鍋倉山を再訪しようと向かったのは2020年8月のお盆休暇最終日、8月16日のことだった。この8月は月初よりずっと暑い日が続いており、この日も猛暑だった。13年ぶりの鍋倉山だったが、その間に大きく変わったのは、南麓にある山之内小学校が廃校になっていたことだった。山之内地区に入ると、その校舎だった建物と鍋倉山との間を通る車道を東に走った。鍋倉山から遠ざかると夢前川に架かる学校橋を渡ることになり、渡った先にあった祠のそばに車を止めた。前回の記憶を辿って山上の本丸跡に通じる登山道の入口に向かったのだが、以前はあったはずの「なべくらの森」の標識が無くなっていた。それらしき小径はあったが、尾根筋までは僅かな距離だったので、適当に斜面を登ることにした。尾根の端に「鍋倉山城跡」の標柱が立っており、そのそばから斜面に取り付いた。害獣避けネットは無かったため、どんどん登ると数分で本丸跡に到着した。その辺りは以前は広場になっていたのだが、今は笹が茂っていた。汚れ放題の山之内案内図とアスレチック遊具の残骸が学校林の名残だった。小学校の廃校と共にずっと放置されているようだった。その本丸跡から山頂へと尾根歩きを開始した。まずは鞍部へと下って地蔵祠の前に出た。そこからは麓に通じる小径が始まっていたので、下山ではその小径を辿ることにした。上り坂に入って山頂を目指す。周囲は植林地になっており、展望の無い登りだった。この日は蒸し暑さもひとしおで、急坂だったこともあって大汗をかいての登りだった。そして登り始めてから36分で山頂に到着した。そこもすっかり植林や雑木に囲まれており展望は無かった。そのことよりも蒸し暑さに疲れてしまい、暫く横になって体を休めていた。下山は単純に歩いてきた尾根を引き返したのだが、何も考えずに歩いていたため、のろし台跡とされる300m地点で尾根が二つに分かれたとき、西尾根に入ってしまい、戻って来るのに少々時間がかかってしまった。鞍部にある地蔵祠の前に戻って来ると、尾根筋を離れて西斜面を下る小径に入った。すぐに県道に下り着くて登山口を眺めたのだが、やはり標識は無かった。鍋倉山は山頂に城跡らしさがあるわけでもなく単に植林地のピークになってしまったので、地元の人が地蔵祠まで歩くだけになったようで、登山対象の山では無くなってしまったと思えた。
(2020/9記) |