TAJIHM の 兵庫の山めぐり <丹波 
 
権現山  (飛の山) 261.8m 丹波篠山市
 ごんげんやま
1/2.5万地図 : 篠山
 
【2022年8月】 2022-113(TAJI&HM)
 
   丹波篠山市東岡屋より  2022 / 8

 篠山城跡に近い権現山を登ることにしたのは、急な思い付きからだった。この日は朝から丹波篠山市に出かけて別の山を登る予定にしていたのだが、前日に打った4回目のコロナワクチンで副反応が出てしまった。発熱と筋肉痛と倦怠感だった。それが前夜から始まってこの日の午前中まで続いた。昼が近づいて漸く症状が消えてきたので、改めて丹波篠山市に向かうことにした。この日は丹波篠山市内で宿泊する予定をしており、ホテルをキャンセルするのもどうかと思われて出かけることにした次第だった。どうせ出かけるのだから丹波篠山市内でごく小さな山を登ることにした。そして「篠山」の地図を見て選んだのが篠山城跡に近い権現山だった。
 自宅を離れると高速道を使わずひたすら国道372号線を走ったので、権現山に近づいたときは14時になっていた。近づいたものの南麓にある登山口の辺りに適当な駐車場所は見えなかった。そこで少し離れた位置を探ると、諏訪神社の前に適度な駐車スペースを見たので、そこに駐車とした。権現山から見ると西方向の位置だった。駐車地点を離れると南へ、そして東へと歩いて、権現山の南麓側に出た。そこから石段があり、地図の破線路と合致した。石段を登ると弥勒堂の前に出た。その先も一部草ヤブがあるものの小径は続いており、次に現れたのは妙見堂だった。その先は竹林の斜面を登ることになったが、細々と小径は続いていた。そして石段の入口から9分で山頂到着となった。山頂は平らに開けてはいるものの、すっかり草ヤブになっていた。以前は公園風になっていたようでベンチを二カ所で見た。また一隅には案内板もあったが、すっかり古くなっていた。その山頂で要らぬことをしてしまった。平成元年発行の古い地図を見て決めており、その地図では山頂に三角点記号が付いていた。そのため山頂に着くと三角点探しをしてしまった。10分以上探っても見つからず、そこでネットから印刷していた地図を取り出して眺めると、そこには三角点記号は無かった。どうやら撤去されたようだった。草ヤブを探って蚊に刺されただけだった。落ち着いて周囲を眺めると、開けてはいるものの展望は良いとは言えなかった。西の方向に展望は少しあったが、それも梢越しだった。名のある山は波賀尾山と金山ぐらいだった。その権現山の山頂には北側から車道が通じていた。但しもう使われていないようで、草も伸びて廃道になっていた。その道で下山することにした。諏訪神社に近づけるかと思ってのことだったが、下るうちに方向は北東から東へと変わって、諏訪神社から離れてしまった。下り着いた所は住宅地の一角だった。後は住宅地の道をまずは北へと歩いた。その途中で西の方向にショートカット出来そうなルートを見つけたので、それを辿ると遊歩道に入ることになった。権現山の北側の山裾を歩くようになり、「新たんば荘」のそばを通った。そこを過ぎると諏訪神社は間近となった。
(2022/9記)
<登山日> 2022年8月27日 14:19諏訪神社前スタート/14:25弥勒堂/14:33〜54山頂/15:00住宅地の道路に出る/15:11諏訪神社前エンド。
(天気) 晴れ。雲は増えたり減ったりで、陽射しの消えているときも多かった。山頂の気温は29℃。風はほとんど無し。視界は良かった。
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権現山の西に位置する諏訪神社の前に車を止めた まずは南へと歩いて行く 西岡屋団地の前を通る道に入ったとき権現山を眺めた
東西に走る車道に合流すると、東へと向かった 権現山の南麓に着くと、階段が始まっていた 階段のそばには、この石碑が立っていた

(←)
階段の先では石仏
群が出迎えてくれ


 (→)
  奥に建っていたの
  は弥勒堂だった
弥勒堂の先も細々と小径は続いていた 歩くうちに、はっきりとした道となった 次の建物が見えてきた
それは妙見堂だった 妙見堂の左手奥から小径の続きがあった 竹林の斜面を登って行く

(←)
すぐに山頂が近づ
いた

 (→)
  イメージと違って
  草ヤブの山頂だっ
  た
権現山付近案内図が立っていた  以前は公園になっていたのか、二箇所でベンチを見た 最高点の辺りを眺めた
(←)
最高点に立つと三角
点探しをしてしまっ


  (→)
   草深い中を探し回っ
   たが見つからず
   この後、地図を見て
   三角点記号の無いこ
   とに気付いた

山頂からの展望は
西の方向にのみあ
った それも木々
に少々妨げられて
いた
上の写真に写る金山を大きく見る 山頂には北側から車道が来ていた 廃道状態だったが その車道で下山することにした 次第に歩き易くなった
下る方向は東となり、諏訪神社から離れてしまった 住宅地の道に出ると、まずは西へと歩いた 途中で左折すると、前方に山裾道が見えてきた
山裾道は遊歩道で、権現山の北麓を歩くことになった 右手の建物は「新たんば荘」だった 車道に合流すると、諏訪神社まで僅かな距離だった