んでいた。そこまで車も来られるようで、一気に賑わい出した。もうすっかり観光地の雰囲気だった。見上げると白い天文台と赤レンガの天主教堂が間近に見えている。それが絶好の背景になるのか、結婚記念の写真を撮るグループが何組かあった。こうなるとハイキングと言うよりも観光だった。天主教堂の中を覗いたり、立てる位置としては最高点になる天文台の上に上がったりと、西余山の散策を楽しんだ。山上は少し冷たい風があるものの花の季節を迎えたようで、モクレンや見慣れない黄色い花があちらこちらに咲いていた。場所柄か家族連れ以外にカップルも多かった。その西余山の雰囲気を楽しんだところで、少しお腹を満たすことにした。ただ売店には大した物は売っておらず、中国風のオデンぐらいしか無かった。それでも10元あれば十分だった。下山は登って来た遊歩道で秀道者塔まで戻ると、そこより竹林に囲まれた南西の小径に入った。そのまま緩やかに下ると広い道に合流し、そして南大門に下り着いた。その南大門にはチケット売場が見えず、どうも自由に出入り出来るようだった。てっきり有料ゲートだと思っていたので、何だかキツネにつままれたようだった。時計は14時を回ったばかりで、まだ散策を楽しむ時間は残っている。そこで東余山に戻って今少し歩いてもと思いもしたが、余山駅を出てから4時間ほどをほとんど歩きづめで、少し足に疲れを覚えていた。それよりも西余山で観光気分に浸ったことでハイキング気分のテンションが下がっており、気持ちとしては帰る方向に傾いていた。南大門前の車道を歩くと、すぐに大通りに出た。そこがバス停だった。もう余山駅まで歩く気力は無く、バスで戻ることにした。そこに来たのが上海体育館行きのバスで、これで上海中心部まで帰ってしまおうと、目の前のバスに乗り込んだ。
(2009/3記)(2012/8改訂)(2020/10改訂2) |