佐用町の古い資料を眺めていたとき、明神岳の名を目にした。標高は388.04mとあり、豊福、仁方、延吉が所在地となっている。ただそれだけの情報だった。「佐用」の地図を開いて該当する辺りを眺めると、三角点記号と共に388mの標高が書かれたピークがあった。どうもこれのようだったが、山頂一帯はなだらかになっており、明神の名から連想する神々しい山容は感じられなかった。そうなると一度訪ねてみようとの興味が逆に湧いてきた。そこで登山経路を考えたとき、仁方集落から途中の溜め池まで破線の道が書かれていたので、それを利用すれば比較的簡単に山頂に立てそうに思えた。
向かったのは2009年5月1日。この日から五月連休が始まったが、パートナーは休みでは無かったため、単独で向かうことにした。快晴だったが空の色は白っぽく、風景も幾分うっすらとしていた。国道373号線を佐用ICのそばで離れて西方向に向かう。そして県道240号線を北上した。仁方集落に入ると東の方向の溜め池へと向かう車道が分かれていたので、それを進んで行く。登り坂の道を集落の奥へと車を進めると、最後に建つ家屋の先に駐車スペースが見えたので、そこに駐車とした。一帯は棚田風景が広がっており、まだ代掻き前の段階だった。ちょうど散歩中の人が通りかかったので、山のことを尋ねてみた。明神岳の名は知らないとのことだったが、山の西麓には明神さんと呼ばれる所があるそうだった。どうやらそちらでの呼び名かも知れなかった。また登山道はよく分からないが、溜め池までは林道が続いているとのこと。礼を言って歩き出す。ここも害獣には悩まされているのか、山裾はフェンスでガードされていた。その扉を開けて先へと進む。野道となった林道は右手となる南東の方向へと折れたが、小径が左手の山すそに沿って続いているのを見た。そちらの方向に進めば溜め池には近道になると思えたので、その小径を歩いて行くことにした。ところが小径は長くは続かず、山中に入った辺りで怪しくなってしまった。ただ一帯の木立は疎らであり下生えも少なかったため、適当に登っては行けた。周囲は植林地となっていたが、少し倒木が多いようだった。それを越しながら谷筋を登って行くと、突然のように溜め池の前に出た。そこは池の南端で、そこから見る溜め池は静謐という言葉が似合いそうな落ち着いた美しさがあった。まずは池の北に出ようと、西側の雑木林の中を歩いた。踏み跡程度の小径を辿っていたが程なく不確かになってしまった。それでも木立の空いた所を適当に歩いて池の北側へと出た。そこが林道の終点なのか、そこまで車道が来ていた。ただあまり車は来ないようで、草深くなっていた。その位置から山頂は西の方向となるが、地図を見ると一度北西へと進んでから回り込む形で山頂を目指すのが良さそうだった。その意識で辺りを見ると、細々と小径が付いていた。これは山頂への道かと思って進んだところ、辺りに小ザサが増えてきて、ちょっとヤブ山の雰囲気となった。また方向も山頂へと向かわず、ただ北へと向かうだけだった。そのうちに小径が怪しくなってしまった。そこで適当に山頂方向へと向かおうとしたが、どうも辺りの地形がなだらか過ぎて山頂方向が掴み難かった。それでも適当に歩いてみたが、ヤブがきつくなってきた。大回りで苦労をしていても仕方が無いので、ここは一度溜め池まで戻ることにした。そして正しく方向を定めて歩くことにした。再出発したのは最初に溜め池の北端に着いたときから30分の後だった。今度は頭の中に地図をイメージしながら、また小径には惑わされず方向を決めて進んで行く。灌木や小ザサをかき分けてだったが、ちょっとしたヤブ程度では歩いて行けた。どうもこの山もササは枯れかかっているようだった。手で押せばポキポキと折れるものもあって、この季節の鮮やかな緑葉は見られなかった。どうも方々の山でササは減ろうとしているようだった。緩く下って小さな鞍部を越えると、ピークの方向が北西の方向となって山頂に近づいていることを確信出来た。小さなピークに着くと、そこからは山頂へと西の方向を目指す。山頂に着いたのは10時前。一度迷って溜め池まで引き返した時間を引けば、1時間で山頂に着けたことになる。多少のヤブがあってもこの時間で着けるのだから、やはり小さい山と言えそうだった。その山頂はと言えば、三角点周りこそ開けていたが、ササヤブの上にすっかり木立に囲まれていた。そして辺りはほぼ平坦と言ってよく、明神の名には全く似つかわしく無く平凡だった。それにしても歩き始めてから展望にはとんとお目にかかっていなかった。山頂に着いても見えるのは木立を通して近くの尾根がちらりとだけだった。やはり山に登った限りは周囲を眺めてその山の位置を実感したいのに、ヤブコギの末に三角点を見るだけでは、単なるピークハントだった。それでは寂しいので、少しは周囲を眺めたいと探ってみることにした。そしていろいろうろついた末に、少し北西へと斜面を下りて見えたのが、台形の姿をした小ぶりな山だった。その方角から平谷深山のようだった。これで明神岳が江川川を挟んで向かい合う位置に立っていることを実感出来た。その僅かな展望を探していたり、山頂の新緑に季節を感じていたりと、特に見所も無い山頂だったが、50分ばかりを過ごしてしまった。下山はまた方向を定めてヤブの中を歩き、溜め池へと戻った。溜め池からは林道を歩いて戻ることにした。もう散歩のようなもので、ただ道なりに歩くだけだった。周囲の緑を見ながら下って里が近づいたとき、前方に尾根が望めるようになった。なだらかな山容で山頂に塔のような建物が見えていたが、大撫山かと思えた。最後にゲートを通って棚田が見えてくると、すっきりと前方に展望が広がった。棚田に囲まれた仁方集落が美しい絵になっていた。まだ棚田は田植え前の土の色がむき出しだったが、田植えの後はその水面に山並みが映っていっそうの美しさになるのではと思えた。その季節にもう一度来てみたいものだと思いながら仁方集落へと下りて行った。
ところでこの明神岳の三角点名は仁方山となっているが、どうも明神岳よりもこの名の方が相応しいのではと、下山後に思ってしまった。
(2009/5記)(2018/6写真改訂) |